ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

狩人狩り ~獲物

「全員集まったようだな」
 等と言っているフィーは、近くの木箱に腰を下ろしてつい先程まで眠っていたと見える。涎が拭き切れていないのはその証と言えるだろう。
「フィー先生ッ、廃屋の中に誰も居ません!」
「そうかそうか誰も………………おいリア。誰が独断で動けって言ったんだ」
 いつの間にか前面に回り込んでいたフィーの手が自分の首元を掴む。一応抵抗を試みてみるが、彼の腕力は『闇衲』に負けず劣らず、リアを片手で持てる程度には強い。そんな相手を蹴ろうが殴ろうが大した効果は出ず、無事に連れ戻されて無駄な抵抗に終わった。
「何でー? せっかく別動隊として動けるんだから、その利点は最大限に活かさないと!」
 リアとしては、いち早く『吸血姫』を見つけて殺し……じゃない、捕らえたかった。新参かどうかは置いといて、そういう存在を捕まえる事が出来たらまず間違いなく『闇衲』は褒めてくれる。自分を見直して、どんな頼みも聞いてくれるようになる筈だ。それを思えば、『吸血姫』等というしょうもない殺人鬼は直ちに捕らえねばならない。どんなに間違っても他の者に捕らえられるような間抜けがあってはならない。何としても、何としても捕まえるのだ。『闇衲』が教えてくれた技術は無駄になっていない事を証明する為にも。いつの日か全力の彼と共に殺しを愉しめるようになる為にも。
 こんな所で立ち止まってなんか居られるか。
「まあ落ち着けよ。気持ちは分かるが、先に動いちゃ俺達の方が陽動になるだろ。別動隊としての活躍をしたいなら、少なくとも冒険者達が動き出すまで待たなきゃな。分かったか」
「分かんない! 早く行かせて!」
「落ち着け!」
 ひたすらに身体を揺らしていたリアに、フィーは両肩をしっかりと掴んで完全停止。少し手を離すとまた身体が揺れ始めたので、再び掴んで、彼女へと顔を近づけた。
「…………あんまり煩いと位置がバレる。理解したか?」
「むー…………分かった。分かったから離れてッ」
 リアは可愛らしく頬を膨らませるも、渋々納得した様子で頷いた。そしてやる事がいよいよ無くなって暇なのか、木箱を相手に見立てて分解の練習をし始めた。イジナも参加している事に関しては何も言うまい。では一人何をするでもなく待機しているギリークはどうなのかと言うと、じーっとリアのを方を見つめて……こちらの視線に気づいたのか、急いで視線を戻した。
 彼女の言う通り、確かにあちらが動くまでは暇だ。改めて考えればフィーもやる事が無かったが、見てしまったモノは仕方ない。彼を弄ってやろう。
「弄らなくて結構ですよ」
「……『覚』でも持ってるのか?」
「え?」
「……いや、口が滑ったな。何でもない。それにしてもお前―――まだ会って間もないのに、随分とリアに興味があるようだな」
 フィーが意地悪な笑みを浮かべると、彼は露骨に視線を泳がせつつ、言った。
「べ、別に良いじゃないか。男子生徒が気になる女の子を見るのは……悪い事じゃ無いだろ」
「別に悪い事とは言ってないよ。今の内に恋を楽しんでおく事は良い事だ。リアはそんじょそこらの貴族よりずっと美人だしな。あんな少女がこの世界に居るなんて正直驚きだが……髪の色も珍しいしな」
 黒髪の民族がすむ大陸は幻と言われており、幻とは要するに出鱈目。つまり存在しないと言われている。そんな世界にも拘らず、目立つ黒髪を隠そうともしない彼女は愚かなのか馬鹿なのか。尤も、これは世界を渡り歩くフィーの意見であって、黒髪を珍しい髪程度にしか思わない者には関係のない話だ。事実、ギリークは髪の話題に全く食いつかない。
「気になるのはそこじゃねえよ! アイツ……なあ、フィー先生。アイツって狙ってるのかな? 俺を誘惑する為に何かをしてるのかな?」
「お前がそこまで魅力的な異性とは、同性の俺には思えないな。仮にそう思えるような行動があったとしても、大体は天然だろうよ」
 信頼関係を築けば築くほど、この発言は衣を着ない。フィーの何気ない即答は単純だが、何者よりも深くギリークを傷つけた。具体的には、担任である自分からそう言われたせいで仰け反って、後頭部を思いっきり家に叩き付けるくらいには。ギリークは頭を押さえつつ、伏し目でこちらを睨みつけた。
「……俺は思うんだよ。世の中には言っちゃいけない事もあるってさ。フィー先生習わなかったか?」
「習ったとしても忘れたな。それに事実だ。お前の言う通り、アイツの肢体は確かに魅力的だ。そう思ってしまうのも未経験の少年であれば無理からぬ事だろう」
「は? いいいいいや、俺は別にそんな事一言も……」
「その割にはアイツの太腿の辺りに目線がいっている気がするのだが、果たして気のせいなのかどうか……なあ?」
 異性を意識し始める時期が少々早すぎる気がしないでも無いが、自分は五歳で懐妊している女性を見た事がある。あまりにも特殊過ぎる事例が最底辺にあるからかもしれないが、責めようとは思っていない。過去の恋愛経験はそのまま人生の経験となる。早い内にでも意識してしまった方が、後々になっても余裕が生まれて大人の風格が滲み出るだろうから、フィーは責める処か、むしろ褒めてやりたかった。
 悲しい一例として、少年期から青年期に至るまで積極的に恋をしようとしなかった人物は、恋というものに対して致命的弱点を抱える事になってしまったというのもある。ギリークには、出来ればそうなってほしくない。女性を追うのではなく追い回されるような男性になって欲しいと。どうせ卒業と同時に死ぬのだから無意味な事だが、そうなって欲しいと考えているここで。彼に浅からぬ期待を抱かせない為にも補足しておくが、担任だからと言って彼の死刑を庇うつもりは無い。彼の死刑は彼の未熟さ故に招いた結末。それを邪魔する権利は誰にも無いのだ。
「…………なあ、フィー先生。アンタは『吸血姫』の情報を持ってたりしないのか?」
「持ってたら既に教えているだろうな。何なら俺が直接捕まえに行っていたまである。流石の俺もこんな状況で楽しもうとは思わないよ。そういう場面でも無いしな」
 今までの会話時間から察するに冒険者達の方は既に動いている。後はあちらの方で魔力の狼煙が上がれば、こちらも活動を開始するのだが、この瞬間、説明のしようがない不安がフィーの脳裏を過った。
「…………フィー先生、どうした?」
「ん、いやあな……嫌な予感がした気がするんだ。様子を見に行くべきかな」
「心配し過ぎだろ。冒険者達は今まで何百もの魔物を屠ってきた強者だぞ? そう簡単にやられる訳がないって―――ほらッ」
 彼が指を向けた先では赤い煙が闇夜の中で僅かに光り輝いており、こちらにその意味を伝えていた。魔力の狼煙―――行動を開始せよという意味である。
「考えすぎだろ? ちゃんと狼煙上がったし、後は俺達が動くだけ―――先生?」
 ギリークの怪訝な表情を横目に、フィーは懐に両手を突っ込んで無常な瞳を空へと向けた。
「……よく見ろ。あれは魔力の狼煙なんかじゃねえよ、あれは血の狼煙―――それも鮮血だ。全く屈辱な話だが、どうやらお相手さん挑発してるみたいだぞ。やれやれ。これじゃどっちが狩人なのか分かったもんじゃないな」
 フィーは木箱を分解して遊んでいる二人の方へ振り返って。
「リア、イジナ。戦いの狼煙は上がった。『吸血姫』狩りを始めるぞ!」



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