ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

死に手招く者 三時限目~ギリーク

 ギリークは二階北東の職員室を出発地点にされた。先程会話に出たから真っ先に見つかる事は無いという発想だろうが、この誘導には明らかな優遇を邪推してしまう。参考までに言っておくが、飽くまでこの校舎は偽者で、そして駆け引きを愉しむ為、敢えて校舎中の鍵は全て外されている。だが、校舎を完璧に模倣したという事は、職員室にも各階層のカギがあるという事だ。教頭の据わっている付近を捜索すると、思惑通り幾つもの鍵が掛けられている。他の二人の居る位置にアタリを付けられた訳でも無いが、差し当たり二階全ての部屋のカギを持って、ギリークは部屋を飛び出した。
 職員室の鍵もしっかり持っていく。校長室を経由して廊下に出て、職員室のカギを閉めてやれば……まあ大した意味は無いが、立て籠もっていると深読みして無理やり破壊してくれる可能性はあるし、そうでなくとも鍵は開いていると他の二人は間違いなく思い込んでいるので、この階の施錠を理解しない内に発見してやれば、追い込み漁の要領で逃げ道を無くして、正面戦闘に持ち込める筈だ。フィーが相手でないのなら自分に正面戦闘で勝てる存在は居ない。イジナは未知数だが、あの服装で自分の攻撃を受け切れるものか。窓越しに姿を見られる可能性を考慮しても、ギリークは堂々と歩き出した。
 リアは恐らくこちらの未知数を考慮して不意打ちを仕掛けてくる筈。上手くいけばイジナとぶつかって消耗してくれることを狙っているだろうから、彼女は真っ先に見つけて狩らなければならない。だが職員室に行くまでの道のりで全く遭遇しなかった事。自分自身かなり回りくどい順番で歩かされてから職員室に到着したので、実際彼女が何処に居るかのアテは無い。極端な話だが、その辺りの教室という事もある。
 それでも自分が探さないのは、彼女がこの手の駆け引きの素人であると見抜いたからだ。先程は不意打ちを仕掛けてくるとは言ったが、素人である彼女が仕掛けられる不意打ち何て背後から一撃を加える程度のもの。こうしてわざと背中を晒してやれば、きっとその内姿を現すだろう。イジナの方はやはり未知数だが、リア程馬鹿ではなさそうなので、当分は見つからないと思われる。χクラスに居る以上、彼女にも一撃必殺の秘策を持っている事は確実なので、リアの捜索も兼ねて警戒していれば、まあ大丈夫だと思われる。
―――フィーを見つけたら情報提供してくれるとか無いかな。
 あったとしても恐らく無理か。彼が本気で隠れた際に見つけられた事が一度も無い。イジナと二人で、しかも三日間の猶予があったにも拘らず見つけられなかったのは、何かの冗談だろうと笑い飛ばしてもいいくらいだ。
 取り敢えずやるべきは、二階特別教室の施錠。強力な道具ぶきを確保されても困るし、無理やり破壊しようものなら自分を含めた二人に位置を教える事になる。普通教室を閉じないのは机か椅子ぐらいしか使えるモノはないだろうし、あまりこちらが不利になる事は無いだろうと思っての事だ。
 そう思って二階の特別教室に鍵を全て掛けたが、一向に反応が無い。まるで人っ子一人居ない様に校舎内は静かである。二階には誰も潜伏していないのだろうか。或いは潜伏していて、こちらの狙いに気付いた? 鍵をかける事には、もしも相手がその部屋に居た場合に鍵を開錠する場合があるから、その時の音を聞き分ける目的があるのだが、窓から見えない様にしゃがみ込んでその場で待機しても誰一人動かない。数十分待ってみたが、鼠一つ出てこない。
「……屋上に居るのか?」
 そう言えば屋上をまだ探していない。校庭も対象内であれば広い範囲を探せて便利なのだが、今回はそのルールではないのであまり行く意味も無い……取り敢えず、三階を捜索してから決めよう。三階に上ると、放送室の扉が破壊されている事に気が付いた。何をどうやればこんな破壊が出来るのか、扉が木っ端微塵に吹き飛んでいる。
 リアか、イジナ。根拠は無いが恐らく後者である。普通こんな破壊の仕方をすれば大きな音が鳴る筈なのだが、それを感じ取れなかった時点で音はなっていなかったという事になる。いや、耳が悪いとかそういう問題では無い。ここまで派手に破壊したら何処の階にいたって分かる筈だ。しかし音も無く破壊したという事は……これはやりやすい。
 少なくとも、放送室には誰も鍵を掛けられなくなったので、この場所に隠れるような奴は居なくなった。理由は語るまでも無く、追い回された際にこんな所に隠れるような阿呆は居ないだろう。範囲に校庭は無いから窓も使えない。
 その事から連ねて、イジナもここを破壊した以上は警戒される事を考慮して既に階を降りている筈なので、彼女が居る階は現在一階である可能性が非常に高い。高いだけで居るとは限らないので警戒を緩める事は無いが、この仮説を信じるのならば……三階か屋上にリアが居ると思われる。取り敢えず、不意打ちを避ける為に屋上から降りる様に捜索するとしよう。上手くいけばイジナにも遭遇する筈だ。向こう側の階まで素早く移動。ギリークは三段飛ばしで屋上へと駆け上がった。
―――誰も居ない。
 この場所で隠れられる場所と言えば屋上を行来する階段を覆う建物の裏か、その上にある貯水庫の裏くらいだ。建物の裏は貯水庫から探せば位置的有利も取れるので一応確認。
「まあこんな分かりやすい場所には隠れないよなあ。旨味も無いし」
 リアが居たら既に撃破できるまであったのだが、どうやらそこまで阿呆では無かったようで。わざわざ逃げ道の無い所に隠れる馬鹿は居ないが、流石にリアもそれは知っていたようだ。すかさず反転して、三階へと降りる。
 階段から近い教室は音楽室か魔術道具準備室。どちらが怪しいかは……入り口だけで判断できる。
 入り口を防いでいるのか防いでいないのか、中途半端な具合で楽器が置かれているのは、一体何の目的があったのか。放送室をイジナと仮定すると、リアの出発地点はここだと仮定出来る。そうでなかったとしても、どちらかの出発地点である事は間違いない。出発地点で無ければ、ここまで大量の楽器を誰にも気づかれずに移動させられる訳が無いからだ。
 問題はここを出発地点として何処に移動するか。この闘いをどんな方法で制するかでその動き方は変わってくるが、リアには不意打ちしか無いだろうし、恐らくは強力な道具を手に入れる為に動く筈。とすれば、候補は魔術道具準備室、記録室、図書室。もしもそこに居ないのならまた二階に戻って施錠具合を確認。壊れていた部屋から相手の興味の対象を推理し、それに応じた対策をする。何の手掛かりも無い内は、この方針で動けば問題ないだろう。中庭から窓を通して向かい側限定で下の階も視界に入れられるので、探す際は常に中庭を歩くように心がける。
 魔術道具準備室に足を踏み入れると、何かに足を引っかけたような気がした。一年生はおろか、学生である限りは見る事もない魔法陣が発動。魔力の光と共に現象を発現させた。
―――まずい!
 次の瞬間、魔力の衝撃に吹き飛ばされたギリークは窓をぶち破って中庭に放り出された。リアがこんな魔術を使えるとは思わないので、恐らくはイジナだろう。
「やられた……」
 密かに持ち込んでいた透明化の能力を持つ魔術の発動で姿だけは見られずに済んでおり、傍から見れば罠には引っかかったが中庭には放り出されていないような状態となっている。相手の罠をも利用して有利を取っていく。これこそが駆け引きの真髄だ。相手は中庭に相手を叩き落せなかったと勘違いして、急いであの部屋を確認しに行くだろう。ならばこちらは中庭から素早く屋上まで伸びる階段を駆け上って追撃するまで。
 調子よく起き上がったギリークだが、一階の窓に手を掛けて、相手のやりたかった事に気が付いた。自分の想定通り、イジナは一階に居た様だ。
 そうでなければ、一階の中庭に通ずる全ての窓、扉が施錠されているなんてあり得ない。しかし下手に破壊すれば音で位置が特定。時間から行ける距離を逆算し探索される。正面戦闘では勝てると思われるが、先制攻撃を喰らえばその時点で負けだ。幸い、透明化を解除しない限り誰にも存在は確認されない。
 ならば来たるべき時まで解除せず、二人の動き方を窺おう。全ての階から中庭が見えるのは痛手だが、裏を返せば中庭から全ての階を見渡せるという事。じっくり二人の動きを見させてもらおうじゃないか。


 














 生きた心地がしなかった。下の階の音に気を研ぎ澄ませていたら、急に階段を上る音がして。そしたらギリークが上がってきて。どうにか貯水庫の周りを動きに合わせて回ったらやり過ごせたが、一歩間違えればそのまま発見されていただろう。
―――早い所出た方が良いかも。
 隠れ場所があまりない所は、一度探して見つからなかった場合、まず探しに来ない。イジナの行動が気になるとはいえ、降りてもある程度は安全な筈だ。足音を殺して、窓から姿を視認されない様に階段を匍匐しながら降りると、すぐ隣で爆発。窓をぶち破ってギリークが中庭に叩き落された。再び屋上に上って中庭を確認すると、ギリークの姿が―――見えなかった。
「あれ?」
 叩き落された瞬間を目撃しているのに、着地地点に居ない。一階の窓はここから見る限り全て閉まっているので、転移魔術を使わなければ移動できない上に、魔法陣も書かずに魔術を行使できるのはフィーだけ。何らかの方法で体を透明化させて待機していると考えた方が無難か。ならば一階に行くのは暫く控えて、廊下を歩く際は外側を歩くとしよう。
 取り敢えず、一階の鍵をどうにかしない限りギリークは籠の中の鳥状態だ。後は姿の見えぬイジナだが……彼が叩き落された事から、他の部屋にも罠を仕掛けている可能性はある。彼と同じ目に遭うのも御免だし、それで彼の姿を一方的に補足出来た有利を失うのは痛すぎる。
 三階は一旦避けて、まずは二階に行くとしようか。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品