ダークフォビア ~世界終焉奇譚
剝妃と死刑囚 二限目
ギリークに連れられてやってきたのは校長室。扉を叩くと、「おう。入ってくれ」との返事が返ってきたので、何の躊躇いも無くギリークは扉を開けた。
目の前に広がったのは、校長室とは思えないような光景。何と鮮やかな蒼穹の広がる青空教室だろうか。机数はわずか三つと寂しいが、代わりにいつもとテンションの違うフィーが場の明るさを整えている。黒板の代わりに使用されている板と、机に配置されているペンだけは安っぽさが拭えないが、遥か彼方に聳える山と教室の四方に広がる草原が生命力に満ち満ちていてとても気分が良いので、この際突っ込むのは野暮なモノとして目を瞑ろう。
「な、何これッ!」
「おおリア、よく来たな。まあ座れ。お前は真ん中だよ」
二人が完全に通り過ぎると、背後の扉が消失。いよいよここが学校の中か、はたまた何処かの草原なのかが分からなくなってしまった。言われた通り席に着くと、フィーは目の前に教壇を作り出して、無意味に掌を叩きつけた。
「よくぞ来てくれた! ここはχクラスの教室だ! 不定期でしか集まらないから俺も良く忘れるけど、お前達はクラスメイトだから、仲良くしろよ」
「フィー先生。何かいつもと喋り方違うわね」
「あれは表向きだ。このクラスは俺が担任で、この世界は俺が作った。だったら口調を装う必要は無いだろう?」
「そういうモノなの?」
「そういうモノなのです。お前を呼びつけたのは今回が初めてだったな。それじゃあ人数も少ないから、本人に自己紹介をしてもらおうか。まずはイジナ、教壇の前へ」
芝居がかった調子で手を流して、フィーが教壇の横へずれると、リアの横で座っていた女子が無駄のない動作で席を立って、あまりにも規則的過ぎる動きで教壇の前へ移動した。
その美しさを例えるならば、精密に作られた人形。制服はリアの来ているモノとは大きく違って、袖部分は振袖に、腕から肩に掛けては露出しているものの、代わりに古代文字のような何かが刻まれている。服はというと従来の制服をかなり弄り回した様子で、へその辺りまで伸びていた筈の生地はバッサリカット。白色のスカート―――と言ってもかなり短く、スカートとしての役目をあまり果たせていないので、上から伸びている布切れみたいなベルトが、前面の恥部及び背後の臀部を隠すように幾重にも緩く、時にはしっかりと巻かれている。
椅子に座っていたから分からなかったが、露出度が中々どうして酷い事になっている。とても人間が着るようなモノじゃないと言ったら酷いが、先程の動きも相まって人形か何かの様にしか見えない。というかそうであってほしい。そうであったのならこの際どい格好は着せ替え人形だからという一言で済む。
「イジナ・ラルロフ。です。好きなモノは…………分解できるモノです。よろ、しく」
「これは本当の事で、彼女に適当な細工品を与えてやると非常に喜ぶ。後述するが、このクラスに居るお蔭で『剝妃』と呼ばれてる。覚えておけ」
それ以上無駄な発言をする事は無く、イジナは席へと戻っていった。一つだけ大いに気になる事があったが、今はそれよりも突っ込むべき所を気にする。
「はーい質問です! どうしてそんなやべえ格好してるんですかッ!」
年がリアと同じくらいという事もあって、身体全体の隆起はまだ完全ではない。が、それを差し引いても際どい格好なのは言うまでも無く、これ以上体が成長したら一体どうするつもりなのだろうかと問い質したい。
「女の子がやべえと言うもんじゃありません。が、俺は知らん。このクラスに入ってくる頃には既にこの格好だった」
「嘘ッ?」
フィーの言葉を欠片も信用しようとしないリアに、横からギリークが口を挟んだ。
「嘘じゃないぞリア。お前が来るまで、このクラスは俺とコイツだけだった。先生の言う事は本当だぞ」
「ギリーまで……え、ギリーはこんな犯罪チックな恰好をずっと見てたの?」
「犯罪チックつっても、そいつ全然感情現れないし、実際より全然可愛くないぞ。俺からしたらお前の方がずっとかわ…………うん」
「かわ……何?」
あんな教会なんぞに居たのだ、鈍感である道理は無く、彼が何を言いかけたのかは直ぐに分かったが、ここは敢えて彼の口から言わせてみたかった。自分の容姿が優れている事は自覚している。男の下劣な好意なんぞは御免だが、こういうからかい甲斐のある好意は大歓迎だ。と言っても、やはり多少の吐き気は抑えられないが、それでもこうして何でもない風を装って、相手を動揺させる事が出来る。
『闇衲』にやると十中八九縊り殺されるからやらない。
「………………皮の面が厚いんだよ」
「それを言うんだったら面の皮が厚いでしょ? 素直じゃないんだからッ!」
彼女の発言と外装以上に気になる事はまた後で事情を知っていそうな者に聞くとしよう。今はこうしてギリークと戯れている方がずっと楽しい。『闇衲』よりずっと優しいし、何より面白い。こんなパパだったらどんなに良かったか。
リアの思いも知らずに只一人困惑を続けるギリークだが、フィーの言葉に正気を取り戻して、続くように教壇の前へ移動した。
「もう知っているだろうが、ギリーク・ブライドスだ。『死刑囚』故にこの学校を卒業したら死ぬ事になるが、どうか宜しく頼む」
「親殺しはこの都市に拘らず大罪だ。それをしてくれたお蔭で、ギリークは死刑囚になってしまった。馬鹿な生徒だが、同じクラス同士仲良くやってくれよ。どうやらこのクラス以外でも仲良くやってるみたいだしな。んじゃ、最後にリア―――と言いたい所だが、情報は渡してある。何だか最高に面白い自己紹介芸を考えてくれてたみたいだが、またいつかな」
フィーはポケットに手を突っ込みながら、落ち着き無く教室をゆっくり歩き回る。
「このχクラスは特殊な境遇や能力を持った奴等を保護して、その力を危なげなく鍛えるクラスだ。教師陣には流石に知らせてるけど、一般には公開されていない秘密のクラス故、その授業方法も少々異なる」
「具体的には?」
「町の騒動解決とか、魔物の巣を潰しに行くとかだな。授業の名目でやるが、早い話が影の治安部隊だ。やはり教科書の上では真に使える技術を学べないからな。俺も先生に教わって良く分かった。でも全ての生徒にその方法は使えない。真に覚えさせるならやはりある程度怪我をさせる事もあるだろうし、死を間近に感じてもらう必要もあるから、一般受けしないんだよ。それに俺はやりたくて校長をやってる訳じゃ無いから、そういう理由もあって全ての生徒には行えない。けど、ここは俺のクラスで、お前達は俺を担任に持つ生徒だ。だったら何をしても良い。そうだろう?」
「違うと思いますッ」
自分が管理しているからって何しても良いというのは間違ってはいないだろうが、規模によっては暴論になりかねない。リアは奇跡的にも死を間近で感じた事もあれば怪我をした事もある、もう二度とそんな機会は訪れないで欲しいがレイプだってされかけた。用は温い教育が『闇衲』式教育法にシフトし始めただけの事で何ら日常と変わりないが、他の二人はどうなのか。
ギリークは卒業の時点で死亡が決定しているので、いつ死のうがどうだっていい。だから恐怖は抱いていないと思われる。もう一人のイジナが謎だ。交流が無いから全然分からない。
即答で首を振ったリアだが、フィーは話を優先している為に返事を意に介さない。
「だからお前達には、これから任務を与えよう……何て、まだお互いの事を良く知りもしないのに任務何て馬鹿馬鹿しいからな。まずはお互いの事を知る為に殺し合おうじゃないか」
――――――今、殺し合うと言ったか?
「ふぃ、フィー先生ッ? 殺し合うって言った。いいって言った?」
「他人を良く知る為には一回くらい全力で殺し合ってみる事が大切、これ常識。まあ本当に死にそうになったら止めるかもしれないが、瀕死になるくらいまでは一切止めないからそのつもりで」
今まで治まっていた血が疼く。誰かを殺したいという欲望が、この世界へ滾る復讐の灯が。ああ、そう言えばガルカの時以来、学校に行ってばかりで全然殺せていなかったっけ。人目を気にしているから仕方ないが、今、フィーが直々に許可を出してくれた。殺しても良いと。
『闇衲』は夜な夜な何処かに外出しているが、あれはきっと殺しに行っているのだ、そうに違いない。『吸血姫』と言うのも、『闇衲』が殺し方に手を加え続けたらそうなっただけというのが真実に違いない。
『闇衲』はよく言っていた(実際は一度も言っていない)。男は背中で語るのだと。ならば、自分はそんな父親の背中に倣って―――殺してしまっても構わない筈だ。懐で涎の染みついたナイフだってそう言っている。今すぐ人間の喉笛に噛みついて、引き裂いてやりたいと。
「…………どうやら、やる気みたいだな。なら話が早い。外に出ろ。舞台は―――この校舎全域だ」
目の前に広がったのは、校長室とは思えないような光景。何と鮮やかな蒼穹の広がる青空教室だろうか。机数はわずか三つと寂しいが、代わりにいつもとテンションの違うフィーが場の明るさを整えている。黒板の代わりに使用されている板と、机に配置されているペンだけは安っぽさが拭えないが、遥か彼方に聳える山と教室の四方に広がる草原が生命力に満ち満ちていてとても気分が良いので、この際突っ込むのは野暮なモノとして目を瞑ろう。
「な、何これッ!」
「おおリア、よく来たな。まあ座れ。お前は真ん中だよ」
二人が完全に通り過ぎると、背後の扉が消失。いよいよここが学校の中か、はたまた何処かの草原なのかが分からなくなってしまった。言われた通り席に着くと、フィーは目の前に教壇を作り出して、無意味に掌を叩きつけた。
「よくぞ来てくれた! ここはχクラスの教室だ! 不定期でしか集まらないから俺も良く忘れるけど、お前達はクラスメイトだから、仲良くしろよ」
「フィー先生。何かいつもと喋り方違うわね」
「あれは表向きだ。このクラスは俺が担任で、この世界は俺が作った。だったら口調を装う必要は無いだろう?」
「そういうモノなの?」
「そういうモノなのです。お前を呼びつけたのは今回が初めてだったな。それじゃあ人数も少ないから、本人に自己紹介をしてもらおうか。まずはイジナ、教壇の前へ」
芝居がかった調子で手を流して、フィーが教壇の横へずれると、リアの横で座っていた女子が無駄のない動作で席を立って、あまりにも規則的過ぎる動きで教壇の前へ移動した。
その美しさを例えるならば、精密に作られた人形。制服はリアの来ているモノとは大きく違って、袖部分は振袖に、腕から肩に掛けては露出しているものの、代わりに古代文字のような何かが刻まれている。服はというと従来の制服をかなり弄り回した様子で、へその辺りまで伸びていた筈の生地はバッサリカット。白色のスカート―――と言ってもかなり短く、スカートとしての役目をあまり果たせていないので、上から伸びている布切れみたいなベルトが、前面の恥部及び背後の臀部を隠すように幾重にも緩く、時にはしっかりと巻かれている。
椅子に座っていたから分からなかったが、露出度が中々どうして酷い事になっている。とても人間が着るようなモノじゃないと言ったら酷いが、先程の動きも相まって人形か何かの様にしか見えない。というかそうであってほしい。そうであったのならこの際どい格好は着せ替え人形だからという一言で済む。
「イジナ・ラルロフ。です。好きなモノは…………分解できるモノです。よろ、しく」
「これは本当の事で、彼女に適当な細工品を与えてやると非常に喜ぶ。後述するが、このクラスに居るお蔭で『剝妃』と呼ばれてる。覚えておけ」
それ以上無駄な発言をする事は無く、イジナは席へと戻っていった。一つだけ大いに気になる事があったが、今はそれよりも突っ込むべき所を気にする。
「はーい質問です! どうしてそんなやべえ格好してるんですかッ!」
年がリアと同じくらいという事もあって、身体全体の隆起はまだ完全ではない。が、それを差し引いても際どい格好なのは言うまでも無く、これ以上体が成長したら一体どうするつもりなのだろうかと問い質したい。
「女の子がやべえと言うもんじゃありません。が、俺は知らん。このクラスに入ってくる頃には既にこの格好だった」
「嘘ッ?」
フィーの言葉を欠片も信用しようとしないリアに、横からギリークが口を挟んだ。
「嘘じゃないぞリア。お前が来るまで、このクラスは俺とコイツだけだった。先生の言う事は本当だぞ」
「ギリーまで……え、ギリーはこんな犯罪チックな恰好をずっと見てたの?」
「犯罪チックつっても、そいつ全然感情現れないし、実際より全然可愛くないぞ。俺からしたらお前の方がずっとかわ…………うん」
「かわ……何?」
あんな教会なんぞに居たのだ、鈍感である道理は無く、彼が何を言いかけたのかは直ぐに分かったが、ここは敢えて彼の口から言わせてみたかった。自分の容姿が優れている事は自覚している。男の下劣な好意なんぞは御免だが、こういうからかい甲斐のある好意は大歓迎だ。と言っても、やはり多少の吐き気は抑えられないが、それでもこうして何でもない風を装って、相手を動揺させる事が出来る。
『闇衲』にやると十中八九縊り殺されるからやらない。
「………………皮の面が厚いんだよ」
「それを言うんだったら面の皮が厚いでしょ? 素直じゃないんだからッ!」
彼女の発言と外装以上に気になる事はまた後で事情を知っていそうな者に聞くとしよう。今はこうしてギリークと戯れている方がずっと楽しい。『闇衲』よりずっと優しいし、何より面白い。こんなパパだったらどんなに良かったか。
リアの思いも知らずに只一人困惑を続けるギリークだが、フィーの言葉に正気を取り戻して、続くように教壇の前へ移動した。
「もう知っているだろうが、ギリーク・ブライドスだ。『死刑囚』故にこの学校を卒業したら死ぬ事になるが、どうか宜しく頼む」
「親殺しはこの都市に拘らず大罪だ。それをしてくれたお蔭で、ギリークは死刑囚になってしまった。馬鹿な生徒だが、同じクラス同士仲良くやってくれよ。どうやらこのクラス以外でも仲良くやってるみたいだしな。んじゃ、最後にリア―――と言いたい所だが、情報は渡してある。何だか最高に面白い自己紹介芸を考えてくれてたみたいだが、またいつかな」
フィーはポケットに手を突っ込みながら、落ち着き無く教室をゆっくり歩き回る。
「このχクラスは特殊な境遇や能力を持った奴等を保護して、その力を危なげなく鍛えるクラスだ。教師陣には流石に知らせてるけど、一般には公開されていない秘密のクラス故、その授業方法も少々異なる」
「具体的には?」
「町の騒動解決とか、魔物の巣を潰しに行くとかだな。授業の名目でやるが、早い話が影の治安部隊だ。やはり教科書の上では真に使える技術を学べないからな。俺も先生に教わって良く分かった。でも全ての生徒にその方法は使えない。真に覚えさせるならやはりある程度怪我をさせる事もあるだろうし、死を間近に感じてもらう必要もあるから、一般受けしないんだよ。それに俺はやりたくて校長をやってる訳じゃ無いから、そういう理由もあって全ての生徒には行えない。けど、ここは俺のクラスで、お前達は俺を担任に持つ生徒だ。だったら何をしても良い。そうだろう?」
「違うと思いますッ」
自分が管理しているからって何しても良いというのは間違ってはいないだろうが、規模によっては暴論になりかねない。リアは奇跡的にも死を間近で感じた事もあれば怪我をした事もある、もう二度とそんな機会は訪れないで欲しいがレイプだってされかけた。用は温い教育が『闇衲』式教育法にシフトし始めただけの事で何ら日常と変わりないが、他の二人はどうなのか。
ギリークは卒業の時点で死亡が決定しているので、いつ死のうがどうだっていい。だから恐怖は抱いていないと思われる。もう一人のイジナが謎だ。交流が無いから全然分からない。
即答で首を振ったリアだが、フィーは話を優先している為に返事を意に介さない。
「だからお前達には、これから任務を与えよう……何て、まだお互いの事を良く知りもしないのに任務何て馬鹿馬鹿しいからな。まずはお互いの事を知る為に殺し合おうじゃないか」
――――――今、殺し合うと言ったか?
「ふぃ、フィー先生ッ? 殺し合うって言った。いいって言った?」
「他人を良く知る為には一回くらい全力で殺し合ってみる事が大切、これ常識。まあ本当に死にそうになったら止めるかもしれないが、瀕死になるくらいまでは一切止めないからそのつもりで」
今まで治まっていた血が疼く。誰かを殺したいという欲望が、この世界へ滾る復讐の灯が。ああ、そう言えばガルカの時以来、学校に行ってばかりで全然殺せていなかったっけ。人目を気にしているから仕方ないが、今、フィーが直々に許可を出してくれた。殺しても良いと。
『闇衲』は夜な夜な何処かに外出しているが、あれはきっと殺しに行っているのだ、そうに違いない。『吸血姫』と言うのも、『闇衲』が殺し方に手を加え続けたらそうなっただけというのが真実に違いない。
『闇衲』はよく言っていた(実際は一度も言っていない)。男は背中で語るのだと。ならば、自分はそんな父親の背中に倣って―――殺してしまっても構わない筈だ。懐で涎の染みついたナイフだってそう言っている。今すぐ人間の喉笛に噛みついて、引き裂いてやりたいと。
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