ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

友達百人出来るかな

 フィーとナナシの戦いが決着してから早一週間。学校の様子はほんの少しだけ変化を見せた。と言っても些細なモノだ。
 まずクラス内に存在していた妙な上下関係が消え去った。これに関しては全くの偶然だろうが、最上位に位置していた奴の親が『吸血姫』によって殺された為に、社会的にも学校的にも誰かが従う道理が無くなったからである。恐怖で人を支配しているような奴はこう言った時に誰にも味方に付いてもらえなくなって、孤立する。
 勿論、たった一度では消え去る事も無かっただろうが、こういった事態が貴族を親に持つ存在のみ頻発したので、こう考えたのだろう。『自分が蔑ろにしている誰かが吸血姫に連絡を取って殺しているのではないかと』。死刑囚の自分を恐れている以上そんな人間が居るとは思わなかったが、とにかくそういう訳で上下関係は消え去った。ここで一つ気になるのは、今まで散々こき使われてきた者達は復讐しないのかという事だが、それもAクラス……そしてBクラスではあり得ない事だった。
「それじゃあ行きましょうか! 食堂!」
「あ……う……ま、待ちたまえよ!」
「お待ちなさい! まだお化粧が済んでおりませんのッ!」
 Bクラスで落ちぶれた貴族は、どういう理由からかリアに構われている。彼女とシルビアだけは入学した当初からクラスの雰囲気から外れていたので、何がどう変わろうと彼女には変化の無い日常なのだろう。そして、今までこき使われていたとはいえ、何の恨みも無いのに虐められる程他の学生は非道じゃない。リアが居ない時はどうなっているのか知らないが、少なくともリアの居る内は手出しをしない様で、それを理解したか貴族もリアから離れない。
 この構図により、リアが登校してくる限りは何の問題も起きないので、これによってBクラスの問題は無事……ではないが、一時的に解決されたと言えるだろう。
 次にAクラスだ。このクラスにはリアの様に底抜けに明るい女子は居ない。そんな中で何がクラスの抑止力たり得ているのかと言えば―――ナナシだ。
 時を遡る事六日前。ナナシと共にフィーがやってきて、こんな事を言い放った。
『諸事情から、ナナシが記憶喪失となってしまいました。彼女の記憶が戻るまでの間、Aクラスの皆さんでお世話をしてあげて下さい』
『よ、よろしくお願いします! 皆さんッ』
 最初こそナナシの変貌ぶりに全員が恐怖したものだが、誰が言い放ったか『ここまで純粋なら自分好みに調教出来る筈』。ギリークとしてはそんな理屈があってたまるかと言いたい処だが、ナナシの発育は同年代にしては著しく発達しており、それに釣られた男達はその理屈を正しいモノと解釈。
 まとめると、Bクラスはリアの、恐らくは無自覚の行動によって。Aクラスはナナシ欲しさに男達が闘争。上下関係何てどうでもいいからナナシが欲しいという男子が多発したお蔭で無くなったのだ。Bクラスに比べて何とも欲に塗れているのがAクラスらしいが、上下関係が無くなった事で差別は無くなり、自分も多少は過ごしやすくなった。そこに問題があるとすれば、それは。
「ほら、ギリーも早くッ!」
「あ、ああ? 今……行く?」
 そんなつもりは無いのだが、あれ以来リアと絡む機会が非常に多くなり、そのせいで落ちぶれた貴族とも接さねばならない事だ。色眼鏡で見られた自分が相手を色眼鏡で見る事は無いが、相手は元いじめっ子だ。少しばかり身構えてしまうのは致し方ない。奇異の目がリアに注いでいる事を気の毒に思いつつ、ギリーは彼女の後を追う。リアに絡みづらい者達は皆シルビアと交流を取っているので、彼女の友人関係も間接的に改善されていると言えるだろう……どうして彼女の友人関係云々を知っているかはフィーに聞くといい。全て彼が教えてくれた。
「くーださいなー!」
 食べ物は自由にとって良い形式となっている。一体誰に頼んでいるか分からないが、リアは慣れた手つきでひょいひょいと自らの昼食を作り上げていく。彼女のテンションの高さは既に周知のモノとなっていて、少し騒いだ程度じゃ誰も振り返らなくなった。慣れとは恐ろしいモノだ。死刑囚たる自分と、今まで親の権力を振りかざしていた男女二人が背中に居るのに、リアの存在一つで注目すらされないなんて。彼女からすればやはり知った事では無いのだろうが、そればかりは素直に凄いと思う。貴族共に続くように、自分も昼食を作り上げていく。
「ほら、ここ空いてるよ。アイジェスタとクヌーリも早く座って座ってッ」
 アイジェスタとは女子の貴族、クヌーリとは男子の貴族だ。正式名はアイジェスタ・フリントスとクヌーリ・レシム。どちらもついこの前までは高名な貴族の子供だった為か身なりは整っている。容姿も決して悪くは無い。リアが突き抜けているだけで、アイジェスタも可愛い部類には間違いなく入っている。以前まではその性格が全てを打ち消していたが、ここ最近は親が死んだ事でしおらしくなって、何だか割増しで可愛く思えるようになった。
 食堂の席は二人で一つの椅子が向かい合うようになっているので、あの二人がリアの向かい側に座れば、ギリークは必然的に彼女の隣へ座らなくてはいけなくなる。決して嫌という訳じゃ無いが……何故だか心拍が早くなって意味も無く息切れを起こすので、出来れば座りたくなかった。
 まあそうせざるを得ないのだが。
「それじゃあ頂きま-す!」
「リア、少し待つんだ。貴族流というモノを教えてやろうじゃないか」
「男性の貴方が教えたって為になる筈がありませんわ。ここは一つ、私が」
「俺は先に食ってるぞ」
 隣と前方でわいわい騒いでいる三人を尻目に、ギリークは一人、穏やかな食事を楽しみ始める。久しぶりに、料理の味を感じた気がした。くだらない事と言えばそれまでだが、幸せとはこの事を言うのかもしれない。
 しかしそんな幸せも学校を卒業すれば終わる。自分の命と共に。それでも……何だろうか。何なのだろうか。どう言い表せばいいのだろうか。この感情は、一体。
「ギリー! はいあ~ん」
「ん。あ~……ってしないぞッ? 食べ物くらい自分で食べられるからな!」
 考え事に意識を割き過ぎて、彼女がナイフの先端に肉を突き刺している光景を認識出来ていなかった。気づくのが後一秒遅れていたらと思うと……ぞっとする。どんな意味かは自分でも分からない。
「えー。ちょっとくらい良いでしょけちんぼ! それとも、私の刺した料理が食べられないって言うのッ?」
「横暴な上級生か! ああ食べられないよ、ナイフは危ないしな」
「ナイフ……ああ刺さるかもって事? 大丈夫よ! こんなナイフ程度刺さった所で大した事は無いって。ほら!」
「だからく―――ぐふッ?」
 まさか喋っている途中に突っ込まれるとは思わず、ギリークは反射的にその肉を呑み込んでしまった。刃から抜けた事を感じたのか、程なくしてナイフが引き抜かれる。リアは実に楽しそうだった。
「は、破廉恥ですわ! と、と、殿方に食事を与えるなんてッ。リア! 貴方どんな教育を受けていらしたのかしら?」
 アイジェスタ……アイジスは顔を真っ赤にしながらこちらを指さす。こちらこそ聞きたいが、彼女は一体どんな教育を受けていたのだろうか。口に突っ込まれた自分でさえ分からないのに、リアが分かる筈も無い。発言の真意を捉えかねて、顔の周りに疑問符を浮かべていた。
「どういう事? これって私のパパもやってるけど、普通な事じゃないの?」
「そんな訳ありませんわ! そ、それは一夜を共にした殿方にだけするべき行為。それをす、するなんて……まさか貴方達、そういう関係でいらしたのッ?」
「違えよ! 大体、俺がそんな事を出来るような身分じゃないのは知ってんだろうが」
 死刑囚は人の手によって寿命を作られた存在だ。そんな存在に子孫を残す権利など無い。ある訳が無い。
「―――ふッ、甘いなフリントス。二人はその程度の関係では無い。既に子供が居る関係であるのだよ!」
「違うわボケ。刺すぞこの野郎」
「ひいいいい! や、やめてくれたまえよ、殺すのは! 殺すのだけは!」
 クヌーリは如何にも芝居がかった調子で怯えたが、ナイフを持ってやったら今度は本当に怯えだした。親が殺された事が余程トラウマになっていると見える。その気が生まれる事は生涯無いのでナイフを下ろすと、彼は再び調子を取り戻した。
「ふふふ…………フッ、僕の威圧にびびびったようだだだな。まままままままあ、当然さ。僕はえ選ばれし者だからね」
「うわ、絵に描いたような動揺っぷりですわね。貴方の性格が窺えますわ」
「だ、黙りたまえよ! 怖いモノは仕方が無いのさ!」
 珍しくクヌーリが正論を言った。確かに怖いモノは仕方がない。自分だって、いつ何時も笑顔を崩さないリアの事が恐ろしくて仕方ない。特に初対面時にやってくれたあの奇行、あれは記憶越しでも尚寒気のするモノだ。出来れば二度とやって欲しくない。
「あ、そう言えば五時限目は実技だっけ?」
「ええ、そうですわね。今日は確か実際に魔術をぶつけ合ってみる授業だった筈ですわ」
「そっか! じゃあアイジス、組もうよッ。アイジスの魔術適性も知りたいし」
「……構いませんわよ」
 隣の女子は楽しそうにそんな話をしているが、ギリークはというとそうはいかない。実技は苦手なのだ。いや、正確には適性では無い属性を無理やり使っているからそうなってしまうだけで、しかし適正な属性を使えば相手を殺してしまう恐れが―――
「クヌーリ。組むか?」
 断られる事を未来に見据えてからそう言うと、案の定、彼は狂ったように首を左右に振った。
「ばばばばばばかを言いたまえよ! 君の魔術適性は『空』じゃないか! 幾ら僕が選ばれし者だからって限度があるよ君!」
「―――ふん。言ってみただけだ、気にするな」
 どうせ自分は今日も見学になるのだろう。まあ別に良いか。実技の時間が少ない関係で、自分はまだリアの魔術を見ていない。次の時間を使って、一体どうして彼女がχクラスに行く事になったのかを探るとしよう。





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