ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

変貌の恐怖

「パ、パパァ……」
「……何だ」
「怖いよお…………こんなの赤ずきんじゃないよお」
 あまりリアと意見が合う事は無いが、今回ばかりは反論の余地が無いと言うか、自分もそう思っている。こんなのは赤ずきんでは無い。
「……どうかしたの、お兄ちゃん」
 お前は誰だ。
 一体何をどうやったらここまで幼女を不気味に出来るのかが分からない。いや、幼女とは本来このようにあるべきなのだろうが、今までまともな幼女に出会っていなかった自分には、圧倒的違和感を覚えてしまう。
 自分を『狼』さんと呼び、リアとくだらない言い争いをしていた時が懐かしい……と、一応言っておくが、そこまで時間は経っていないだろうと突っ込むのは野暮だ。そんな突っ込みはリアと出会ってまだ一年も経っていない時点で全てを否定する事になってしまう。ああ、あの性格もそれはそれでウザいとは思っていたが、決して嫌いな性格では無かった。だのに現在の性格は……控えめに言って、好きではない。散髪でもされながら戦っていたのか髪もすっかり短くなって、この想いを一言で表すのならそれは先程の言葉に違いはない。だからもう一度言おう。
 お前は誰だ。
「二人共、大袈裟じゃないですか。た、確かに今までの『赤ずきん』とは違いますけど気性が穏やかになったと思えば看過でき……るじゃない……ですか」
「シルビア、子供は正直に生きなきゃならん。お前の想いを今度は正直に言ってみろ」
「―――済みません! 私も怖いですッ」
 引き攣った笑顔を浮かべている時点でシルビアが自分達と同じ思いを抱いている事は分かっていた。無理も無い話だが。出会ってまだ一年処か半年も経っていないのに友達の性格が変われば誰だって驚くに決まっている。というかこの旅自体、半年も経っていないのにガルカやらトストリス大帝国やらを落としているせいでやたらとスピーディーな気がするが……まあそれは置いておこう。リア達が学校を卒業するまで滞在する気でいるから、それで旅の速度は調整される気がする。今は取り敢えず、この希少生命物体を如何するべきか。それだけを考えた方が賢明である。
「……なあ『赤ずきん』」
「『赤ずきん』じゃないよお兄ちゃん。私の名前はセルクだから、ちゃんと呼んでくれなきゃ怒るよ?」
 事と次第によってはフィーを許さない。いや、事と次第がどうであれ許すつもりは無い。こんな気持ち悪い存在を生み出した事の罪は重い。その罪、たとえ原因がこちらにあろうとも万死に値するモノだ。一体どんな趣味をしていて、どんな狙いを持っていたら自分の事を『お兄ちゃん』と呼ばせる拷問が思いつくのか。『闇衲』には到底理解出来なかった。こんな精神的拷問は味わった事が無い。こんな空間に一時間も居ようものなら本当に死んでしまうだろう。悶死ではなく、憤死だ。
 彼女がこうなった元々の原因は自分が唆したからだが、直接の原因はフィーの魔術。素人たる『闇衲』には解決のしようがなかった。一度頷いてから部屋を出ようとすると、普段からは考えられない速度でリアが通せんぼをする。
「……どけ」
「どけ、じゃないでしょ! 『赤ずきん』をどうにかしなきゃ一生このままなのよ?」
「うるさい、どけ。俺はこの空間に一秒だって居たくない。後はお前達に任せるから、勝手に解除し―――」
「パパが買った道具でしょッ? 私に押し付けないでよッ!」
 あまりにも正論過ぎる正論がリアの口から飛び出した。返す余地もない。返せる筈が無い。だって正論だから。
 『闇衲』はその後も退出を試みたが、やたらと機敏な動きをするリアによって阻まれ続けたので断念。三十分は試みた筈なのに、よくもまあ彼女も体力が続いたモノだ。こちらは全力で逃走を図ろうとしたのに。
「……と、とにかく。責任の所在が俺にあった所で俺にはどうしようもない。魔術何ぞ知らんからな。お前達の力を借りるか、狂犬の力を使って処分する……これは多分狂犬の方が処分されるな」
 今は再び袋の中に押し込んだが、狂犬を解き放った所で彼女の力が無くなった訳では無いので、十中八九立場が逆転する。狂犬は休日に入った際にリアの殺しあそび相手となるので、彼女がある程度成長するまでは保護の価値がある。捨てる訳にはいかない。
「パパが動揺してる所、私初めて見た気がするわ」
「私もです」
「ああ、そりゃ動揺するよ俺だって。こんな事態に直面した事が無いんだから……うむ。やはりアイツの提案に賛同した方が一番利益が……」
 損得だけを考慮すれば、『吸血姫』の提案に乗った方がいい。殺しを見せればもしかしたら彼女も本来の性格を取り戻すかもしれないし、取り戻さなかったとしても二人の技術を見る事になるのだから、そこそこの強さを持つようになる。提案された瞬間は保留としたが、よく考えてみても名案が思い浮かばないので、即決しても良かった。というか即決した方が余計な恐怖を味わわず済んだのでその方が良かった
「パパ。こんな状態の『赤ずきん』を学校に行かせちゃっていいの? 他の人がこんな恐怖を耐えられる何て思えないんだけど」
「それは俺も考えたがな。学校とは毎日行く事に意味がある故に、この程度の事で休む訳にはいかない。明日も学校には行かせるが……シルビア」
「は、はい」
「明日、『赤ずきん』をこんな風にしやがった校長に文句を言いつつ、どうするべきか相談しに行け。きっと名案を出してくれる事だろう」
 今度こそ話は終わったので、『闇衲』は立ち上がって部屋を出たが、そこで何者かが袖を掴んだ。シルビアがそんな事をするとは思えないので、二人の内のどちらかだ。
 答え合わせをするように振り返ると、『赤ずきん』だった。
「……そろそろ夜食の時間だから俺は行く。離せ」
「だったら私も一緒に行く!」
「別に付いてくるなとは言っていない、飯を食べる権利は誰にでもあるからな。付いてきたきゃ付いて来い。何処に座ったって俺に何をしたって文句は言わんさ。只、袖は離せ」
 いざという時に手が動かせなかったら非常に困る。それに、そうやって袖を掴まれると、何でか……何でか…………




―――分かった。じゃあ離れない様に掴んでおくね!




「……お前達も来るか?」
 リア達に目線を向けると、二人は当然の如く『闇衲』を追うように部屋を出た。が、階段を降りる所で『闇衲』が止まったので、彼の背中にぶつかってしまう。
「何何ッ? 急に止まらないでよ―――って」
 『闇衲』の背中からひょいと身を乗り出したリアも、彼の視界に入った光景を知るや、同じように言葉を失ってしまった。位置の関係で最初から彼と同時にその光景を見たシルビアに至っては、初めから言葉を失っていた。
「初めまして。私はAクラスの担任のノーヴィアです。貴方がナナシちゃんの父親でいらっしゃいますか?」
 自分達を待ち受けていたように立っていたのは、妖しげな笑みを浮かべた教師/『吸血姫』だった。年齢の差が無くなった所で勝てないであろう肢体の凹凸とその微笑みに見える八重歯は、実際に教師である以上こんな表現は不適切だが、教師らしくなかった。Aクラスの男子はこの体を見る度にどんな思いを抱いているのだろうか。幸いにもリアとシルビアと『赤ずきん』は女性、唯一の男性である『闇衲』も『不能』なので、この場は何も起こらない。
「違いますよ。この人は私のお兄ちゃんで、私は―――」
「お前は黙ってろ……で、何の用だ? 学校も終わって既に日も落ちてる。こんな時間に出歩いて『吸血姫』に襲われたって知らないぞ」
 その本人に警告をする勇気は、最近になって出来た唯一の楽しみを彼女達に悟られない為にも必要だった。彼女が空気の全く読めない存在であったのならこの際に発揮した勇気も全く無駄なモノとなったが、仮にも教師であるノーヴィアはそれを杞憂にした。
「はい。私は学校長であるフィー先生の代理として、謝罪をしに参りました。大切なお子様を穢してしまい、真に申し訳ございませんでした」
 宿屋の一階は食事場所でもあるので、人が居ない道理は無い。その発言は真意の説明も無い内に独り歩きして周囲をざわつかせる要因となったが、『闇衲』は気にも留めず話を続ける。
「普通は本人が謝罪に来るモンだと思うけどな、その辺りの事情はどうなっているんだ」
「……はい。本人は全く反省していない処か、むしろ良い事をしたと思っているようなので、今後も謝罪に来る事は無いかと」
 一見して愚かな対応だと思われるが、自分達の立場を考慮すればフィーの思うように、彼は何も悪い事をしていない。『闇衲』が買った道具の価値を全く別の方向に尖らせてしまったのだ。それはこちらからすれば都合が悪いが、『闇衲』は殺人鬼である。
 殺人鬼である自分にとって都合が悪いとは、即ち善人にとっては都合が良いという事であり、それは社会的には善行である。分かりやすく言えば、危険な思想を持っていた人物を一人更生させたようなモノだ、だから彼が全く悪びれないのも当然の理。むしろどうして罪悪感に苛まれなくてはならないのかが分からないくらいだ。
 そういう事なので、表面上は善人を装っているこちらとしても、怒る訳にはいかなかった。
「ふむ……そうか。まあ気にしないでくれ」
「え? パパ許しちゃうのッ―――ぎゃあッ!」
 リアが驚いたようにこちらを向いたが、身を乗り出していた為バランスを崩してノーヴィアの足元まで転げ落ちていった。馬鹿だ。
「リア!」
「こいつの教育には手を焼いていた所なんだ、むしろ学校長のお蔭でずっと教育しやすくなったから感謝してる。アンタも謝罪に来る必要なんか無かったんだぞ」
 シルビアに抱き起されて、リアは苦痛に顔を歪めつつも立ち上がった。怪我は無い様なので、視界から外す。
「そ、そうだったんですか……寛大な対応に感謝いたします。それでは私はこれで―――」
「待て。女性が夜中に一人で帰るのは危ない。俺が途中まで送っていこう。お前等、席を取っとけ。あか……セルクが暴れるようなら抑えろ。分かったな」
 ノーヴィアの手を取り、『闇衲』は暗闇に染まる世界へ飛び出した。


 


















 誰かの目がある所で自分へ会いに来るとは大胆な事をする。フィーの代理で謝罪に来たと言うのも半分は嘘だろう。
「真の用事を教えてもらおうか」
「大した用事じゃ無いわよ。只、昨日の返事を聞かせてもらおうかなって♪」
「ああ。その事か。うむ、色々考えてみたんだがな、それに乗った方がどうやら一番利益になるらしい。だから返事は『肯定』とさせていただく」
「本当ッ? えへへ、嬉しいな♪」
 月光に照らされた彼女の笑顔は夜なのにとても眩しい。リアやシルビアの笑顔と何が違うのかと言われると説明出来ないが、今回の彼女の笑顔だけは直視出来なかった。『闇衲』は自らの心内によく似た闇に眼を逸らした。
「『闇衲』ってさ、本当は凄く優しいよね♪」
「……優しい? 俺が?」
「うん。だって今は誰も見てないから続ける必要は無いのに、手繫いでる♪」
「敵対する理由が無いだけだ」
「それでも、優しい♪」
「……………………………………………………そうか」


 











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