ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

合理的に ~生徒編

 詠唱も陣形作成も使用しない。それが魔術と呼べるのかと言われれば、『赤ずきん』は首を振るだろう。魔術というのはちゃんと基礎を理解した上で魔法陣を描き、それでいてきちんと詠唱も覚えなければならない。それくらい面倒なモノである事が通常であり、その認識は同時に、自分が如何に異常であるかを理解している事の裏返しでもあった。だのに目の前の男は、その常識を全てひっくり返すが如く、いとも簡単に別世界へと移動してしまった。別世界と言っても結界なのだろうが、そうだったとしても異常性に違いはない。転移魔術は高等技術なのだ。指を鳴らした程度でそれをやるなんて……いいや。違う。この男は―――
「気分は悪くなりませんでしたか? なら良いのですが」
「……別に指を鳴らさなくても行けましたよね? 何のつもりですか」
 フィーは教師らしさを見せる気も無いようで、両ポケットに手を突っ込む。自分達の居る場所は別世界とはいえ、見学している生徒からは見えるような状態となっている。その為、彼が両ポケットに手を突っ込んでいる光景は、他の生徒もしっかりと認識していた。その一方で声だけは届いていないらしく、『赤ずきん』の挑発には只の一人も反応しなかった。
「あらら、バレてしまいましたか。流石はAクラス所属と言った所ですね。他の皆さんには内緒にしてくださいよ。何の動作も無しに魔術が使えるって分かったら、皆さんはその技術を聞きたがるでしょうから……ああ、そしてこの慣れない敬語もやめましょうかね」
「魔導学が発展するのは、世界的にも良い事では無いんですか?」
「他を抜き去って発展した文明は潰れるモノだ。しかもそれがたった一人の人間によって引き起こされたってんなら、ちょっと面倒な事になるんだよ。出る杭は打たれるってコトワザも何処かの国にあるくらいだからな」
「聞いた事ありませんね。貴方は別の大陸の出身何ですか?」
「厳密には違う。けど説明が面倒だからそういう事にしておいてくれ。さ、先手は譲ってやるからお前の魔術を見せてみろよ。『人工アーディオナル・マキナ』」
 その一言が、『赤ずきん』の感情に火を付けた。どうして彼がそんな事を知っているのかとか、そんな名前をどうしてこのタイミングで引き出したとか、そういう細かい事が全てどうでも良くなってしまうくらいには、彼女の感情は激しく燃え滾っていた。色々と聞きたい事があったのは確かだが、もういい。『赤ずきん』がその場で足踏みをすると、その直後。彼女を中心に五重の魔法陣が展開された。
 魔術を使用するにおいて必要な要素は魔力、詠唱、魔法陣。魔力も詠唱もモノは必要としないからさておき、魔法陣だけはどうしてもモノを使って書かなければならない。その手間がある故に、魔術は実践向きではないのだが、その問題を解決したのが『赤ずきん』の『五重魔法陣』である。
 一つ目の魔法陣はその線上に魔力の筆を作り出し、魔法陣を作成。完成された魔法陣は外側に移動するので邪魔にはならない。因みにそれによって作られた魔法陣は三つ目以降である。
 二つ目は陣というよりかは三つ目以降の魔術が事故無く機能するように作られた魔力貯蔵庫のような役割を担っており、この陣があるお蔭で魔力切れをする事も無く魔術を連発する事が出来る。欠点としてこの陣そのものを作るのに時間はかかるが、維持費がかかる訳でも無いので以降は足元にでも隠していればいい。そうすればいざ戦う時になった場合、相手に隙を見せない。Aクラスのリーダー格に絡まれた際に容易く対応できたのは、これが足元に広がっていたからである。
「ふむ。面白い事をしてくるじゃないか。確かにその方法を使えば、一々魔法陣を書かなくても済む。六年生の一部も良くやってるけど、五重を見る事になったのはお前で九人目だ」
「……私を、一般人と同等だと甘く見ない方が良いですよ」
 そう言い終わると同時に外側の魔法陣が発光。『赤ずきん』の周りに幾重もの雷が形成されると、彼女の手ぶりと共にそれはフィーへ飛来。彼に一発も当たる事無く虚空に突き刺さる。その光景は見物人からすれば『外れた』ように見えただろうが、こちらとしては別に当てるつもりは無かった。より正確に言えば、魅せるつもりも無い。
「連結」
 虚空に突き刺さった雷が共鳴するかのように互いを互いで繫ぎつつ『赤ずきん』の手へと収束。これによってフィーは全方向を雷で囲まれた事になるが、彼は興味深そうにそれを眺めるだけで対処の様子を見せない。やがて全ての雷を持つ『赤ずきん』が手を離すと、伸びきっていた雷は収縮。雷の網全体がその力によって大きく撓むと同時に爆発した。
 その時の力は上空に逃げたが、弾かれた雷は『赤ずきん』を避けつつ全方向に乱反射。回避しようのない弾幕が世界に散らばった。『水』の適性を持つ彼女がどうして『雷』を使えたのか。それは次の瞬間に全員が理解する事となる。
「天穹」
 二人の上空に浮かんでいた宙が、その言葉に応じるように曇天模様へ変化。時を待たず雨を降らせて周囲の地面を濡らしていく。この間も先程の雷は反射しているが、雨粒に触れるや分裂して更にその数を増やしている。当たり前だが、曇り空は雨だけでなく落雷もするので、避けられる道理は更に無くなった。
 容赦はしない。相手の動きを潰して確実に殺す。
「溶化」
 雨に濡れた個所は『赤ずきん』の能力適用範囲だ。一言呟けばどんな物質であれその命令に従わなければならない。雷が爆発した時点でフィーの姿は見えなくなってしまったが、念には念を入れなければ油断となる。
 足元の地面が言葉通り溶解、今回に限り『赤ずきん』の足をも巻き込んで、その動きを完璧に止める。もしもフィーが動いて避けているのなら、この攻撃で完璧に動きが止まった事だろう。全方向を見回しても相変わらず何処に居るか分からないが、何にしても次で終わりだ。
「浄乾」
 地面に蓄えられた大量の水と天より降り注ぐ雨は、明らかに不自然なタイミングで完全静止。その刹那―――水蒸気となって程なく消滅した。地面に至っては全ての水が瞬く間に消え去ってしまったせいで、今度は砂漠にでもあるかの様に乾いている。












「やれやれ。手加減も何もあったもんじゃないな」

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