ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

血気盛んな子供

 ギリーク・ブライドスの行いはどんなに言い訳した所で正しいモノとは言い難かった。それは一般的に考えれば犯罪行為であり、特にこの学校の生徒としての自覚を持っているのなら、絶対にやってはいけないと言えるような行為だった。この事に例外があるのなら、それは対象者が危険人物であった場合。その場合、『覗き』は『監視』という大義面分を得る事が出来るので、当然ながら誰にも責められる事は無い。
「なあ、フィー先生。一つ質問がある。あのリアとかいう奴は何なんだ?」
「何なんだとは突然な話ですね。食堂での一件をまだ引きずってるんですか?」
 相変わらずこの男は心の奥底を見せようともせず、余裕ぶった表情で応対している。こんな自分でも生徒の一人として認めてくれた事は嬉しいが、こういう所だけは殺したい程に気に入らない。
「そうじゃねえよ。あの女、俺を見てちっともビビらなかったんだ」
「そういう人間も居るでしょうね。実際、私がそうなのですから」
「しかもあの女の父親、手に血が付いてたんだよ」
「冒険者が居るくらいですから、血が付いてる程度であればそういう事も有るでしょう」
 機械的に、無機質に。フィーはその質問をされる事が分かっていたかのように返してくる。こちらを只の生徒と舐め腐っての行動か、はたまた自分の担任だからこその余裕か。
―――χクラス在籍ってのも考え物だな。
 他の生徒と違ってフィーと関わる機会が多くなる分、このように舐めた態度を取られる事になるのはされる側にとっては不愉快でしかない。ギリークは圧力を掛けるように、彼の机を叩いた。
「何か知ってんだろ! 教えろよ、いつもみたいにさあ!」
 χクラスに在籍している者には、それなりの恩恵がある。具体的には生徒の個人情報だったり、ソイツから好かれる/嫌われる為にはどうすればいいかの指南だったり、或いは学校で教わる範囲にない魔術の習得だったり。その恩恵を最大限活かして、ギリークはこれまで誰とも関わらない様に生きてきたのだが、今回に限ってフィーは一向に口を割ろうとしなかった。
「……確かに、私はχクラスの子をそれなりに優遇しています。しかしながらギリーク、同じクラスに籍を置いているのなら、その待遇も同等。教えられる情報が無いのは当然の事と思いますが」
「同じクラスだと……? おい、まさかアイツって」
 フィーは小さな欠伸を挟んでから、頷く。
「ええ。彼女も貴方と同じχクラスの在籍者という事です。なので教えられる事は何もありません」
「な、何でッ? あんな平凡そうな奴がこんなクラスに!」
「平凡かどうかを図れる実力が貴方にあるとでも? 仮にそれ程の実力があるならば貴方はこんな事にならなかった筈ですが。ねえ『死刑囚』ギリーク君?」
 こちらの意見を押し潰すような口調と共に、フィーはこちらを強く睨みつけた。おちゃらけた雰囲気から脈絡なく切り替わった時こそ彼の真意。それなりに付き合ってきて、自分もようやく彼の性格を掴めてきた気がする。
 返す言葉も無くて固まっていると、フィーは改めて会話を繋げてくる。
「ま……仲良くしろとは言いませんよ。貴方の寿命は学校を卒業するまでですからね。それまでをどう楽しむかは本人の勝手、そればかりは私も口出しのしようがありませんからね」
 それがたとえ、あらゆるモノを一瞬で奪われた死刑囚だったとしても変わらない。八つ当たり気味に殺人を続ける少女だったとしても変わらない。自分が校長を務める学校は、その程度の事で揺らぐような安い校風は持ち合わせていない。
「……どう言ったって、情報を渡す気は無いんだな?」
「私に傷一つでも付けられたのなら、吝か―――」
 刹那、ギリークが放った『光』が文字通り光速を以てフィーへと襲い掛かった。不意も突けた上に最大威力だ、まともに防御できるような代物じゃない。魔術で防御しようとすればその魔力もろとも顔を焦がす。かと言って避けるのは無理だ。光速に対して人間が反応できる道理は無い。
 それは間違いなかったのだが、実際には『光』が目の前のフィーを貫いた時には、ギリークは既に背後を取られて抑え込まれており、案の定フィーには僅かばかりの傷も見当たらなかった。
「会話の途中で攻撃とは感心しないなギリーク。それに幾ら光速と言ったって使い手が人間では、発動に要する時間すらも光速にする事は出来ない。その辺りを分かっていて撃ったんだろうな」
「……口調、戻ってるぞ」
「―――おっと失礼。命を懸けた戦いとなるとどうも熱くなってしまってね」
 程なくしてフィーは抑え込みを解除して、乾いた笑い声を上げながら再び自分の席へと戻っていった。その時の背中は見るからに油断を漂わせていたが、仮にそこで攻撃した所で先程の結果を繰り返すだけだ。これ以上惨めな気持ちになりたくないので、彼に傷を付ける事は一旦諦めるとしよう。その方が時間を有効に使える筈だ。
「さ、まだまだ私の足元にも及ばない未熟な囚人学生君。今日の所は大人しくしておく事だね。どうやら私には、この後も客人があるようだから」
「……客人? そんな予定があるって話は聞いてないんだが」
「未来予知って奴です。ちょっと面倒な事になりそうだから、出来れば関わらないで欲しいですね。どうかいつも通り授業を受けていてください、そして彼女は単純に貴方と話したいだけなので、出来る事なら鬱陶しがるのもやめてあげて下さい。貴方がどんな状態にあっても決して差別しない人間は、中々居ないんですから」
 これ以上居座った所で彼が口を割らない事は良く分かっているので、ギリークは大人しく校長室を後にする……訳も無く、退出際に『光』を撃ち込んでみたがやはり防がれてしまった。聞こえるように舌打ちをすると、彼は嫌味ったらしい笑みを浮かべながらこちらに手を振った。
 ウザいので今度こそ本当に退出。僅か数秒の戦闘に生じた緊張を下ろして一息吐くと、突然左側から声が聞こえてきた。
「一つお聞きしたいのだけれど、フィー先生はこの部屋にいるかしら」
 そんな事を聞いてきたのは綺麗な金髪が特徴的な少女、心なしか目の光が消え失せているようにも見えるが、むしろそれは彼女の魅力を引き立てていると言えるのかもしれない。恋愛について自覚の浅い自分でさえも、その魅力には時間にして一秒程度。僅かに見惚れてしまった。
「居るが、それがどうしたんだ」
「誰かに言う程の大した用事は無いわ。それじゃあ、失礼」
 少女は世間話を広げる事も無く、あっさりと自分の横を通過して校長室へと入っていった。中に居る彼からすれば、入れ替わりで入ってきたように見えるだろう。ギリークは暫くの間壁越しに少女を見つめていたが、やがて興味を失ったように歩き出した―――






「フィー先生ッ! 私と勝負しませんか?」






 その場を離れようとした足が、化石したように動かなくなった。



















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