ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

濡れた人身に何を思う

 リア達と別の生活サイクルを作って好き放題殺しまくるのは良かったが、昨夜はちょっと調子に乗り過ぎた。一応許可を取ってからやったとはいえ、胸を揉むのはどうかと思う。前もって補足しておくが、反省している訳では無い。あれはあの貴族を痛めつける為のパフォーマンスの一環だ、こちらとしては彼女の胸を触ろうが触るまいが抱く感想は無い。ではどうして少しばかり焦っているのかと言うと、全力で揉みしだいたお蔭で彼女が体に振りかけている香水の匂いが少し残ってしまったのだ。気づいたのは宿屋に戻ってから。血で上塗りしようにも、適当な存在が見つからない。そのせいで狂犬は暴れかけるし、その音でリア達を起こしかけるし、散々である。
 ……俺らしくも無かったな。
 あの媚薬を飲んだ事で気分が向上してしまっていたのかもしれない。いやはや、全く恐ろしい媚薬だ。ここまで自分を活動的にするとは恐れ入った。次からは決して飲まない様にしようか。飲んだら碌な事にならない。
 せっかく一人きりの楽しい時間が作れたのに、あのクソガキ共に邪魔される訳にはいかないのだ。子供は子供らしく、学校にでも行っておけばいい。行った事が無いので分からないが、きっとそれなりに楽しいのだろう。
 それでも自分の味わった快楽と比較すれば、どちらが上なのかは言うまでも無いだろうが。
















 朝になって、『闇衲』はリア達と朝食を摂る為に下へ降りた(狂犬はトストリスから持ってきた食糧を食い漁っているのだろう)。彼女達に気付かれない様にそれとなく両手の臭いを嗅いでみると……香水の匂いが消えている。何で消えたかはこの際どうでもいい。お蔭でリア達に自分が何をしているのかを悟られる要素が消え失せた。ひょっとしたらこちらのご機嫌ぶりを不審に思われるかもしれないが……適当に褒めちぎっておけば何とかなるだろう。
「パパ、食べないの?」
 食欲は……あまり無かった。広場に晒しあげたあの死体以外にも、あの後『闇衲』達はもう一人殺した。死体が見つからないのは、血液以外の部位が『闇衲』、血液が『吸血姫』の腹の中に収まってしまったからだ。自分は特段人肉や人骨が好きという訳では無かったが、何を思ったのか『吸血姫』が調理してくれたので、食べ残すと言う選択肢が無くなっただけの事。お蔭で朝食を見ても腹がそれ程減らない。
「ああ……欲しいなら食うか?」
「食べるー! パパにも食欲不振があるなんて初めて知ったわ!」
 リアは嬉しそうに身を乗り出して、素早い動作で牛肉を掻っ攫った。たかだか肉っ切れ一つであそこまで喜んでくれると何だかこちらも嬉しくなってしまうが、それよりも『闇衲』には気になる事があった。主にリアの左右……『赤ずきん』とシルビアについて。
「お前達、特に『赤ずきん』だが、何だその湿気た顔。何か心配事でもあるのか?」
 シルビアだけは何となく察している。彼女の顔と、そして性格の事だから、どうせ狭い集団の中でリーダーとなって優越感に浸っているようなクソガキに絡まれたのだろう。そんな感じの表情をしているので間違いない。一方で分からないのが『赤ずきん』だ。リアの奇行にも冷静に対応する辺り、厄介な問題に巻き込まれてはいないと思うのだが……逆だったりするのだろうか。
「な、何もありませんよ……何も。無いです。凄く楽しいですよ」
 たった一日でここまで気分が落ち込むとは。今まで自分達の殺しに付き合ってきた少女の精神とは思えない。このまま落ち込まれて後ろ向きで卑屈な少女になられると価値が著しく下がる処の話では無くなるので、彼女が立ち直るまで適当にケアしてやるとしようか。
 『赤ずきん』の方に視線を向けると、彼女は大変詰まらなそうな表情を向けた。肉を頬張っている顔と合わさると中々可愛らしい表情が出来上がるが、そこから滲む殺気が不釣り合いにも程がある。
「心配事何か無いんですよ『狼』さん。無いんですよ」
「二度言わなくても分かるんだが。無いならそれで話は終わりだしな」
「違いますよ、無いんですよ! 何も無いのが困るんですよ!」
「……え?」
 もしかしなくてもこれは自分の予想が当たった形となってしまった。彼女は何かを危惧して表情を沈めていたのではない、何もない事を憂いていただけなのだ。単刀直入に言うと、彼女だけは面倒事に巻き込まれたがっている。
「ああ、もっとシルビアの様に私を虐めようとしてくるような愚か者が要ればいいのに、どうして皆、私の事を恐れるのでしょうか、どうしてなんでしょうか『狼』さん!」
「俺に聞くな。知った事じゃないしな。お前一体何したんだよ」
「大した事はしていませんよ―――? ただ単純に、告白してきた男と、奴隷になる様に命じてきた男……名前は忘れましたが、それらを拒否したら突然魔術を撃ってきたんですよ。で、それの密度を三倍増しで返したら気絶しちゃって。それ以降いきなり孤立ですから、本当につまらないです。こんな事ならリア達と一緒のクラスに居た方がまだ面白かった気がしますね」
 そりゃ孤立するだろうと敢えて常識的な発言をさせてもらおう。話しを聞く限りなので確かな事は言えないが、そいつらは恐らくクラスを支配しているリーダーだ。外面はクラスメイトだが、その実態はしょうもない上下関係が存在している何て事は何処にでもある事だが、『赤ずきん』という異端分子がそのシステムを完璧に破壊してしまった事で、クラスの体裁が崩壊。彼女を異常な存在としてクラスメイトが見るのは当然の事である。きっとクラスメイトから見た『赤ずきん』の評価は、美人だけど狂人だとか、その辺りだろう。
「……お前、面倒を好むのか」
「私達からすれば初めての実践授業が今日ありますが、正直あまり期待はしていません。魂と魂を削るような、そんな授業は無いのでしょうか」
 自分が先生を務める事が無い限りは、そんな授業が来る事は生涯無いと思って良いだろう。というかそもそも、『天運』を一人で殺してしまった彼女とまともに戦えるような人物があの学校に居るとは……思えなくも無いか。
「『赤ずきん』。一つ面白い提案があるんだが、もし通ったら俺を呼んで欲しい」
「はいッ、何でしょう! 『狼』さんの提案ですから、きっと物凄く面白いのでしょうね!」
「じゃあフィー校長に戦い申し込め。もしもその気になってくれたら……アイツ、相当強いと思うぞ」


































 丸一日様子を見てみたが、あの様子では暫くの間は何もしないだろう。であればそろそろ自分も動かなければ。半分勢いで言ってしまったが、彼女は自分のクラス―――χクラスの教え子なのだから。
「……しかし、やれやれ」
 いつ来ても良い様に準備だけはしておこうか。クラスと言いつつも不定期にしかクラスメイトを集めない事で知られる自分のクラスを、こんなタイミングで復活させる事になるなんて。後二か月は怠けていられるかと思ったのに、そういう訳にも行かなくなってしまったのは果たして誰のせいなのか。
「楽しんでくれるのは勝手だけど、死体晒してこっちの仕事を増やすのだけはやめてくれよな『  ・    』。文句言われんのは、全部俺なんだからさ―――」
 そんな独り言を呟いていると、廊下より近づいてくる足音に気付く。その速度からして只事ではない事を悟ったので、神妙な面持ちを形成して、訪問者を迎え撃った。
「ああ、貴方ですか。まだ授業が始まってすらいませんが、何か御用ですか?」



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