ダークフォビア ~世界終焉奇譚
互い違いもそれは個性
背後から気配を隠す気の無い少年が付いてくるが、リアのストーカーだろうか。彼女の方に視線を向けるが、あまりにも小物過ぎるせいか気にした様子を見せないので、こちらも努めて気にしないようにする。
それにしても無防備すぎて、時々殺してしまいたいと思っているが。
「そう言えば『赤ずきん』はどうしたんだ? クラスは一緒じゃないのか」
「『赤ずきん』はAクラスです。私達はBなので、基本的に会う事も無いと言うか」
シルビア達が知る由は無いが、その判断は至って当然の事であり、本来であればAクラスなる括りにすら収まるモノじゃない。シュタイン・クロイツの『天運』をたった一人で殺害した事からも分かる通り、彼女の身体は明らかに規格外を内包している。そんな人物が所詮は美人でしかないリア達と同じ筈が無いのだ。
むしろ驚くべきは、この二人にBに行ける程の才能があった事である。
「あれ、何でシルビアったら『赤ずきん』の事知ってるの? 私、今日一日はアイツに会った事が無いんだけど」
「リアが問題ばかり起こすからでしょッ。食堂にフィー先生呼んだのも『赤ずきん』何だからね?」
普段は弱気なシルビアが、この時ばかりは強気にもリアの服を掴み、強い調子で注意するように言った。リアは冗談っぽく両手を挙げて二やついているが、外部の存在である自分には何が何だかさっぱりである。
「……すまん。早速置いてけぼりを喰らっている」
「リアが人殺しって呼ばれてる子に近づいて、挑発したんですよッ。『赤ずきん』がそれを察してくれてフィー先生を呼んだから何も起こらなかったけど、一歩間違えたら大変な事になってたからねッ」
「別に大丈夫よ。あの子人殺した事なんて無いと思うし。それに並の人殺しに負ける程私もモーロクしてないから! パパに教育受けてるから当然だけどね」
モーロク……耄碌か。何やら意味が違うし、リアには暫く縁の無い言葉だが、いちいち指摘するのも面倒なのでそういう事にしておこうか。
「その通りだ。俺は只殺すだけの素人に負けるような教育は施さない。何故なら俺が負けないからだ」
「騎士には?」
「真正面からなら負ける」
何とも情けない話だが、殺人鬼が正面戦闘に強い筈が無いだろう。『殱光』と戦えたのは『 』を買い戻したお蔭と、後は―――正直分からない。不意打ち気味に攻撃を仕掛け続けた上に彼のインチキを見破れたからだろうか。二回目については自分よりもリアの貢献の方が多い気がする。それに一度目だってミコトの介入が無ければ死んでいたし、二回目はシルビアに痛みを引き受けてもらわなければ動けなかった。あれに関しては殆ど勝利していないと言っても過言では無いだろう。
「……もう離れてしまったから戻るつもりは無いが、アイツも待ってやれば良かったな」
「あ、それも大丈夫だと思います。Aクラス、ちょっといざこざが起きたみたいで。待つにしても一時間は待つと思うので」
何故だか随分とAクラスの事情に詳しいシルビアに、終いにはリアが声を荒げて彼女に詰め寄った。
「シルビアってば、どうしてそんなに知ってるの? 何だか私よりも知ってない?」
「……だって、昼食。『赤ずきん』と一緒だったし」
その表情を見て、『闇衲』は何となく気付いてしまった。シルビアは友達作りに失敗したのだ。言い方が悪くなりそうだったので言い換えるが、要は馴染めなかったのだ。リアのような底抜けに明るい訳でも無いから人は来ないし、変に美人なせいで敵も作りやすい。そして倫理的に弱点を持ってすらいないから誰かに弱みを握られる訳でも無いし、只々善良だから個性が無い。
だからこそ異端者には好かれやすいのかもしれないが、異端者は少数派故に異端者なので、中々出会えないのは当然である。
「…………シルビア。こんな事を言うのはお前に対する憐憫であると受け取ってくれて構わないが……頑張ったな。今日」
「は、はい。有難うございます」
きちんと御礼を言う辺りが彼女らしい。その笑顔の裏にあるのは、己の情けなさ故に生まれた寂しさか、それともこんな『殺人鬼』何かに労われた事で生まれた虚しさか。心中お察しするが、同情はしない。それは彼女に一番失礼な思いだろうから。
「―――そんなお前を労いたいなとも思ってな。今日一日、お前の命令を何でも聞いてやろう」
「ええッ! ちょっとパパ何言ってんのッ? 私は、私の言う事は?」
「お前は普段からそれなりに聞いてやってるだろうが。今はソイツ優先だ。道具の手入れをしなきゃ錆びるだろう。で、何かして欲しい事はあるか?」
もしもシルビアがこちらの行動に気が付いて、それに同行させてほしいと願ったのなら、流石に断ったかもしれないが、基本的に優良児である彼女がそんな事を言う訳が無く。口を吐いて出た願は、年相応の可愛らしいモノだった。
「じゃ、じゃあ…………膝枕、して欲しいです」
「……お安い御用だ」
一体背後の少年は何処まで付き纏ってくるのか。そんな事を気にしながら、『闇衲』達は宿屋へと足を踏み入れる。数人の冒険者とすれ違ったが、自分に関心を向けていない事から、まだまだ全然『行ける』事が分かった。三人は狂犬と共に『闇衲』の過ごす部屋へと移動して、中を見回した。狂犬には『誰にも見つかるな』という条件付きで外出を許可したので、今は居ない。
「ねえパ~パ~。私も膝枕! してッ!」
「今はシルビア優先だ」
ベッドの上に腰掛けると、直ぐにシルビアが飛び込んできて、『闇衲』の膝……というか腿に頭を乗せる。
「そのまま撫でて……くれると」
「はいはい。本当にお疲れさん。寂しい一日をよくぞ耐え抜いてくれた」
煩い外野を無視し続けていると、外野は終いには『闇衲』の背中から頭に上って、力の限り頭部を揺らしてきた。『ま~く~ら、ま~く~ら』という連呼を無視し続けていると、いっそ環境音の一種では無いかと錯覚してくる。
「……あの、一つ聞いても良いですか」
「何だ」
「どうして血塗れなんですか? 手」
果たしてその質問を正直に答えるべきかは悩んだが、せっかく見つけた楽しみを、幾らシルビアと言ったって奪われる訳にはいかない。頭の上で喚く煩い外野を投げ飛ばしてから、『闇衲』は過去の愉悦を思い出すような表情で『殺人鬼』として尤もらしい理由を言った。
「狂犬が暴れそうだったから抑えたらこうなっただけの事だ。そう気にするもんじゃない」
次からはちゃんとふき取っておくべきだろうか、『吸血姫』との共同作業はどうにも出血量が多いからこれでも頑張った方なのだが。
それにしても無防備すぎて、時々殺してしまいたいと思っているが。
「そう言えば『赤ずきん』はどうしたんだ? クラスは一緒じゃないのか」
「『赤ずきん』はAクラスです。私達はBなので、基本的に会う事も無いと言うか」
シルビア達が知る由は無いが、その判断は至って当然の事であり、本来であればAクラスなる括りにすら収まるモノじゃない。シュタイン・クロイツの『天運』をたった一人で殺害した事からも分かる通り、彼女の身体は明らかに規格外を内包している。そんな人物が所詮は美人でしかないリア達と同じ筈が無いのだ。
むしろ驚くべきは、この二人にBに行ける程の才能があった事である。
「あれ、何でシルビアったら『赤ずきん』の事知ってるの? 私、今日一日はアイツに会った事が無いんだけど」
「リアが問題ばかり起こすからでしょッ。食堂にフィー先生呼んだのも『赤ずきん』何だからね?」
普段は弱気なシルビアが、この時ばかりは強気にもリアの服を掴み、強い調子で注意するように言った。リアは冗談っぽく両手を挙げて二やついているが、外部の存在である自分には何が何だかさっぱりである。
「……すまん。早速置いてけぼりを喰らっている」
「リアが人殺しって呼ばれてる子に近づいて、挑発したんですよッ。『赤ずきん』がそれを察してくれてフィー先生を呼んだから何も起こらなかったけど、一歩間違えたら大変な事になってたからねッ」
「別に大丈夫よ。あの子人殺した事なんて無いと思うし。それに並の人殺しに負ける程私もモーロクしてないから! パパに教育受けてるから当然だけどね」
モーロク……耄碌か。何やら意味が違うし、リアには暫く縁の無い言葉だが、いちいち指摘するのも面倒なのでそういう事にしておこうか。
「その通りだ。俺は只殺すだけの素人に負けるような教育は施さない。何故なら俺が負けないからだ」
「騎士には?」
「真正面からなら負ける」
何とも情けない話だが、殺人鬼が正面戦闘に強い筈が無いだろう。『殱光』と戦えたのは『 』を買い戻したお蔭と、後は―――正直分からない。不意打ち気味に攻撃を仕掛け続けた上に彼のインチキを見破れたからだろうか。二回目については自分よりもリアの貢献の方が多い気がする。それに一度目だってミコトの介入が無ければ死んでいたし、二回目はシルビアに痛みを引き受けてもらわなければ動けなかった。あれに関しては殆ど勝利していないと言っても過言では無いだろう。
「……もう離れてしまったから戻るつもりは無いが、アイツも待ってやれば良かったな」
「あ、それも大丈夫だと思います。Aクラス、ちょっといざこざが起きたみたいで。待つにしても一時間は待つと思うので」
何故だか随分とAクラスの事情に詳しいシルビアに、終いにはリアが声を荒げて彼女に詰め寄った。
「シルビアってば、どうしてそんなに知ってるの? 何だか私よりも知ってない?」
「……だって、昼食。『赤ずきん』と一緒だったし」
その表情を見て、『闇衲』は何となく気付いてしまった。シルビアは友達作りに失敗したのだ。言い方が悪くなりそうだったので言い換えるが、要は馴染めなかったのだ。リアのような底抜けに明るい訳でも無いから人は来ないし、変に美人なせいで敵も作りやすい。そして倫理的に弱点を持ってすらいないから誰かに弱みを握られる訳でも無いし、只々善良だから個性が無い。
だからこそ異端者には好かれやすいのかもしれないが、異端者は少数派故に異端者なので、中々出会えないのは当然である。
「…………シルビア。こんな事を言うのはお前に対する憐憫であると受け取ってくれて構わないが……頑張ったな。今日」
「は、はい。有難うございます」
きちんと御礼を言う辺りが彼女らしい。その笑顔の裏にあるのは、己の情けなさ故に生まれた寂しさか、それともこんな『殺人鬼』何かに労われた事で生まれた虚しさか。心中お察しするが、同情はしない。それは彼女に一番失礼な思いだろうから。
「―――そんなお前を労いたいなとも思ってな。今日一日、お前の命令を何でも聞いてやろう」
「ええッ! ちょっとパパ何言ってんのッ? 私は、私の言う事は?」
「お前は普段からそれなりに聞いてやってるだろうが。今はソイツ優先だ。道具の手入れをしなきゃ錆びるだろう。で、何かして欲しい事はあるか?」
もしもシルビアがこちらの行動に気が付いて、それに同行させてほしいと願ったのなら、流石に断ったかもしれないが、基本的に優良児である彼女がそんな事を言う訳が無く。口を吐いて出た願は、年相応の可愛らしいモノだった。
「じゃ、じゃあ…………膝枕、して欲しいです」
「……お安い御用だ」
一体背後の少年は何処まで付き纏ってくるのか。そんな事を気にしながら、『闇衲』達は宿屋へと足を踏み入れる。数人の冒険者とすれ違ったが、自分に関心を向けていない事から、まだまだ全然『行ける』事が分かった。三人は狂犬と共に『闇衲』の過ごす部屋へと移動して、中を見回した。狂犬には『誰にも見つかるな』という条件付きで外出を許可したので、今は居ない。
「ねえパ~パ~。私も膝枕! してッ!」
「今はシルビア優先だ」
ベッドの上に腰掛けると、直ぐにシルビアが飛び込んできて、『闇衲』の膝……というか腿に頭を乗せる。
「そのまま撫でて……くれると」
「はいはい。本当にお疲れさん。寂しい一日をよくぞ耐え抜いてくれた」
煩い外野を無視し続けていると、外野は終いには『闇衲』の背中から頭に上って、力の限り頭部を揺らしてきた。『ま~く~ら、ま~く~ら』という連呼を無視し続けていると、いっそ環境音の一種では無いかと錯覚してくる。
「……あの、一つ聞いても良いですか」
「何だ」
「どうして血塗れなんですか? 手」
果たしてその質問を正直に答えるべきかは悩んだが、せっかく見つけた楽しみを、幾らシルビアと言ったって奪われる訳にはいかない。頭の上で喚く煩い外野を投げ飛ばしてから、『闇衲』は過去の愉悦を思い出すような表情で『殺人鬼』として尤もらしい理由を言った。
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