ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

吸血姫と聖女

 その蠱惑的な肢体は、果たして教職者の所有していい体なのか疑問である。トストリス大帝国の男を見る限りでは、彼女のような存在は襲われずとも、真っ先に男子達の劣情を向けられている事だろう。自分は良く分からないが、男は劣情を向ける女を妄想で犯し倒して、性的興奮を得るらしい。子供教会の騎士がそう言っていたので、まず間違いない。
「駄目でしょ、新入生を虐めちゃ。もう現場は見ちゃったから、もしもこの子が退学しちゃったら―――相応の覚悟はしてよね♪」
「の、ノーヴィア先生! でもこいつが私の連れを―――」
「そんなウソはやめなさい♪ 最初から最後までぜーんぶ見てましたから。もしもこれ以上危うい嘘を重ねるようなら、私からフィー先生に報告させてもらいますけどッ」
「え、ちょっとそれは―――っち、行くわよ!」
 女生徒達は恨みの籠もった視線を向けてから、こちらを振り返る事無く去っていった。奇跡的にも、どうやら助かったらしい。自分から容姿を取ったら何も残らないので、価値が著しく下がる事だけは免れた様だ。
「貴方、良かったわね♪ いい友達を持って。今日は更衣室を使う予定なんか無かったから、教えてもらわなかったら間に合わなかったわよ?」
「友達……?」
「『赤ずきん』って子が教えてくれたの♪ 『Bクラスのシルヴァリアって子が危ないから、助けに行ってください』って。私、他のクラスの子の名前何て知らなかったけど、何やら更衣室から殺気が漏れてたから、直ぐに分かっちゃった。確認のために聞いておくけど、怪我はないよね?」
「は、はい」
「そ。良かった♪」
 彼女から放たれる笑顔は、道行く男達を悩殺してしまいかねない程美しかった。自分にそっちの気があるとは欠片も思っていないが、その笑顔を向けられていると、何故だか赤面してしまった。こんな美人が学校を歩いていて大丈夫なのだろうか、男子生徒達に付き纏われても不思議は無いと思うのだが。現状のリアみたいに。
 それにしても『赤ずきん』が自分を助けてくれるとは思わなかった。これは彼女にも気に入られたと考えても良いのだろうか、嬉しいような、嬉しくないような。複雑な気分だ。
「早く戻った方が良いんじゃないかしら。そろそろ休み時間終わっちゃうわよ」
 今回の事を口止めするように、女性はシルビアの口元に指を当ててから更衣室を出て行った。その何処とない頽廃的な雰囲気には妙な既視感があって、程なくして思い出す。
 彼女の雰囲気は、『闇衲』が刃物を持っている時のそれとよく似ていた。








 二時間目以降も、先程の女生徒達とは顔を合わせる事になったが、先程の女性からの警告が効いているようで、こちらを睨む事はしても手を出してくる事はなかった。そんな状況になればこちらのモノ。シルビアは努めて授業に集中し、彼女達の向けるあらゆる感情を意識の外へ出した。子供教会で見たこの世の地獄みたいな風景から目を背けたくて習得した技術だが、本日二度目の使用は学校である。『闇衲』達との生活は……自分でも首を傾げたくなってしまうが、この技術を使用する時は無かった。嫌な光景は何度も見たが、それでも目を背ける訳にはいかないと言うか、道具となり果てた自分はしっかりとこの目で見届けなければならないというか。
 『闇衲』が守ってくれている安心感からか、この技術を使う事は無かった。でも今は違う。学校に入ったのは自分の意思であり、この場所に彼の加護は無い。心地の良い場所は自らの手で作り上げなければ、この学校は地獄と化すだろう。先程の様に何度も何度も助けが入る訳が無いし、今度からはしっかりと自分で身を守っていかなければ。
「はい、先生! その魔術は―――!」
 リアは随分と楽しそうだ。彼女の底抜けに明るい性格が、自分のようなイジメを遠ざけているのだろう。尤も、それは『闇衲』との殺人生活で培われた偽りの明るさであり、その本性は全く正反対のモノなのだが。
「……トックスッ! いつまでシルビアの方を見ているのですか! 授業に集中しなさいッ」
 ライデンベルに指摘された瞬間、自分の横に居る男子―――トックスが、顔を真っ赤にして両手を振った。理由は分からないが、何故か自分に。それに伴うように教室中にはドッと笑いが巻き起こり、クラス全体が穏やかな雰囲気に包まれた。そしてそれは、『闇衲』達と過ごしていただけでは、きっと味わえなかったこの平和。
 リアも自分も、そして『赤ずきん』も、この学校では一人の生徒であり一般人である。過去に何があろうとここでは気にする必要も無く、何かしらの警戒を抱く必要もない。最初こそ急に絡まれて不安になったモノだが、これだ。これがシルビアの求めていたモノなのだ。
―――本当に、感謝しています。殺人鬼さん。
 この温かさを知れて本当に良かった。心の中で涙ぐんでから、シルビアは一人微笑んだ。授業終了の鐘が鳴って昼休みの時間を迎えたのは、それから五分後の事だった。






















「なあリア、一緒に食堂に行かないか? 俺すっごく面白い話があるんだけど」
「ねえねえ。女子しか食べられない裏メニューがあるんだけど、一緒に食べない?」
 学校に居る以上、知り合いでない人ともきっちり絡まなくてはならない。シルビアとは学校が終わってからでも絡めるし、少し心配ではあるものの、自分もまた学生として交友関係を広めておかなければ。『闇衲』だってミコトや人間馬車という奇妙な存在と友人だったし、ならば自分も自分だけが繋がっている友人というモノを作らなくては。
「へえ、何それッ。私すっごい気になる! 行くよ行く、勿論行くわよッ!」
 面白い話何てモノにそれ程の興味は無いが、裏メニューというモノにはかなり興味があった。しかし男子の面子というモノを考えて言葉を誤魔化した結果、自分に話しかけてくれた男子も、大層ご機嫌になってくれた。
「それじゃ、行こうぜ/行きましょうよ!」
「うんッ」
 もしかしたら誰かと交流している『赤ずきん』が見られるかもしれない。教室に残っているシルビアを一瞥してから、リアは数人のクラスメイトと共に教室を出た。廊下では幾人もの人間とすれ違って、中には自分達を学校へ案内してくれたあの先生も居た。何やら急ぎの用事があるのか、声は互いに掛けなかった。
「着いたわよ! ここが食堂。一年生から六年生まで幅広く集まる、まあ一種の交流場所ね。上級生とも仲の良い人って一人くらいは居るけど、そういう人はここで上級生と交流を図っているの」
「へえ~……あ、じゃああれは?」
 リアの視線の先に居たのは、音もたてずに一人寂しく昼食を摂る男の姿が。それを見た瞬間、クラスメイト全員の視線が暗くなったのは、一体何事であろうか。
「あれは―――交流しない方が良いわよ。あの子は人殺しだから」
「え、人殺しッ」
 クラスメイトとしては警告の意味も込めてリアに教えてくれたのだろう。しかしながらリアは、正体不明の殺人鬼を父親に持つ生粋の異端者。警告により湧き出たのは、嫌悪感でも無ければ不安でも無く、純粋な興味である。







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