ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

二人の違い

 授業開始に割り込むように入ってきたせいで、教材の準備もままならずリア達は授業を受ける事になった。二人の席は離れ離れに、それを好機と捉えてそこに群がる男達。教科書を貸してお近づきになろうとでも考えたのだろうが、二人にそんな配慮は必要なかった。
「魔法陣の基礎が分かるのですかッ?」
「簡単よッ! 魔法陣を形成する線、内包される言語には一文字一文字毎に意味があって、それが無きゃ魔力が制御できなくなって魔術が発動しなくなる。っていうのは―――」
「ま、魔力の消費量を抑え込む為……には、真ん中に走る線が作る形を少し変えるだけでも―――」
 二人の名誉の為にも補足しておくが、決してこの知識は『闇衲』が教えた訳では無い。確かに与えられた本は彼が何者かから奪った物だが、そこから得た知識は紛れも無く彼女達自身のモノであり、ここで学校の勉強に追いつけるのも、偏に彼女達の努力の賜物である。
 そんな事を知る由もない生徒達は、性別に拘らず驚愕。担任ことライデンベルは、言葉を失っていた。
―――フィー先生がこの子を自分のクラスに入れたのも分かる気がしますね。
 何と勘違いも甚だしい認識だと思うだろうが、それくらい彼女達は優秀だった。フィーの言う通り、勉強面での指導は苦労しなさそう……というより、必要なさそうだ。
 ただでさえこの二人がここまで優秀なのに、Aクラスに入った子とやらは一体どれ程の存在なのか。気になったが、生徒間においてAとBは険悪そのもの。教師である自分が馴れ合いに行けば、きっと生徒達から批判が飛び交うだろう。どうにかして敵では無く、志を共にする仲間という認識に改めたいのに、これでは……
 ライデンベルの悩みを嘲笑うように、学校の頂上に設置された鐘が鳴らされた。授業終了の合図である。
「やっほーーーーーーーーい! 終わった終わったッ」
 敬語以外は何の問題も持たないリアが、鐘が鳴り終わると同時に大袈裟な声を出した。ライデンベルの視線がこちらに向いた事すら、初めての学校ですっかり舞い上がっている彼女からすれば気に留まるような事では無かった。
「リア、お前こういうのって見た事あるかッ?」
「んー無い! これなあに?」
「知りたいかッ? うーんとこれはな……」
 このクラスの問題として、男女間の妙な格差が挙げられるが、外部の者であるリアはそんな事情など知った事じゃないと言うように、様々な人物と喋っていた。男も、女も分け隔てなく。その在り様はさながら男女間に存在していた亀裂に架かる橋のようで、ひょっとしたら彼女の存在がこのクラスを変えるかもしれない。人任せで情けない担任だが、生徒の問題は生徒が解決するべき、というフィーの方針なので、そしてその方針には自分も賛成なので、手は出さない。
 ふともう一人の存在を思い出して、ライデンベルはそちらの方に視線を向けた。しかし、彼女の存在は既に教室に無く、数人の女生徒の存在も見当たらなかった。




















 どうしてこんな事になってしまったんでしょうか。私は只、普通の学校生活をしてみたかっただけなのに。
 少し前、リアがあまりにもテンションが高かったからなのか知らないけど、数人の女生徒がこっちに近づいてきた。最初は私に話しかけに来てくれたのかなと思ったけど―――殺人鬼さんと過ごしていたせいか、そういう目的じゃない事は何となく分かった。でもリアに迷惑を掛けたくなかったから、大人しく付いてきたんだけど。結果としては知らない人に付いて行くべきじゃなかったって、ハッキリと分かった。
「アナタ、私の下僕になりなさい!」
 殺人鬼さんの事を好きとかそういう訳じゃ無いんだけど、こういう人たちを見ていると、あの人の方が幾分マシに思えて仕方がない。確かに暴力は酷いけど、でも……何だろう。ここまで人を見下すような視線を、あの人は絶対に向けなかった。どんなにかちっぽけな存在である自分だって、彼はちゃんと対等な人間として見てくれていた。道具扱いを言葉の上ではするけれど、そんな視線を向けてくるから、本音じゃないって直ぐに分かった。きっとリアも、そういう所があるって知ってるから、あの人に懐いているんだと思う。
 一番はやっぱり、下半身で物事を考えないから何だろうけど。
「…………」
「何? その顔は。アナタ、今どんな状況か分かっているのかしら」
 分かっている。更衣室の中に連れ込まれて、囲まれているのだ。数は全部で五人。自分に話しかけてくるこの人は、その態度も相まって、リーダーだと思われる。何やら凄く威圧してくるけど、全然怖くない。怖いと感じない。保護者を務めてくれているあの人の方が、何十倍も怖い。
「ね、アーナー。こいつ、生意気じゃない?」
「ちょっと勉強が出来るくらいで盛り上がっちゃって、何。男が欲しいの? がっついてるのね」
「何か言いなさいよ!」
「おい、何か言えよ!」
 右胸を突き飛ばされて、シルビアは壁に叩きつけられる。抵抗はしないし、出来ない。殺人鬼さんに何かを教わっていたら違っただろうけど、何も出来ない方が価値があるらしいから。ここでも私は、絶対に一般を貫く。
「―――おい、私の下僕になれって言ってんだよ。私が平民のアンタなんかにわざわざ言葉を掛けてやってるくらいなんだから、普通は泣いて喜ぶもんじゃないの、ア゛ア゛ッ?」
「何で」
「あ?」
「何で下僕にならないといけないんですか。私達はクラスメイトで―――友達なんじゃ」
 シルビアの言葉を遮る様に、アーナーと呼ばれる女生徒が付近の壁に手を叩き付けて、鼻先が触れ合う程に顔を寄せてきた。
「友達ッ? アンタ如きが私と友達だなんて、百年早いのよ! アンタ、身分ってもんが分かってないわね、良いかしら。貴方は何の血も無い凡庸な民、一方で私は、将来を約束されたイクスヴァナの家系! そもそも、本来私とアナタ如きが交わるなんてあり得ないの、分かる? フィー先生の御寵愛を受ける為に仕方なく平民共と一緒に居るだけだから、そこの所、理解してよね!」
「……御寵愛?」
「ええ。私はね、いずれフィー先生のクラスに入って、あのお方と結ばれる運命にあるの。アナタのような愚民は分からないでしょうけど、フィー先生はこの世界でただ一人の永世騎士オーダークロート。王様とも太い繋がりを持ったお人なの―――って、そんな事はどうでもいいのよ! 下僕になるの、ならないの? ハッキリ言いなさい! 言っておくけど、もしも拒否したらどうなるか、分かってるわよね?」
「…………いいえ」
「―――ッ! 察しが悪いのね。良いわ、なら教えて差し上げましょう。貴方は一年と持たずこの学校を去る事になるわ。どんな理由でかは教えてあげられないけど……ようやく入った学校でしょう? 貴方の親は、どう思うのかしらね」
 その口ぶりは、こちらの拒絶を全く予期していないようだった。こちらの意思が折れるのを期待しているのか、アーナーは歪んだ笑みを浮かべて、返事を待っている。
 猶予自体はありそうなので、シルビアは落ち着いて思考を展開し、『闇衲』の姿を思い浮かべた。
『殺人鬼さん』
『ん? 何だ』
『私、学校辞める事になりました。その……ごめんなさい! 私から頼んだ事なのに』
『―――まあ、気にするな。俺達は元々学校へ平和に行けるような身分でも、状態でも無いだろう。友達が作れなかったのは残念と言ってやりたいが、そう気を落とす事は無い。人と交流したいならどこへだって連れて行ってやるさ。リアと赤ずきんが学校に行ってて、暇を持て余しているからな』
 恐らくこんな感じで話が進む。なのでどう思うかと問われれば、彼はきっと『どうも思っていない』と答えるだろう。そういう人間なのは、短い付き合いでも良く分かる。
「嫌です」
「…………聞き間違いかしら。今何て」
「下僕になんかなりません。絶対に嫌です」
 危機を回避するつもりなら勿論肯定するべきだったのだろうが、シルビアは下僕という言葉の響きが気に食わなかった。何故って、話は単純だ。下僕と言うのは、男に対して使われる言葉。自分は女性なのに、男性扱いされる事は気に食わない。それに加えて、下僕は自由が無いのではなかろうか。仮にそうだとしたら、ここで頷いてしまった場合、自分は子供教会で囚われていた時と何も変わらなくなってしまう。物理的にでは無く、精神的に。
 せっかく『闇衲』に拾われて生き延びたのに、欠片でも子供教会の時に舞い戻る事だけは嫌だった。ようやくあの時の記憶も薄れてきたと思っていたのに、ここで頷けば、もう二度とあの記憶を忘れる事が出来なくなる。
 だから嫌だと言った。後悔はしていない。毅然とした態度で言い返した少女、しかしそれが悪手である事に気付いたのは、アーナーの顔が離れた時だった。
「…………あら、そう♪ だったら望み通りこの学校から消し去ってあげるわ。まずは男共が寄り付かない様に、その綺麗な顔をぐちゃぐちゃにしてあげるわね♪」
 彼女の拳が持ち上がると同時に、それは最高速でシルビアの顔面へと接近し、ぶち当たる。














「こらこら♪ クラスメイトなんだから仲良くしなきゃッ」










 その直前に拳を止めたのは、鮮血の双眸を持ち合わせた女性だった。



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