ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

たまには親らしく

「お待ちしておりました、えー……フィー先生から案内を頼まれた者です。貴方達が明日から入学なさるという方達ですか?」
 二人を連れて学校を出ると、入り口に立っていた一人の少女が歩み寄ってきた。見慣れない服だが、現在の時間帯は朝。彼女の背後から続々と生徒らしき人間が登校してきているので、この学校の制服と見て間違い無いだろう。リアにもこの服を買わねばならないと思うと少しばかり頭が痛いが、この服を着た彼女を見たくない訳では無いので、痛い出費とは思わない。
「ああ。朝っぱらから仕事を受けてお前も大変だな。始業時間には間に合うのか?」
「お気遣いありがとうございます。しかし気にしないでください。私は少々特別な立場に身を置いているので、仮に始業時間に遅れたとしても、誰からも怒られる事はありませんから」
 その立場とやらは少し気になったが、フィーが『個人的に親交のある生徒』と言っていた事から察するに、所謂『特別教室』にでも在籍しているのだろう。学校長が生徒と個人的に親交を持つなんて普通はあり得ない事だし、それがあり得ると言うのなら彼女は学校長にしか手におえないような問題を背負っているという事。
 周りの視線を見る限りでは誰も―――本人すらも気付いていないようだが、形の無い首飾りを掛けているのも気になる。学校長フィーの謎は深まるばかりだ。
「それでは宿屋までご案内いたしますが、休むような時間帯でもありませんし……どうしますか? お望みという事であればこの街全体を案内しますが」
「ん……俺はどっちでもいいが、お前達はどうする?」
 街の構造を知っておくのは後々の殺しを考慮すると悪い話じゃ無いが、この三人が学校に入学する以上、数年はこの街に滞在する事になるので、別に案内を受けずとも勝手に構造は覚える事になるだろう。そこまで考慮したらここでの街巡りはあまり意味をもたらさないが、それは『闇衲』だけに限った話。未だ物を知らず、そして未知との出会いに心を躍らせる年頃の少女達には、街巡りという行為は教育という観点において中々大切な行動だ。
 人との触れ合い、文明への理解、そして生命への尊重。決して人は孤独に生きる事は出来ないという事もそうだし、とにかく色々な事に触れなければならない年頃だ。無理強いはしないが、そういう年頃の者を引き連れている以上、選択の権利は彼女達にある。
 シルビアは『赤ずきん』の方を一瞥する。
「……何?」
「『赤ずきん』はどうしたい? 行き……たい?」
「私は『狼』さんと居られるなら何でもいいですよ。それに、今回の言い出しっぺは貴方なんですから、選択の権利は貴方にある筈ですが。ねえ『狼』さん」
 『赤ずきん』に同調するように頷くと、それを見ていたシルビアは沈黙。暫しの間考え込んでから、目の前の少女の手を取った。
「ぜ、是非お願いします!」
 己の欲望すらも言葉に出来ないようでは、人間はいつか知性の衣を剥がされてしまう。シルビアは優しい故にこういう所ですら他人に判断を任せがちだが、便宜上『親』である自分が居る以上、それは許容しない。彼女自身の価値を高める為にも、何としても彼女には積極的になってもらいたい。突然手を握られて目の前の少女は動揺したが、直ぐに笑顔を作り直して、丁寧に頷いた。
 年の近い少女二人が手を取り合う光景。それは見ているだけで吐き気を催しかねないが、この街が一体どれ程の平和に守られてきたのかが良く分かる。自分達が何もしない限り、きっとこの光景は続くのだろう。
「パパーッ!」
 話も進み、それでは街を巡ろうかという所で、背後から元気いっぱいの聞き慣れた声が聞こえてきた。まだまだ秘密の話し合いは続くと思ったのに、存外に早く終わったようだ。足音的に止まる気はないようなので、『闇衲』は身を翻して、その身をもって彼女の突進を受け止める。 
「早いな。話は終わったのか?」
「うん。でも疲れた! 早く宿屋行こッ」
 繰り返すが、現在の時間帯は朝である。ついさっき起きたばかりなのに、疲れるのはおかしい。
「行かねえよ。今は街巡りをしに行く所だ。まさかこんなに早く終わるとは思わなかったけど、終わったなら付き合え」
 一体何の話をしていたのか。それも気になっているし。
 リアは露骨に顔を歪めて面倒くさそうな表情を浮かべたが、こちらの様子を窺っているシルビアに気付くと、如何にも乗り気であるかのように振舞い始めた。
「分かったッ! 本当はちょっと面倒だけど、パパが言うなら仕方ないわねッ」
「俺もどうだっていい。どうでも良くないのはシルビアだ」
「じゃあ仕方ないわね!」
 何が仕方ないんだ。
 気遣いのつもりなのだろうが、理屈があまりにも無茶苦茶すぎる。そういうのは普通無理やりにでも動機を作るのだが、『シルビアだから仕方ない』はちょっとどうかと思われる。別にそんなつもりで言った訳ではない事は知っているが、文面だけ見ればシルビアが性格的におかしい人間だと言っているようなモノだ。
 当の少女も、流石にこの理由では気遣いに気付いてしまっているようで、その顔には隠す気を感じられない謝意が表れていた。
「それではそろそろ行こうか。こんな所でもたついていても他の生徒に迷惑だしな。案内頼む」
「あ、はい!」
 あまりにも可哀想なので、『闇衲』はシルビアの手を取って歩き出した。こんな自分と一緒に街を巡って楽しいかは分からないが、だからと言ってどうでもいいという発言は軽率過ぎた。ちょっとしたお詫び……自己満足かもしれないが、徹底的に付き合ってやるとしよう。それが普段の彼女のお利口ぶりに答えられる、こちらからのお礼だ。













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