ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

娘の才能

 廊下の窓からずっと見えていた中庭。いざ移動してみると、魔法陣から発生する風がとても心地よい場所だった。親という立場上、適性調査には何も関わらないという事なので、有難く手近な所で休ませてもらおう。魔術の世界は自分にはおよそ理解出来ないが、娘が一体どの程度の才能を持っているのか。それを見届けるのも悪くない。
 フィーはリア達を中庭の中心まで引き連れると、懐から一枚の紙を取り出した。広げてみるとその表面には八色の魔法陣が重なる様に描かれており、遠目から見ていても目が痛くなりそうな配色である。興味深そうにリア達はそれを覗き込んだが、特に何かが起きる訳じゃ無い。彼はそれを足元に敷いてから、背後の壁にぶつからない様に距離を取った。
「本当に時間は掛からないから安心してほしい。さあ、それに乗るだけだ」
「え? ……これだけ?」
「うん。これだけ。一応理屈が知りたいなら説明するけど、その分時間は掛かるよ?」
 リアは露骨に嫌そうな顔を浮かべたが、フィーは隣にいるシルビアの意思を汲み取ったようだ。虚空に紙に記された魔法陣の意味と思わしき表を映し出し、調子づいた口調で語りだす。
「八色は焔、水、風、雷、土、闇、光、無の八属性から来ています。その紙は魔力感応紙と言って、一度乗れば君の持つ魔力を解析。該当する色の魔法陣のみを光らせて、君達の属性を教えてくれる。まあ、説明は面倒だからこの辺りで省いておくけど、そういう事です。誰から乗っても結構ですよ」
 フィーは中庭に生えている樹木へ背を預けて、三人の様子を眺め始めた。『闇衲』も大体似たような状態で三人を見ているので、彼女達の話し声は風の影響もあって聞こえない。聞こえてくるのは風の音と、自らの吐息だけである。
 数分程経って、ようやく話し合いが終わったようだ。先陣を切る事になったのは、『赤ずきん』だった。『シュタイン・クロイツ』にも恐れず立ち向かった彼女だが、初めて見るモノは中々どうして恐ろしい様だ。持ち上げた片足が僅かに震えている。その足が紙の上に乗り、その次にようやく両足が乗ると、彼の説明通り紙が反応。眩い光を放ちながら発光して……光が落ち着く頃には、灰色の魔法陣が燦然と輝いていた。
 色の通りに思考するならば、彼女は『水属性』という事か。何となく焔属性が合っていると思っていた為、意外と言えば意外だ。
 次に乗ったのはリア。「あーした天気になーれ♪」等と明らかに使用用途の違う掛け声とともに紙に飛び乗って……光ったのは色合い的に『水属性』。しかし『赤ずきん』と比べると、何だか光り方がおかしいような気がする。フィーの方を見遣ると、先ほどまでのんびりしていた彼の背筋が、これ以上ない程に伸びていた。その事実だけで、何か特別な事があったのだろうと察するには十分過ぎた。
「フィー先生! これ何ッ?」
「んーそれは……後で教えましょう。もう一人居るしね。それじゃ最後に君、乗ってください」
「は、はいッ!」
 まあどうでもいいか。リアが多少問題だったとしても、彼女は元々『ゼロ番』という特別な立ち位置にいた存在。こんな所で少数派になったって、何ら不思議な事じゃない。そんな事はどうでもいい、最後はシルビア……こんな時くらいはシルヴァリアと言うべきか。不満げな表情で紙から降りるリアを横目に、彼女は不安げな表情を浮かべながら紙に足を乗せた。
「……ッ!」
 先程と演出は変わらない。眩い光が放たれて、その光が落ち着く頃に示される。
 魔法陣は……色合い的に、『光属性』を示していた。
「―――やったッ!」
 滅多に喜びを見せない彼女がそんな風に喜んだ事は知る限り初めて。聞き逃しようも無いその言葉は、シルビアが如何に嬉しかったかを理解させる。あの少女がそこまで喜んでくれるとこちらも不思議と気分が良くなってしまうが、考えてみて欲しい。他の人は知る由も無いだろうが、彼女は自分達と一緒に居ながら『光属性』を保っていたのだ。
 ……当然分かっている。生まれつきの魔力が変わる事なんて無いから、誰と一緒に居ようが変わる訳が無い事は。しかし、魔力が体に通じている以上、その色には幾らかの精神状態が関わってくる筈だ。それ故に『闇衲』は、濁った色が出てくるモノだと思い込んでいたが―――これ以上ないくらいの純白を見た時は、情けない事に言葉が出なかった。恥ずかしい事に、その尊さすら感じる光に、自分は初めて見惚れてしまった。きっと自分に魔術の知識が無いから持っている感想なのだろうが、それでもいい。『闇衲』はシルビアをあの国から連れ出した事に、一切の後悔はないと胸を張って言えるようになった。
 色々付き合わせた筈なのに穢れない不可侵の白。その美しさはあまりにも……リアの友達にふさわしい色だった。
「全員終わったようですね。それでは、宿は取っておくので今日はそちらで休んでください。案内は……そうですね。個人的に親交のある生徒を玄関に待機させておくので、お父さん、そして『リア』以外の子達はそちらに。リアはここに残ってください」
 男嫌いの彼女と二人きりにしてしまって、果たしてリアは大丈夫なのだろうか。外面では平静を装っているが、その本心は果たして。気にしていても仕方ないので二人を連れて大人しく玄関に戻るとするが、帰ってきた時は……致し方ない。頼みは聞いてやるとしよう。多少甘えられたとしてもそれも仕方ない。異性と二人きりになる状況程、彼女にとって苛立ちを募らせる状況は無いだろうから。
 無論、これはリアが何の問題も起こさずに帰ってきたらの話である。






















 適性調査はこの魔力感応紙を利用してやる。それは何処でやったって変わらない事なのだが、今回使ったのは自分用の感応紙。通常の八色に加えて特殊な一色をこっそりと混ぜた特注品であり、まさかそれに反応するとは思わなかった。彼女達が来るまでも数人にやらせた事があるのだが、それで引っかからなかったのだから、此度のは不意打ちにも程がある。
「それでフィー先生。あの色は何なの? 水属性じゃ無いのかしら」
 ガルカから来た少女、リア。その経歴は嘘塗れで血塗れ。彼女を手元に置いておけば将来どうなってしまうのかは想像に難くないが……殺される事は無いので放置しておいても良いだろう。彼女では何百年経とうが自分に勝つ事は出来ないのだから。
「あれは……その前にリア。一つ言っておきたいのですが、もしクラスメイトに魔術理論の云々を聞かれても、決して答えてはいけませんよ。貴方の属性は根本的に他と違っている」
 人を教える事の喜びは何にも代えがたい。たとえその者が特異な体質で、下手すればこちらが怪我を負うリスクがあったとしても……それでも。楽しいから仕方がない。
「……うん、分かった。絶対に答えない!」
「そうしてください。貴方の持つ属性はとき属性。学校の勉強だけでは突き詰められない領分です。本来は生徒と関わり合いを持つ事は滅多に無いのですが、その属性に反応したとあってはどうしようもない。私が貴方の先生になりましょう」
 胸を叩いてそう告げると、リアは嬉しいような悲しいような表情を試行錯誤してから、首を傾げた。
「それって喜んでも良いの?」
「仮にも全ての属性を扱えるのが私、フィーです。年若いせいで威厳は感じられないでしょうが、嬉しがってくれると、こちらも有難いですね」
「……そっか。じゃあ喜ぶ! わーいわーい!」
 そこまでわざとらしく両手を挙げなくても。目に見えて喜んでくれるのは嬉しいが、露骨すぎて逆に引く。役目の終わった紙を懐へと収納して、フィーは彼女の手を握りしめた。
「私の事はフィー先生のままでよろしくお願いします。それでは、明日からよろしくお願いしますね、『男性恐怖症』のリア?」
 少女の瞳が驚いて見開かれる。フィーは嫌味ったらしく笑ってから、一つの書類を取り出した。
「貴方のお父さんが書いてくれたんですよ。紙の端っこに『不意打ちで言ってやればきっと驚くだろう』って添えてあったんですが、本当に驚いてくれましたね」
 正確には『こいつは男性恐怖症だから触るな、と言いたいが触ってくれた方が反応が面白いから是非触れ。男性恐怖症と知った上でやったと分かれば、凄く面白い反応をするぞ』。
 自らの父親の仕業だと理解したリアは、取り出された書類を取り上げるや見えかけていたみえていた殺意を潜ませて、
「ぱ……パパが唆したのねッ! あのクソ親父ったら何て事を…………!」
 その整った顔立ちに似つかない、乱暴な言葉遣いで明確に父親へ殺意を向けていた。というか剥き出しだった。成程、これは確かに面白い光景だ。うっかり頭を撫でない様に気を付けつつ、フィーは魔法陣を起動。リアを優しく投げ飛ばして、転移魔術を起動させた。



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品