ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

自由奔放

 馬車に揺られる感覚は大嫌いだ。あまりにゆっくりとしすぎて、自らの警戒心を薄れさせてしまう恐れがあるからだ。有り体に言えば、揺れが気持ち良すぎて眠ってしまいかねない。そこをリアに突かれてうっかり殺されてしまうのも嫌なので、馬車は嫌いだ。存在そのものが無くなってしまえばいいとすら思っている。
 しかしながらリアとの旅路に好き嫌いは言ってられない。彼女が喜んでいるのなら自分は我慢しなければならないし、彼女が好きと言っているのなら取り敢えず話を合わせなくては。全く、親子の関係性は実に面倒だ。
「がったがったがったがったたたたったたたたたったたたったがったたた~♪」
 しかし物凄く煩いので、合わせるのはやめるとしよう。『闇衲』は体を揺らして歌っているリアの脇腹を軽く蹴って、喉元を切る動作を見せた。
「うるせえ。大体馬車に初めて乗った訳でも無いだろうが。あの時の事を忘れたのか?」
「えー? だってあの時はそれ処じゃ無かったし、パパは馬車の引き方下手糞だったし」
「あーそうかい。そりゃ悪うござんしたね。全く……馬車如きに一喜一憂しやがって」
 湖の方面から現れた少女三人に教師は驚いたが、一度約束を取り付けた手前断る事は出来ないと思ったのか、特に何も言わずに乗せてくれた。しかしながら荷車には彼の教え子も一緒に乗っているので、その教え子からすれば絶世の美女たる三人と共に馬車に乗るという状況は、中々に恵まれたモノでは無いだろうか。恥ずかしいのか何なのか、教え子たる少年は荷車の端で膝を抱えて顔を埋めているが、その辺りの事情など考慮する筈もない『赤ずきん』が傍らで座っているので、レスポルカに辿り着くまで彼が顔を上げる事は無いだろう。
 因みに位置はリアが自分と向かい合うように。シルビアは自分に抱き枕代わりにされている。仮にも『親子』の関係上、こういった状況ではまずリアにするべきだったのだろうが、シルビアの方が大人しくて体温が高い。なのでシルビアを選んだまでの事だ。多くの人はきっとそうするだろう。大概は少数派に追い込まれる『闇衲』も、こんなくだらない事では多数派に属する者となる。
 最後に狂犬だが―――彼はどうやらまだ眠っているらしく、暫くは荷物扱いのまま通せそうだったので荷物と一緒に置いている。彼の状況に気付かれたら信用を失う可能性があった為、その睡眠の深さには感謝せねばならないか。
「その子は、本当の子か?」
「あ? 血が繋がってなければ入学できない何て規則でもあるのか?」
「いや、そういう訳じゃ無くて……答えたくないのなら、いいんだけど」
 ……人の心は複雑怪奇とは言うが、今回は流石に『闇衲』でも理解出来る。要は、彼は世間話をしたいのだ。それは別に不思議な事じゃない。
 何気ない会話からその人の人となりを知る事は殺人の上でも欠かせない技術であり、上手く事を運べばより対象に絶望を与える事が出来る。と、そんな話はまた後でするとして、彼の思惑としてはここで入学させるべきか否かを決めたいのだろう。となれば、こちらは彼に都合の良い言葉を返してやればいいだけだ。造作も無い。
「見て分かるだろうが。血なんて欠片も繋がってねえよ。大体、俺みたいな不細工からこんな美人が生まれてきたら卒倒するわ。一体何をどう間違えたらこんな子供が生まれるんだと、そう考え始めて、終いには悟りまで開きかねない」
「……なのに、娘なのかい?」
「ちょっと複雑な事情があってな。具体的には……個人名は省くとして、とある人間の女性関係というか。そこからこいつが生まれて、それで―――ああ、もう言いたくねえ。胸糞悪い」
 嘘しか言っていない。複雑な事情こそあるが、そんなの『子供教会』から逃げ出したリアに助けてもらって、そのお礼に『父親』になったというだけの事で、女性関係なんざ知った事じゃ無いし、リアが生まれた瞬間に立ち会った訳でも無い。というか世界が違う。
 当のリアからすれば明らかに嘘に塗れた言葉だからか、苦笑いを浮かべていた。そんな表情を見れば嘘だという事は直ぐに分かっただろうに、不運にも少年は顔を埋めていて、教師は馬車を引く為に前を向いている。気づく事はあり得なかった。
「済まない。単純に興味が沸いただけの浅はかな行動を反省するよ。どうやら思った以上に、君達は過酷な人生を歩んできたんだね」
「こんな美人を見て、少しでも血が繋がっているのかどうか尋ねるお前もおかしいと思うけどな。ま、確かに他と比べたら暗い人生だった。だからこそ、俺はこいつを入学させてやりたい」
「せめて娘には幸せになってもらいたいって奴だね、分かるよその気持ち。……何だか、事情を聞いたらこっちとしても幸せになって欲しくなったな。娘さんの魔術適性は何か分かる?」
「魔術適性?」
 リアと声が被った。教師はこちらを向かなかったが、その反応に困惑している事は声音からも明らかだった。
「知らないのかッ?」
「……知ってるか?」
「……全然?」
 当然だ。『闇衲』が魔術について素人なのに、それを父とする彼女が魔術適性の何たるかを知っている訳が無い。素早く殺す方法もじっくり殺す方法も、痛めつけるだけの方法も良く知っている彼女だが、聞いたことも無い言葉には年相応の阿呆顔を浮かべるのだった。
 『闇衲』は顎を下げて、静かに抱き締められているシルビアへと視線を落とした。
「知ってるか」
「―――魔術というモノは、全てを極める事が基本的には無理なんですよ。そんな事が出来る人、本当に御伽話の主人公くらいで。それで、普通の人には生まれながらに付いている精霊ってのが居て、その精霊によって得意な魔術が分かるんですよ」
 只の人しかない彼女は、リアと違って修行をする時間も存在しない。何処でそれを知ったかは知らないが、知識量ではリアを上回っているようだ。まさか知っているとは思わなかったので、素直に驚いている。どう褒めてやればいいか悩んだ末に頭を撫でてやると、シルビアは頬を赤らめて恥ずかしそうに俯いてしまった。
「何だ、そっちの娘さんは知ってるじゃないか。その通り、魔術適性ってのはそういうもんで、普通は生まれた瞬間に調べるモノなんだけど……その複雑な事情とやらを察するんだったら、どうやら調べてないらしい」
「ご明察だ。どうやって調べればいいかすら分からん」
 それにしても精霊とか何とか、言い方は悪いがきな臭い話になってきた。そんな奴、今までだって一度も見えた事は無いのだが、本当に存在しているのだろうか。どんな存在であれナイフ一本あれば殺す事が可能であるとずっと信じてきたのに、まさかここに来て良く分からない存在を知る事になるとは。
「調べるのは簡単だ。それも兼ねて校長に会うとしようか。でも……フッ、そこの娘さんが聞いたら驚くだろうな。ウチの学校長は―――全てを極めているんだよ」
 その発言を聞くや、俯いていたシルビアが同一人物とは思えない程の速度で顔を上げた。
「えッ? そ、そんな。あり得ませんよそんな事! だって、精霊が」
「その通りだ。でも実際そうなんだから仕方ない。しかも性質の悪い事に、学校長が使う魔術は、私達にとっては完全なる未知。見た事も聞いた事もないようなモノばかりだ。例えば……そうだね。この前は他校の教師がウチの生徒を虐めてたんだけど……学校長がその現場をたまたま目撃しちゃってね。最初は制止するつもりだったらしいけど、あっちの方が進退窮まって攻撃したみたいで―――それで」
「……どうしたんですか」
「暴力を振るおうとする度に身体から虫が飛び出してくる魔術ってのを掛けたみたいでね。以降その先生はすっかり大人しくなったらしいけど、こんな話信じられない。でも虐められていた生徒が言うんだから間違いない。明らかにおかしいんだよ学校長は。あれで齢が三十も超えてないってのが一番おかしい事でね、おまけに顔はとても整っている。女子生徒から大人気さ」




 ……………………………………………………………………………………リアに視線を合わせると、彼女と目が合った。そして互いの瞳を見据えて、頷いた。




 全く話に付いていけない。本当に一体何の事を言っているのやらさっぱりである。お願いだから魔術関連の話はしないでもらえないだろうか……というのは魔術都市に行っているので無理な話だが、せめて周りの面子を考えて欲しい。『闇衲』とかどう見ても、魔術が使えるような顔では無いだろう。




「……ああ。言い忘れていたけど、学校長はとても変わっている人でね。掛け合ってみるとは言ったが、十中八九入学させてくれるとは思うよ。ガルカが滅んじゃったのは気の毒な事だけど、今日からここを故郷にすればいい。この魔術都市―――『レスポルカ』をねッ」
 荷車から外を見遣ると、前方には人が作ったとは思えない程巨大な門が聳えていた。









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