ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

偶然の意図

 野宿の良い所は、太陽の出でる時を誰よりも敏感に察せる事だ。眠っている内に魔物に襲われる危険性こそあるが、それを差し引いても自由性を考慮すれば何処かに拠点を作るより、野宿をしていた方が動きやすさだけを考慮すれば勝っていると言える。
 『闇衲』は怠さの抜けぬ体を起こして、何となしに周囲を見回した。自分の隣にはシルビアが居て、少し離れた所に居るのはリアと赤ずきん。三人とも寝ていればそれこそ『眠り姫』のように美しく、視覚的芸術を手元に置いておきたい者であれば、眠っている内にでも攫ってしまいたい事だろう。特にシルビアは、その無害性からたとえ目覚めたとしても価値がある。当然の事ながら『闇衲』にそんな趣味は無いので、適当な頃に起こしてしまうだろうが、今では無い。今は彼女達が目覚めた時の為に、食事の用意をしなければ。
 何か適当なモノを調理すれば文句こそ言われても不足は無いだろう。そう思って近くの袋に手を掛けたが、間違った。これは狂犬を詰めた袋だ。口を緩めて中を見ると、狂犬は覚醒時の暴走具合は何処へやら、彼女達と同じように眠っていた。袋に詰められているせいか体勢が酷く、目覚めれば首に痛みの一つでも覚えるだろうという事は容易に想像出来たが、リアが十分に強くなれば価値の無くなるどうでもいい存在を気遣う必要は無い。再び袋の口を引き締めて、今度こそ予備の食糧に手を掛ける。
 やたら目に付いたのは日干しにした肉だったが、これを朝に摂る事になる彼女達の気持ちを考えると、出すのは流石に控えたい。となれば果物? ……干し魚? ……もう面倒くさいので、飯抜きでいいのでは無かろうか。いや、リアや『赤ずきん』にはそれをする理由があるとはいえ、シルビアまで巻き込む理由は無い。彼女は己が生きる為とはいえ良くやってくれているし、他のクソガキと比べると幾分物分かりも良くて素直だ。細かい間違いについては子供のする事と流しているので見逃すが、それを見逃してしまうと、いよいよシルビアには何か罰のような事をする理由が無くなってしまう―――
「そうだ、な……」
 シルビアだけに食事を与えるという選択肢を取れば間違いは無いが、『闇衲』にはどうしても気になる事があった。それは安らかな寝息を立てて眠っている二人―――『赤ずきん』とリアの状態である。彼女達は荷物から取り出した服を毛布代わりに、互いに身を寄せ合いながら眠っているのだ。焚火の近くで眠っていないのは、自分の寝相がどれ程のモノか図れなかったのだろうか。一般的に考えて、普通は燃える程の熱を感じれば起きる筈なので、その心配は杞憂以外の何物でもない。とはいえ……その無駄な心配をしたからこそ、こんな事になったのかもしれない。果たしてこれは、仲直りと見ても良いのだろうか。
 事の真偽は本人達に聞くしか無いだろう。
「リア、『赤ずきん』。起きろ! 起きないと殺すぞ」
 一応脅しているつもりなのだが、夢幻の記憶に泥のように浸っている彼女達は、一向に起きる気配を見せやしない。原因は分かっている。ここ最近、殺すという言葉を使い過ぎて本気にしていないのだ。
『何だかんだ何もしない。闇衲はそういう人物だ』
 そんな甘えた考えを持っているに違いない。であれば、その認識は確実に改めさせる必要があるので、今ここで自分が取るべき行動は一つだ。
 『闇衲』は気持ちよさそうに眠る彼女達の頭を持ち上げ、まるで硬い木の実を割るかのように、両者の頭を全力で叩きつけた。
「ギャッ!」
「ア゛ッ!」
 肉体を司る部位に強烈な打撃を浴びて睡眠を続けられる道理は無い。直ぐに頭を離してやると、二人は地面に突っ伏しながら頭を抱えて、身体を僅かに震わせる。
「な……な……何すんのよパパ!」
 直ぐに状態を回復させたのは、案の定、リアだった。地面から顔を上げるや直ぐに『闇衲』に飛びついて、お返しとばかりに頭突きをお見舞いしてきた。鼻先に彼女の額が命中して、鼻血が噴き出す。存外に石頭な彼女の頭突きを喰らって鼻が折れなかったのは、不幸中の幸いかもしれない。
「ああ~いッ……あああああああ! もう、やめてよッ。せっかく気持ちよく寝てたのに!」
 言葉には出さないが、リアの手は『赤ずきん』の後頭部を優しく撫でている。昨夜の出来事を知っていると恐ろしい程の変化である。
「―――うるせえ。こっちも痛かったぞこの野郎。それが父親に対する攻撃か?」
「お互い様よッ! それが娘に対する攻撃なの? 明らかな殺意を感じたんだけど」
 鼻血を一通り噴き出して無理やり止めてから、『闇衲』は平淡な調子で言い返す。
「愛の鞭だ」
「嘘おっしゃい! 死因に直結してもおかしくなかったわよ!」
「じゃあ愛の棍棒だ」
「殺す気概に満ち満ちてるッ!」
 一向に反省する気の無いこちらに、リアは呆れ顔を浮かべつつも、その瞳は何処か嬉しそうだった。見ていて非常に気分が悪くなってくる。
「……気分良さそうだな」
 訝る様にこちらが尋ねると、リアは後ろ手を組んで、前傾姿勢を取った。 
「うん! だってパパ、昨日私の事庇ってくれたでしょ? そう思ったら、こういう攻撃も、パパの愛を感じてるみたいで……何だか嬉し―――ギャッ!」
 好印象を持たれるとぶん殴りたくなるのは、『闇衲』の悪い癖だが、今のは誓って自分では無い。傍らでこちらのやり取りを見ていた『赤ずきん』である。彼女は濃厚に殺意を乗せた視線で、半笑いを浮かべる少女を睨みつけた。
「リアッ! 話が違うじゃないですかッ。二人でっていう話でしたよね」
「ふふーん♪ 騙される方が悪いのよ―――ってちょっと。それはパパの前では言わないでって……」
「あ? 何の話だ?」
 盗み聞きをしたつもりも無ければ、誰かを介して情報を仕入れた訳でも無い。只近くに立っていて、それが明確に聞こえただけの事。だからこれは、自分も聞いて良い情報として受け取らせてもらう。
 両手を滅茶苦茶に振り回しながらどうにか取り繕わんとする二人の肩を掴んで、『闇衲』はニッコリと微笑んだ。
「成程、どうやらお前達が急に仲良くなったのは、どうやらその秘密が原因らしい……無理にとは言わん。話せ。話さなかったら……お前達の服を剥いで湖に投げ込む」
 仲良くする事と結託する事は違う。前者はしてくれて結構だが、後者となると……ミコトが居ない以上、ちょっと話は変わってくる。


 
 

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