ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

少女たちの戯れ

 何分経っても抵抗できないでいるリアに興醒めしたのか、『赤ずきん』は暫くしたらリアを解放して、距離を取ってくれた。きっとつまらなかったからという理由なんだろうけど、そここそが私の割り込む最適なタイミングだった。もう一度攻撃をしようとしたリアの手を引っ張って、『しちゃだめ』って首を振ると、彼女はちょっと不満そうな顔をしたけど、殺人鬼さんの方をちらりと見てから、納得してくれた。
 いつもこうだったら、殺人鬼さんの負担も軽いんだろうけど……
 私は生きる為に価値を上げる事を半ば強いられているから、必然こんな事態は率先して治めないといけない。でも『赤ずきん』もリアも殺人鬼さんを独占しようと必死だから、私一人の力じゃどうにもならない。殺人鬼さんが居ても、多分どうにもならない。いや、今の状況が、むしろ『どうにかなっている』状況なのかもしれない。
 リアと『赤ずきん』は似たような性格だけど、だからこそ反りが合わない。そんな二人が一緒に居られるのはやっぱり殺人鬼さんのお蔭で、殺人鬼さんが居なきゃリアは既に死んでる。だから、今の状況はまだ良い方なんだ。合わない二人がどうにか生きている時点で、とても幸運な事なんだ。
 私は殺人鬼さんに言われた事を思い出す。
『俺は今度こそ寝るから、起こしたら殺す。シルビア、そいつらをどうにかしとけ』
 どうにかしとけっていうのは、普通に考えたらさっきのリアと『赤ずきん』のちょっとした喧嘩を止めろって事だと思う。でも価値を上げる為に必要なのは、その人の想像以上の成果を挙げる事。つまり今の私がこの夜にするべきは、何とかして『赤ずきん』とリアの仲を深めさせて、二度とこんな事が起きない様にする事。とても難しい事かもしれないけど、大丈夫。二人共話が通じないような人じゃない事は、良く分かってる。
「ねえ『赤ずきん』。『赤ずきん』はさ、殺人鬼さんの事をどう思ってるの?」
「……いきなりですね。突然どうしたの?」
 彼女の物腰が柔らかいのは、私を人畜無害な存在だと思っているからだ。じゃあ違うのかって言えば実際そうなんだけど、お蔭で全く警戒されないから話しやすい。
「べ、別に深い意味は無いよッ? けど、『赤ずきん』の事全然知らないし……友達じゃなくてもいいけど、一緒に居る仲間だからさ。だから―――仲良くしたいの。だから、もっと知りたい」
 こんな事を喋っていると、私はどんなにリアに助けられていたのかが良く分かる。彼女の積極的な性格が、消極的な私と―――自分で言いたくはないけど―――噛み合っているから、私は今まで問題なくコミュニケーションを取れていたんだって。殺人鬼さんも口には出さないけど、私の事を何かと気にかけてくれているから問題なかった。
 でもこうして自分から何かを話しかける事に挑戦すると、言葉を口に出しているだけで、何だか恥ずかしい事を言っているような気がして赤面してしまう。今だって変わった事は言ってない筈なのに、まるで愛の告白でもしてしまったような……
 『赤ずきん』は四つん這いになってこっちまで距離を詰めてきて、とても真似できないような笑顔を浮かべて、私を押し倒した。
「……本当に、知りたいの?」
「う、うん」
 同じくらいの年の女の子に押し倒されている私を、リアが伏し目で見ている事は何となく分かった。私が何をしたいのか分かってないだけかもしれないけど、リアって結構嫉妬深いからそういう意味での伏し目なのかもしれない。そんな視線もあって私の身体は妙に嫌な汗を流してるけど、『赤ずきん』は違う方向に受け取ってくれた。
「そんなに緊張しなくても、取って喰いはしませんよ。貴方はリアと違ってとても優しい子ですから。フフ、いいですよ。何が知りたいんですか?」
「……『赤ずきん』はさ、リアと仲良くする気はあるの?」
「ええ、ありますよ。幾ら悪い子になってしまったとはいえ、私から持ち出した賭けの結末です。それは守らなきゃいけないし、それを守るのなら、今のリアとは友人関係にありますから。でもリアはどうやら、私とは仲良くしたくないみたいで」
 まるで自分が悪いかのように言われて我慢できるリアじゃない。敵意を剥き出しにしながら、私に訴えかけるように喚いた。
「私からパパを奪い取ろうとしてるんだから当然よ! 一応友人関係って事だから殺さないでおいてあげてるけど、本当はこんな奴と、一秒だって一緒に居たくないわッ」
「殺さないでおいてあげてる……ね。本気で戦った場合の結果は見え透いているので、まあそういう事にしておきましょう」
「何よ! あーもう腹立った。『赤ずきん』、アンタ友達なら一発殴らせてくれたって良くない? 私達が友達だって言うんなら、友達の頼みは聞くもんじゃないの?」
「友達作りは選ぶべきだと私は御父上からそう聞いていましたが、やはりその通りですね。貴方のような友達である事を理由として、横暴に振舞う人間が居る事自体、私には信じがたい事ですが」
 殺人鬼さんが良くやっている事だけど、リアは何度やられても乗っかるくらいは煽り耐性が低い。本人は全然自覚してないみたいだけど、彼女以外の人間は皆気付いてる。『赤ずきん』が露骨に煽ったのも、その反応を楽しみたかったからだと思う。案の定、期待を裏切らなかったリアは私の上から『赤ずきん』を排除して―――私の口を塞いだ。
 唇で。
「んッ? ぉんょっと―――!」
 何処かで習ったなんて事は無い筈だけど(殺人鬼さんがリアに性的な接触をする事は無いから)、リアのキスは素人がやるような初々しいモノじゃなかった。舌を口の中に入れて、巻き付けるように動かしながら私の舌を隅々まで舐め回して。まるで舌を呑み込まれているような、そんな奇妙な感覚が私の脳を支配した。実際にはリアの舌が私の口内で動き回っているだけなのに、段々と舌を吸い取られて、終いには私から舌が無くなってしまうんじゃないかって、そんな非現実的な事すらも、今のこの状況では真実と錯覚してしまう。時間にしておよそ二分間。たっぷりと私の舌を堪能したリアは、満足げな表情で唇を離してから、『赤ずきん』に得意げな表情を向けた。
「シルビアまで取ろうたってそうはいかないんだから! これでシルビアは私のモノよ、アンタなんかには渡さないからねッ」
「り、リア。落ち着いて―――」
 一度火が付いた口論は、水を掛けられようが止まらない。売り言葉に買い言葉で、『赤ずきん』は憐憫を瞳に宿しつつ、煽るような調子で言った。
「物理的にしか人を独占出来ないとは憐れですね。きっと数年後、貴方の周りからは『狼』さんも、そしてシルビアも居なくなっている事でしょう」
 ―――正に、その瞬間。リアの纏っていた雰囲気が、敵意から殺意のそれへと変化した。限界点の見えない煽りは、時に人を暴走させる。ミコトって人が時々リアの煽りを抑止していたのは、恐らく殺人鬼さんを本気で怒らせない様にする為だろうけど、『赤ずきん』にはその抑止が無かった。もっとはっきり言ったら、引き際を知らなかった。
「……ねえ、『赤ずきん』。流石に今の言葉は容認出来ないわ、取り消しなさい、今すぐ。今すぐ! 幾らパパが駄目って言っても、アンタがそれを取り消さないなら、私はアンタを殺すわ」
「勝てると思っているの?」
「勝てる勝てないの問題じゃない。私はアンタを殺す。世界で一番大好きなパパと、私の友達が居なくなるなんて、そんな事があっちゃいけない。でも有言実行という言葉がある様に、言葉にした瞬間、そこには可能性が生まれる……取り消せよ『赤ずきん』。その言葉は、俺にとっては最大級の侮辱だ」
 何とかしなきゃいけない。この喧嘩を放置してたら、きっといつか本当に殺し合う。でもリアの放つ殺気に、私の口は石化してしまったように動かなくなってしまった。『やめて』と一言いうだけでも、『落ち着いて』と一言いうだけでも、大分違うだろうに。そんな殺気を当てられても『赤ずきん』は顔色一つ変えず沈黙を貫いているから、いよいよ手に負えない。
 元々反りの合わなかった二人の仲を深めるなんて、やはり無謀な事だったのかもしれない―――そう思ったと同時に、リアとは別の大きな殺気が、発生した。




「…………起こすなって、言ったよな」




 ―――殺人鬼、さん。
 確かに騒がしくしすぎたかもしれない。でもそれが原因だったら、殺人鬼さんはもっと早く起きて怒っていた。今、このタイミングで覚醒した事を考慮すると、ひょっとして殺人鬼さんが起きるきっかけになったのは……リアの殺気?
「起こしたら殺す。半分脅しだが、半分脅しではない。騒がしくするだけならまだいいさ。だがお前達と来たら、いよいよ殺し合う時が来たとばかりに殺気を出しやがった。一度目という事で、今回は忠告もくれてやろう。殺人鬼が寝ている横で殺気を出すな。そしてリア、シルビアは今後の働きにもよるとして、俺はお前の世界殺しが達成されるまで離れるつもりは無い。そう怒るな」
 殺人鬼さんは次に、『赤ずきん』の方に視線を向けた。そして彼女の身体を容易く持ち上げると、傍に佇む湖の中へと全力で投げ込んだ。そのあまりにも突拍子もない行動に、殺意を露わにしていたリアも、今度ばかりは閉口していた。
「煽るのは勝手だ。喧嘩を売るのも勝手だ。だがお前に一つ言い忘れていたから、ついでに言っておこう―――俺の娘を不安にさせるような発言をするんじゃねえ、ぶっ殺すぞ」
 殺人鬼さんは私の方を一瞥して、目を伏せた。
「シルビア。誰かの介入でこいつらが相容れる事は無いから、そこを目的とするのは諦めろ。それとお前も寝ろ。十中八九この後も喧嘩するだろうが、それに巻き込まれたくないって事なら、俺の隣で寝ても良い」
「え?」
「本人同士の問題は本人達が解決するしかないんだよ。リアには『赤ずきん』の服が乾いて無事に寝るまで起きてもらう。『赤ずきん』もそれまではリアと話してもらう。そうやって暫くの間一緒に過ごしたら、ある程度は仲良くなるだろう」
「もし仲良くならなかったら、どうするんですか?」
「……知らんな。俺的には居心地が良いも悪いもどうでもいいから、環境を改善するか放置するかはリア次第だ。アイツが居心地よく過ごしたいんだったら、少なくとも暫くは『赤ずきん』と仲良くしなきゃいけない……って、もういいだろ。どうする? 俺の隣で寝るか?」
「………………では、お言葉に甘えて」
 水面からこちらの様子を窺っている『赤ずきん』を尻目に、私は殺人鬼さんの隣まで移動して横たわった。リアを放っとくのは気が引けたけど、でも私には何も出来ないって事が良く分かった。結局、リアの事を一番分かってるのは殺人鬼さん何だって事も、良く分かった。
 いつもは乱暴で、いい加減な殺人鬼さんだけど。私が感じたそれとは違ったモノを感じていた事からも、彼が如何にリアを大切に想っているか、良く分かった。







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