ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

仲良しこよし

 シルビアとリアは二度目という事もあって、比較的手早く準備を終えた。『赤ずきん』? 荷物何て無いので準備らしい準備は『闇衲』に背負われる事だけである。少年は……面倒なので袋に詰めた。
「パパッ! なんでソイツ抱っこしてんのッ? 私にはしない癖に!」
「貴方とは格が違うという事ですよ。そうですよね、狼さんッ」
「違うわボケ。これから行く道のりにバレンシュタイン家の関係者と遭遇しないとも限らん。俺がおぶってれば俺自身が盾となってコイツの姿を隠せるし、致し方ない事だ」
 というか眠い。思考が廻らない。万全の状態であれば存分にこの口論に付き合ってやるモノの、疲労の溜まっている今ではシルビア以外はまともに相手したくない。早い所会話を切りあげて出発したいのが本音だが、そこまで事態は上手く運ばないようで。
「じゃあ私はパパの胸に乗っかるもん! そうすれば移動も楽だしね」
「乗るな。殺す」
「じゃあ頭の―――」
「縊るぞ!」
 頬を膨らませたって、ちっとも可愛くない。こっちは異常に疲れていて、敵一人殺す事すらままならないかもしれないのに、こんな所でグズグズと時間を使っていると、その内意識を消失させる。もっとはっきり言えば、この場で寝る。シルビアの願いを叶えると言った手前それだけは避けたいのに、残りの二人がそれを難しくしている。
「リアはシルビアと手でも繫いでりゃ仲良しこよしの女の子って風に見えるから何の問題も無いだろうが。何だって俺に引っ付く」
「パパは私のモノだからッ」
 腰に手を当てて、無い胸を張って。リアは自信満々にそう言ってのけた。事実だが、使い処があまりにも乱暴すぎる。『闇衲』はリアの頭を片腕で掴んで、自身の頭の高さまで持ち上げた。
「俺は……眠いんだよ。お前と『赤ずきん』のクソみたいな取り合いに付き合っている時間はこれっぽっちも無いんだ。なあ頼む。今回は頼む。早く出発させてくれ」
「嫌よ―――」
 リアが言葉を言い終わる前に、彼女の頭部が壁に叩き付けられ、凄まじい激痛が彼女の全身に伝わった。ミコトと違って、リアは引き際を弁えていない。だから少しくらい流血する事になっても、文句は言えないだろう。後頭部からの出血にリアが目を細めると、『闇衲』は顔を近づけて、再度尋ねる。
「早く出発させてくれ」
「嫌よ!」
 どうやら半殺しにしないと分からないらしい。再び彼女を壁に叩き付けようとすると、今度は宙ぶらりんな彼女の爪先が持ち上がって顎に命中。頭部を揺さぶられた『闇衲』はリアを離し、赤ずきん諸共シルビアの方向へと倒れ込んだ。
「キャッ!」
 赤ずきんは即座に自分の背中から脱出したようだが、シルビアは間に合わなかったようだ。お蔭で衝撃が和らいだが、ものの見事に自分の下敷きになってくれている。
「さ、殺人鬼さん。重いです……」
「―――ああ、すまん」
 飛び起きるには一旦彼女の方へ体重を掛けなければいけないので、一般人がするように体勢を立て直し、してやったりと得意顔を浮かべているリアの頭を優しく撫でた。彼女としては予想外だったようで、顔を少し赤らめる。
「成長したな、お前」
 相手が何かしらの不備を抱えていても、それは容赦していい理由にはならない。いつだったか教えたその言葉は、どうやらリアの中でしっかりと生きているようだ。顎を蹴られた事には大層腹が立ったが、自分の教えてきた事は無駄ではなかったと分かったので、みずに流そう。
「とはいえ、今回に関しては留まっている理由は本当に無い。こんな死体だらけの町の中に俺達だけ居るのも不自然だからな。いい加減出発するぞ」
「おっけー! ……パパ。何か視線が安定しないけど、意識大丈夫?」
「気にするな。親子と言えど殺し合うならば容赦は要らず。むしろ生温いくらいだ。そう心配せずとも、お前が生きている限りは死なないさ、これからはもっと殺す気で来い」
 リアが急に態度を軟化させたのは、頼み方が悪かったのか、はたまた頭を撫でられた事がそんなに嬉しかったのか。改めて『赤ずきん』をおぶった直後に、後ろの方で『パパに撫でられちゃった、えへへ』等と言っていた為、恐らく後者。もしかしたらこちらが勝手に勘違いをしていただけで、リアは意外に扱いやすいのかもしれない。
「さて、クソみたいな茶番を流した事だし、出発するぞ」










 馬車を奪っておけば良かったと、どれだけ思った事か。もしも馬車の一台も所有していたなら、彼女達三人を荷物として隠す事が出来たのに、燦燦と照り付ける太陽の下で徒歩とは、自殺行為も甚だしい。
「パパ~熱いよ~……」
 先程までの元気はどこへやら、あまりにも目的地が見えぬ道に、遂にリアも弱音を吐き始めた。
「干からびて死ね。シルビア、まだ歩けるか?」
「はい……大丈夫、だと……オモイ…………」
 彼女も中々に限界が来ているようで、今は『闇衲』の身体に凭れながら歩くので精一杯。このままの調子で歩けば現実的に後二日。運が良ければ一日。何処かで一旦休憩を入れた方が良さそうである。
「パパー。ガルカとトストリスってどれくらいの距離だったっけ?」
「半日だな。だがあれはそういう作りでそうなっただけで、普通は町から町への移動はこうなるもんだ。徒歩だったらな」
 むしろ二日とか三日で辿り着けるなら、それすらも僥倖であると言える。自慢ではないが、『闇衲』は一度一か月を掛けて町から町へ移動した事がある。それに比べると、まだまだ短い。
「安心しろ。俺の記憶が未だ役に立つというのなら、日が暮れる頃には湖が見えるだろう。たどり着けないという事なら、今回はそこで野宿しよう。ガルカの奴等は全員殺したから、場所を取られてる心配はしなくていいだろうな」
「やったー! パパと一緒に寝れるッ?」
「どうせナイフ持って入ってくるんだろう。好きにしろよ、どうせお前はその前にボコボコにされて動けなくなるから」
「あー言ったわね! よっしゃ、見てなさいよ。パパを逆にボコボコにして、いつかのお返しでふんづけてやるわッ」
 そう意気込むリアは、既にナイフを手に持っており、明らかに気が早すぎる。今この場で刺しかかってきてもおかしくないのでは、と。そう思えて仕方がない。リアは露骨に上機嫌になって、先程までの疲労はどうしたのか、スキップしながら道なりに進んでいく。時折こちらに振り返っては、「早く行きましょうよ」と急かしてくるのも実に腹立たしい。
 四人と一匹が当面の目的地に着いたのは、それから数時間後の事だった。




















「さあーッ。狩りを始めるわよー!」 





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