ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

光を殱して闇を広げる 

今回は『イクスナ』を使う気はない。ミコトは家で待機させているし、何よりミコトにはこの町殺しが終わったら『暗誘』にでも押し付けて自分の近くから去ってもらおうと思っているのだ。そんな人物を頼るのはどうかと思うし、己の実力を鍛える為にも、リアがどうにかされない限りは使う事は無い。舐めているようにも聞こえるかもしれないが、『闇衲』は決して舐めているつもりは無い。むしろヒースを評価しているからこそ、敢えて『闇衲』は使わないのだ。
 顎を撃ち抜かれたヒースは直ぐに体勢を立て直して拳を放ってくるが、正にそれこそが『闇衲』の狙い通り。出鱈目な拳を回避して、隙だらけな脇腹に人を殺す拳とはどんなモノかを分からせてやる。
「ぐッおっとッ!」
 効いていない事は知っている。『  』を買い戻した後でさえまともに攻撃が効いているとは思えなかったのだから、この程度では攻撃が効いていないのも当然だ。ヒースは少しよろめいて後退するだけで、その余裕は未だ消えていない。
 そんなヒースが足を払われて無様に叩きつけられたのは、それから間もなくの事だった。視界の外からの攻撃にすっかり驚いてしまったヒースは受け身すらままならずに転倒。視界に入り込んできた顔を見て、ようやく理解したようだ。だから最初に『俺の娘も一緒だぞ』と言ってやったのに。
「どう、パパ? 私も少しはやると思わない?」
 即座に立ち上がろうとしたヒースの腹部に剣を突き立てて、それを制止。吐血の一つもしないのに腹が立ったので、取り敢えずその舐め腐った顔を渾身の力で踏みつける。
「中々綺麗な足払いだった。あの狂犬を家に放ったのは間違いでは無かったという事だな」
「そうね、パパにしては良い判断だったわ、褒めてあげる!」
「死ね」
 ヒースとの勝負を速攻でつける方法。それは戦いにするのではなく、一方的な蹂躙にする事。同じ土俵で戦った場合、長引けば長引くほど不利になるのなら、最初から有利を取って上からずっと攻撃をし続けるだけだ。ミコトにぶちのめされた時にやったように、彼は魔術を使って退避する事も出来るが、攻撃を加え続けていればその暇は無い。それ以外の抵抗は腹部に剣を突き立てているので碌に出来やしない。完璧な作戦である。因みにあの洞窟で自分も同じ状態になったが、あの時は『  』を買い戻した事による二次作用でどうにかした。幾ら第三位と言えども、彼に同じ事は出来まい。
「ほら、お前も協力しろ」
「はーい!」
 何処を、何て指定した覚えはないのに、リアは「パパが言うならしょうがないわよねー」等と言いながら、執拗に彼の局部を蹴り始めた。殺人鬼の娘にあるまじき、とんでもない急所攻撃である。
「―――ッ! ちょ―――ッ、お゛―――!」
 これはもう体が頑丈とか頑丈じゃないとかそんな話じゃない。たとえ痛くなかろうともそこを蹴られている事自体が屈辱的な事である。
「どうせこんな事されたってアンタは興奮してんだろ! この変態、クソ、マゾ、サド、レイプ野郎が!」
 今までの恨みが流れるように口から出てくる。何だか途中矛盾しているような言葉が見られたが気にしないでおこう。下手するとこちらも局部を蹴られかねない。まあそんな事をしてこようものなら彼女の性器から子宮を引っこ抜いてやるが。リアの股間蹴りに合わせて、『闇衲』はヒースの顔面を踏みつける。万が一にも引き抜かれたら困るので、剣からは絶対に手を離さない。
「はッ……汚ねえやり方―――だな! 正々、堂々ッ! 戦おうッとは、思わないのか?」
「俺達には最も縁遠い言葉だな。そもそも俺達は人を殺すのを得意としてるだけで戦う事を得意としてる訳じゃない。禁じ手を使用しなきゃまともに勝負にすらならないのに、正々堂々戦おうなんて思う訳がないだろうが」
 もう百発以上も蹴りをぶち込んだ気がするが、ヒースの余裕がまるで崩れない。リアが局部を蹴る度に全身を痙攣させているが、それでも吐血はおろか汗すら流れない。一応まだ『暗誘』には周囲の調査に当たらせている(正確にはそれを頼んだっきり会っていない)が、その彼が特に行動を起こしていない事から、決してこれが分身や偽者の類で無い事は分かっている。なのに……何故。
 『闇衲』は蹴るのを止めて、ヒースの頭を持ち上げた。リアに関しては特に何も言っていないので、未だ男殺しの股間蹴りは続いている。
「丈夫な体だな。俺はもう原型も留めないくらい蹴ったと思ったんだが」
「へえ、そうだったのかあ。まあ、俺が効いていないのには訳があるんだけどね? 教えないぞお、お前がお嬢ちゃんをくれたら、話は別だけれども」
「なら教えずとも良い。幾ら身体が強靭であっても人は死ぬからな。たとえ最強の騎士団の三位たるお前だったとしても、例外は無……」
 そこまで言った所で、力なく動いたヒースの両手が『闇衲』に触れた。顔だけは未だ余裕を保っているが、自分を掴むこの手はとても力なく、やがてもうすぐ力尽きるだろうという事は素人だったとしても理解出来る。この状況から一体どうやって戦局を覆すのだろうか。ここから渾身の力を振り絞って頭突きでもするか? ならば受けてやろう。一発くらい頭突きを喰らってしまっても、この圧倒的に有利な状況が覆る事何て無いのだから―――




「そうだな。幾ら俺でもこれはちょっと辛い。申し訳ないが―――引き受けてくれよッ!」




 その言葉と共に『闇衲』を襲ったのは、顔を潰されたかのような激痛と、局部に叩きつけられた突き抜けるような痛みだった。

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