ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

ただ自由に在れ

 どんな計画で、どのように殺していくか? 知った事じゃない。
 殺しにおいてはどっちを優先するべきか? そんなモノ、愉しさに決まっている。
 誰かに気付かれたら困る? 殺せばいい。殺しの最短ルート? そんなモノ気にする必要は無い。最短で行こうが最長で行こうが、殺している事に変わりは無いのだから。
「ひ、ひいッ! ど、どうか命だけは……!」
「ダーメ♪ それじゃ―――サヨウナラ」
 リアのナイフが男の胸へと突き立てられる。普段であれば抵抗の一つも出来ただろうに、現在の時刻は夜。戦いは油断が命取りとも言うが、まさかここでそれが問われるとは男も思っていなかったようだ。何とか会話をして時間を引き延ばし、反撃する作戦はあったようだが、今のリアにはどんな小細工も通用しない。彼女の突き立てたナイフが根元まで肉に埋まった時、男は事切れた。その光景を糸の切れた人形と表すのは正にその通りで、彼の場合は眠っていなかった事が死に様に直結している。その顔を見てやると、何とまあ分かりやすく絶望に染まっている事か。
「良し、次だな」
 『闇衲』は娘を連れて外へと躍り出る。これで二十数人目。まだまだ夜は終わらない。自由で愉快な殺戮の夜は、始まったばかりなのだ。
「あーあ、本当はもっと面白い殺し方したかったんだけどなー。まあ、いいわ。次は何処にしようかなー」
家族構成とか、起きているのか否かとか、本当にどうでもいい。リアが行きたい場所に行って、そこで殺すだけ。間違ってくれても構わないが、『闇衲』は決して死神ではない。確かに魂を大量に略奪する、或いは魂を冥府に導くという考え方で言えば正しいかもしれないが、死神と殺人鬼とでは決定的に違う点が一つある……そう、死に様を選ばせてくれるかどうかだ。
 死神は魂を導く事こそが仕事であるが故に、それに繋がる部分は軽視している。一方で殺人鬼は、殺す事に目的を置いている者も居るには居るが、やはりそれに繋がる部分の方を重要視している者だって存在する。分かりやすく言えば、
「魂ちょーだい! 死に方は任せるから、ね? ね? お願いッ」
 と言っているリアは死神で、
「好きなように死なせてくれ? 何でアンタは自由に死ねると思ってるの? 立場が分かってないようなら言うけど、アンタ、今玩具だよ。こんな風に遊んでくれって玩具が言ったって、持ち主には知った事じゃないでしょ?」
 と言っているリアは殺人鬼だ。どちらが低俗で、どちらが高潔なのかは言うまでもないが、この辺りを勘違いしている人間は多くいる。先程もそんな勘違いをしている人物が必死に『最後のお願いを聞いて欲しい』と頼み込んできたものだが、無視して殺してやった。願いすらも踏み躙られて、あの女性はどんな気持ちだったのだろうか。
「パパッ! 今度はここにしよ!」
「ん。ああ、人は……気配からして三人。もう既に就寝しているようだな」
 であれば音を立てずに入るのが吉か。扉を開けようとすると魔術で施錠されていたので、仕方なしに『イクスナ』で扉を買い取ってから開ける。入った瞬間には誰も見えなかったが、気配は二階にあるので当然である。しかしながら……歩かなくても分かる。これは普通に歩こうとすると大きな音が鳴りかねない。
 これで誰かに存在を勘付かれたら先程の様に普通に殺さなくてはならないので、リアの事を思うならばああいう事態は一度で十分だ。
「リア。俺の前に来て力を抜け」
「はーい♪」
 ここまで愉快な彼女はおよそ見た事が無い。こんな事をしても尚シュタイン・クロイツを見かけないからか、或いは自分と赤い糸で繋がっている事がそんなに嬉しいのか。どっちでもいいが、正直に言って今回は非常に殺りやすい。
 やけに素直な返事をしてから、言われるがままにリアは自分の前へ。『闇衲』は彼女の膝裏と背中を抱き上げて、徐に歩き出した。先程は音が鳴りかねないとは言ったが、どんなに軋むつくりになっていても床は床。音の鳴らない、または最小限に抑えられる場所は確実に存在する。リアの重さを引き受けていようがなんだろうが、そういう場所は確実に存在する。だから『闇衲』は全身の神経を研ぎ澄ませて、軋みの傾向を探っている。爪先で前方僅かの床板をつつき、確認し、最小限と思われる場所を選択する。その繰り返し。当然ながらこの傾向が階段まで都合よく繋がっているとは限らないが、それはそれでいい。どうせ跳躍で何とかなる。
―――この辺りか。
 丁度いい距離を測ってから、『闇衲』は二階に続く階段へと跳躍。宿場町にしては珍しく地下の階段もあるので、間違えたら大問題だった。
「爪先に発生した重さを一定の速度で上半身まで流していけば、たとえ跳躍しても騒音は鳴らない。覚えておけ」
 気配の睡眠を妨害しない様に小声で言ってから『闇衲』は踊り場まで音も無く移動。リアを下ろした。
「パパってば、時々修行をしている時みたいな事言うよね」
「嫌だったか?」
「全然ッ。親子の共同作業はやっぱりこうでなくっちゃ」
 リアは駆け出したい気持ちを必死に抑えながら―――それでも抑えきれていないようで、自分が先導していた筈が、気づけばリアが前になっている―――ゆっくりと階段を上っていく。まだまだ未熟な証か、やはり階段を少しだけ軋ませてしまうが……幸運な事に、いびきの煩い奴が気配の中に存在したので、問題は無い。まさかいびきなんかが生死の命運を分けるとは思わないだろうが、これで詰みだ。
「で、今回はどんな殺し方をするんだ?」
 この町殺し、共同とだけあって案はリアからも出てくる。確かに殺しは愉しいかもしれないが、自分はそれ以上にリアがどんな提案をしてくるかを愉しんでいる。そこには打算的な企みも、嫌味を含んだ意味も無い。只、娘がどんな風に成長しているのかを知るいい機会というだけだ。
「……パパ。隣で人が死んだら、やっぱり他の人って起きちゃうよね」
「まあな」
 気づかないのはよっぽど死に慣れている強者か、大馬鹿くらいなモノである。
「じゃあパパは一人……子供の方を殺しておいて、手段は任せる。私はこの男と女の人を殺すから」
「ああ、分かった」
 ではこちらも、少しくらいは愉しんでみようか。リアの指示を聞く限りじゃ、どうやら今回は殺した後の事を重点に殺す必要がありそうなので、『闇衲』は真ん中で眠っている女性の眠り具合を確認してから、平和そうに眠る少年の口内に両手を突っ込んで、上下の顎をこじ開けるように引き裂いた。一瞬少年が何かを発音したような気がするが、気のせいだ。既に事切れた存在にはとやかく言わない。
 引き千切れた上顎は投げ捨てようとも思ったが、何だか帽子に形が似ているような気がしたので被ってみると……大きさが合わなかった。残念である。しかし、新たなる用途を開拓したのに捨てるのは勿体無い。自分が被れなくても他の者が被れればそれでいい筈だ。貴族だってボロボロになった服を奴隷に与える事も有ると言うし。『闇衲』は傍らで何やら仕込んでいる途中のリアの頭に上顎を乗せてみると……やはり無理があったか、リアでも大きさが合わない。
 とはいえ何故か落ちないので、そのままにしておこう。
「―――良し、出来たわ」
 リアは『帽子』に手を当てながら、己の作り上げたそれに興奮していた。身体を傾けて覗き込むと、寝台の足元には、良く分からない文字で作り上げられた円陣が書き込まれていた。それを見た直後は何をやったのか分からなかったが、幾ら素人の自分でも少し推理すればすぐに分かる。これは魔法陣という奴だ。そういえば彼女の元居た世界にも魔術はあったのだった。殺人にそれを利用したとしても不思議は無い。因みに『闇衲』は魔術を利用した殺しなどした事もないので、彼女が何をするのか、非常に興味があったりする。尋ねるのも良いだろうが、ここは一つ眺めてみようか。
「流れたる生命の川よ、収束の時は来た―――『束蒐コンセイク』」
 リアの呟きは魔術となって発言し、現象は必然のモノとして起こり得る。リアの詠唱が終わった瞬間、寝台の足元に描かれた魔法陣が光り輝き……刹那、男の体内から鮮血が蛇のようにうねりながら飛び出してきた。
 こんな状態が無音であっていい筈が無く、直ぐに隣で眠っていた女性が目覚めて早々に事態を理解するが、それが運の尽きだった。
 人間は驚くと、それをどう表現していいか分からなくなって、口を開ける事がある。今回の女性は例に漏れずそうする類で、それこそリアが求めていた行動。生き物の様にうねる血液は、次の瞬間、呆然とその光景を見ていた女性の口内へと流れ込んでいった。


 成人一人分の血液が、幾ら成人とはいえ女性……それも一人に集中すれば、その先には何が待っているのか。魔術を使わなければ出来ない為、想像する事は難しいだろうが―――単純に、こう考えればいい。
 カップいっぱいに注がれた液体の上から、更に液体を注ぎ込んだ時、それはどうなるだろうか……と。
結果は、推して知るべしだ。








 

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