ダークフォビア ~世界終焉奇譚
死を吼える~始動
襲う家を間違えた。
『闇衲』の目の前には二つの死体が立ち並んでいるが、どちらも性別は女性である。服を頂戴するつもりだったのに、これでは丁度良い服が見つからない。一応箪笥の中を漁ってはみるが、無駄な足掻きだ。時間帯的にはもう朝日が昇っている頃で、外に人が居ても意外性は無い。こんな格好で外に出たら夜這いでも仕掛けに言ったのかと邪推されるし、それで死体が見つかったらそれはそれで面倒だ。だからここは何としても服を頂戴したいのだが、如何せん漁っても漁っても出てくるのは女性服ばかりで、少々躊躇われる。
『闇衲』は本名を知らない者に容姿を偽れるが、それでも性別だけは偽る事は出来ない。この技術は魔術何かでは無いのだ、ちゃんと限界は弁えられている。故にこそ今、自分は困っている訳だが、ここでそれを喚いても仕方がない。魔術に関してド素人な自分が悪いのだから。
特に名案らしき名案は思い浮かばないが、それでも閃けばいいかなと思って、悪戯に女性服を切り裂いていくが、丁度いい形にはならない。元々が女性服なので当たり前なのだが、もしかしたら……そう思って続けたのが愚かしく思えるくらい、既に目の前の布は原型以前に形を留めていなかった。もうこれは、何なのだろう。只服を細切れにしたと言われても不思議は無いというか、そう言われたら自分も納得するというか……使い方が分からなくなったので、取り敢えず死体のあらゆる穴に詰めて、体液の漏出を防ぐ。
さて、これ以上同じ事をしても同じ結果が帰ってくるだけで、結局同じ問題に行き当たってしまう。意味の無い行為は好ましくないから、流石にこれ以上は切り刻みたくない―――どうすればいいやら。
方法の一つとして、色々な服を繋ぎ合わせて新たな服を作るという方法があるが、もしもこの死体に友人が居た場合、作っている間にこちらを訪ねてくる可能性がある。人々が道を行き交う時刻と来れば当然昼か夕方なので、その友人まで殺そうものなら今度は他の者に目撃される。更にそいつを殺しても今度は他の者が……と無限に繰り返すのは勘弁だ。だからその方法だけは取りたくない。それに、やはり自分にそのようなセンスが無い事は自分が一番良く分かっているので、もしかしたら裸よりも恥ずかしい服を作ってしまう恐れがある。そこまで考慮すると、この方法は絶対に実行するべきではない。
もう一つの方法として、屋根を伝ってどうにか拠点まで帰宅。適当な服を調達するという方法があるが、この町の構造上、接していない屋根は本当に少しも接していない。道を挟んで向こう側の屋根に飛べばいいだけの話だろうが、自分にそんな跳躍力があったかは正直疑わしい。『 』を買い戻せば可能だろうが、そんな事の為に買い戻すと後々が厄介だ。それはそれでやりたくない。
もう一つは……何とか女性に変装する。うん、無理だ。ここで一応言っておくが、決して性別や人格を勘違いされる事を恥ずかしいと思っている訳では無い。殺人鬼とバレなければなんだっていいし、自分一人の問題であれば甘んじて受けよう。
だが、今回の問題はこれからの活動に関わってくる。変に目立てばこれから殺しにくいし、せっかくシュタイン・クロイツがこちらを特定できていないのに、その利も無に帰してしまう。何より自分が目立てば仮にもそれの娘であるリアも余計注目を浴びてしまう。それは困る。非常に困る。だから出来もしないのに女性になろうなんて思うのは間違いで、やはり人間諦めが肝心だ。男が女性に代わる事は出来ない。これは真理である。
「…………うーむ」
思いつく限りの方法は全てやるべきではない。だがやらないと問題そのものが解決しない。準備運動のつもりで殺してしまったが、どうやらこの町を殺しうる切っ掛けの一手としなければ無理そうだ。『闇衲』は二つの死体を担ぎ上げて、外へと消えていく。
「おおおおおおおおおおお!」
「もう、食事中くらい静かにしてよねッ!」
朝も夜も……と言っても昨日はよく眠れたが、そう何度も襲われると流石に慣れてくる。少年は殺気を隠そうともしないし、感じすぎて今やその殺気は生活の一部だ。視覚や聴覚に頼らずとも攻撃は防げるし、彼が今何処にいるのかも正確に掴める。
もっと言ってしまえば、もう物足りない。今も攻撃を防げているのは、彼が馬鹿正直に脳天にばかり攻撃を放ってくるからであり、そうでなければリアは重傷を負っていただろう。最初こそ焦ったが、この少年との戦いからは、いつしか恐怖という感情が無くなっていた。六十三回目の金属音が響き渡ると同時にリアはもう片方の手で武器を抑え込んで身を翻す。舌の無くなった少年がそれこそ狂犬のように眉を寄せてこちらを睨みつけている。見ていると何だか面白い。煽る様に笑ってやると、少年は出し抜けに拳を放ってきたが、『闇衲』の攻撃を知っていると、それがあり得ない程に遅い事が良く分かる。
まず振り方が駄目だ。『闇衲』の拳は常に最短距離―――真正面から迫ってくるが、この少年は拳を迂回させるように殴ってくる。要は脇ががら空きな訳だ。確かに首を刈り取る様に腕を振る技はあるが、少年のこれは只の拳打。であれば隙だらけにある事に変わりはなく、素人であっても抑え込める。この少年もいい加減にそれを学習したらいいのに、まだそんな攻撃が当たると思っているのか。今までだって一度も当たっていないのに。
リアは『闇衲』との修行を思い返すように腕を取ってから、脇腹に肘鉄を打ち込んだ。少年の体は横向きに大きく曲がってから吹き飛び、ささくれの出来ている壁へと叩きつけられる。そんな事で少年の殺意が萎える事は無かったが、彼が再びリアへと飛び込んでいった瞬間……何かを察したリアは玄関まで後退して、ナイフを構えるのをやめた。
「シルビア。私を待ってくれるのは嬉しいけど、もう食べてていいわよ。もうすぐ終わるから」
「え?」
女性の言葉に聞く耳を持とうともしない少年は、そんな言葉に思考を展開する事すらなく、ナイフを振り上げながら再びリアへと駆け出していった―――その刹那。
「帰ったぞ」
乱雑に扉が蹴飛ばされた事で、その扉が少年に命中。左右の警戒など全くしていなかったモノだから、少年は勢い余って斜め前方へと吹き飛ばされる。
「ん? 何だお前か。シルビアだったらどうしようかと思ったが、気を付けろ」
この手の攻撃に関して『闇衲』の優先度は何よりもシルビアである。それは彼女が何処までも凡人たる証拠で、もしも彼女だったのなら『闇衲』は直ぐに助け起こしただろう。
結果的には気の触れた少年だったので、問題は無いが。
「あ、パパお帰りなさいッ……って、何で血塗れなの?」
「それに何で裸なんですか?」
その理由は自分とリアのみぞ知る。『闇衲』は床に雑に置かれている服を再び着用してから、何事も無かったように話を切り出した。
「ちょっとした失敗をしてしまってな。もう切っ掛けは作ったから、今日から本格的に殺していくぞ」
『闇衲』の目の前には二つの死体が立ち並んでいるが、どちらも性別は女性である。服を頂戴するつもりだったのに、これでは丁度良い服が見つからない。一応箪笥の中を漁ってはみるが、無駄な足掻きだ。時間帯的にはもう朝日が昇っている頃で、外に人が居ても意外性は無い。こんな格好で外に出たら夜這いでも仕掛けに言ったのかと邪推されるし、それで死体が見つかったらそれはそれで面倒だ。だからここは何としても服を頂戴したいのだが、如何せん漁っても漁っても出てくるのは女性服ばかりで、少々躊躇われる。
『闇衲』は本名を知らない者に容姿を偽れるが、それでも性別だけは偽る事は出来ない。この技術は魔術何かでは無いのだ、ちゃんと限界は弁えられている。故にこそ今、自分は困っている訳だが、ここでそれを喚いても仕方がない。魔術に関してド素人な自分が悪いのだから。
特に名案らしき名案は思い浮かばないが、それでも閃けばいいかなと思って、悪戯に女性服を切り裂いていくが、丁度いい形にはならない。元々が女性服なので当たり前なのだが、もしかしたら……そう思って続けたのが愚かしく思えるくらい、既に目の前の布は原型以前に形を留めていなかった。もうこれは、何なのだろう。只服を細切れにしたと言われても不思議は無いというか、そう言われたら自分も納得するというか……使い方が分からなくなったので、取り敢えず死体のあらゆる穴に詰めて、体液の漏出を防ぐ。
さて、これ以上同じ事をしても同じ結果が帰ってくるだけで、結局同じ問題に行き当たってしまう。意味の無い行為は好ましくないから、流石にこれ以上は切り刻みたくない―――どうすればいいやら。
方法の一つとして、色々な服を繋ぎ合わせて新たな服を作るという方法があるが、もしもこの死体に友人が居た場合、作っている間にこちらを訪ねてくる可能性がある。人々が道を行き交う時刻と来れば当然昼か夕方なので、その友人まで殺そうものなら今度は他の者に目撃される。更にそいつを殺しても今度は他の者が……と無限に繰り返すのは勘弁だ。だからその方法だけは取りたくない。それに、やはり自分にそのようなセンスが無い事は自分が一番良く分かっているので、もしかしたら裸よりも恥ずかしい服を作ってしまう恐れがある。そこまで考慮すると、この方法は絶対に実行するべきではない。
もう一つの方法として、屋根を伝ってどうにか拠点まで帰宅。適当な服を調達するという方法があるが、この町の構造上、接していない屋根は本当に少しも接していない。道を挟んで向こう側の屋根に飛べばいいだけの話だろうが、自分にそんな跳躍力があったかは正直疑わしい。『 』を買い戻せば可能だろうが、そんな事の為に買い戻すと後々が厄介だ。それはそれでやりたくない。
もう一つは……何とか女性に変装する。うん、無理だ。ここで一応言っておくが、決して性別や人格を勘違いされる事を恥ずかしいと思っている訳では無い。殺人鬼とバレなければなんだっていいし、自分一人の問題であれば甘んじて受けよう。
だが、今回の問題はこれからの活動に関わってくる。変に目立てばこれから殺しにくいし、せっかくシュタイン・クロイツがこちらを特定できていないのに、その利も無に帰してしまう。何より自分が目立てば仮にもそれの娘であるリアも余計注目を浴びてしまう。それは困る。非常に困る。だから出来もしないのに女性になろうなんて思うのは間違いで、やはり人間諦めが肝心だ。男が女性に代わる事は出来ない。これは真理である。
「…………うーむ」
思いつく限りの方法は全てやるべきではない。だがやらないと問題そのものが解決しない。準備運動のつもりで殺してしまったが、どうやらこの町を殺しうる切っ掛けの一手としなければ無理そうだ。『闇衲』は二つの死体を担ぎ上げて、外へと消えていく。
「おおおおおおおおおおお!」
「もう、食事中くらい静かにしてよねッ!」
朝も夜も……と言っても昨日はよく眠れたが、そう何度も襲われると流石に慣れてくる。少年は殺気を隠そうともしないし、感じすぎて今やその殺気は生活の一部だ。視覚や聴覚に頼らずとも攻撃は防げるし、彼が今何処にいるのかも正確に掴める。
もっと言ってしまえば、もう物足りない。今も攻撃を防げているのは、彼が馬鹿正直に脳天にばかり攻撃を放ってくるからであり、そうでなければリアは重傷を負っていただろう。最初こそ焦ったが、この少年との戦いからは、いつしか恐怖という感情が無くなっていた。六十三回目の金属音が響き渡ると同時にリアはもう片方の手で武器を抑え込んで身を翻す。舌の無くなった少年がそれこそ狂犬のように眉を寄せてこちらを睨みつけている。見ていると何だか面白い。煽る様に笑ってやると、少年は出し抜けに拳を放ってきたが、『闇衲』の攻撃を知っていると、それがあり得ない程に遅い事が良く分かる。
まず振り方が駄目だ。『闇衲』の拳は常に最短距離―――真正面から迫ってくるが、この少年は拳を迂回させるように殴ってくる。要は脇ががら空きな訳だ。確かに首を刈り取る様に腕を振る技はあるが、少年のこれは只の拳打。であれば隙だらけにある事に変わりはなく、素人であっても抑え込める。この少年もいい加減にそれを学習したらいいのに、まだそんな攻撃が当たると思っているのか。今までだって一度も当たっていないのに。
リアは『闇衲』との修行を思い返すように腕を取ってから、脇腹に肘鉄を打ち込んだ。少年の体は横向きに大きく曲がってから吹き飛び、ささくれの出来ている壁へと叩きつけられる。そんな事で少年の殺意が萎える事は無かったが、彼が再びリアへと飛び込んでいった瞬間……何かを察したリアは玄関まで後退して、ナイフを構えるのをやめた。
「シルビア。私を待ってくれるのは嬉しいけど、もう食べてていいわよ。もうすぐ終わるから」
「え?」
女性の言葉に聞く耳を持とうともしない少年は、そんな言葉に思考を展開する事すらなく、ナイフを振り上げながら再びリアへと駆け出していった―――その刹那。
「帰ったぞ」
乱雑に扉が蹴飛ばされた事で、その扉が少年に命中。左右の警戒など全くしていなかったモノだから、少年は勢い余って斜め前方へと吹き飛ばされる。
「ん? 何だお前か。シルビアだったらどうしようかと思ったが、気を付けろ」
この手の攻撃に関して『闇衲』の優先度は何よりもシルビアである。それは彼女が何処までも凡人たる証拠で、もしも彼女だったのなら『闇衲』は直ぐに助け起こしただろう。
結果的には気の触れた少年だったので、問題は無いが。
「あ、パパお帰りなさいッ……って、何で血塗れなの?」
「それに何で裸なんですか?」
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