ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

狂気の少年

 幸運が立て続けに舞い込む事なんて、そうそうあった事じゃないけれど、災難が立て続けに起こる事はよくある事だ。今のこの光景を見ていると、そう思わざるを得ない。タダでさえ『闇衲』達にはシュタイン・クロイツの撃破という難解な仕事が残っているのに、これは……もう、どうしたものか。
 拠点の中から慌てた様子で飛び出してきた『闇衲』に合わせて、こちらも屋根から飛び降りる。中々に目立つ行動だが、町民は……主に女性はこちらの行動を気にしている余裕は無い。特に誰からも咎めを受ける事は無く、『闇衲』の傍らに着地する事が出来た。
 無論、リアからは見えない様に。


「死ねえ! 死ねよ! 女は死ねえええええええええええあああああああああああああああああああ!」


 ナイフを振り回しながら発狂している少年は、逃げ惑う人々、主に女性を次々と刺していった。一撃で全てを終わらせる主義らしく、彼が一度刺した女性は皆、息絶えている。
「……あれは何だ?」
 『闇衲』の脳が理解する事を拒んだ。やはり『事態』というモノは、もっと脈絡があって、合理的で、現実的である筈なのだが、何故か目の前の光景はそれを全力で否定しにかかってくる。一見してシュタイン・クロイツと何の関係も無い緊急事態に、取り敢えず説明を求めたい。出来れば傍らに居る『暗誘』に。
 その視線が届いたのか、彼は拠点内部に居るリアの方を気にしながら、肩をすくめる。外に居た自分にも何が何だか分かっていない、とでも言うように。
「ねえ、パパ。一体何が―――」
「出るな!」
 こちらの姿が認識される前に扉を蹴っ飛ばして、間接的にリアを弾いた『闇衲』には感謝しなければならない。死んだと思っている人間がこんな所に居たら彼女は驚いてしまうだろうし、何より外で暴れている少年の言葉を聞く限り、年齢に例外は無い。リアは変に美人なお蔭で一瞬で女性だと気づかれるので、『闇衲』の判断は最善のモノだと言える。
「……えーと、一応聞いておくが、あれはシュタイン・クロイツの手先って訳じゃ無いんだよな」
「分からない事は何も分からないですよ。只、シュタイン・クロイツに関係しているって事なら、『殱光』と折り合いがつかないんじゃないんですかね」
 一理ある。あの少年が一位か二位でもない限りは、『殱光』と喧嘩になって死ぬだろう。戦った事があるからこそ分かるが、あの男はそれ程までに強大だった。もしも今、暴れているのが彼ではなく『殱光』だったのであれば、考える余地すら無く『闇衲』は再び『  』を買い戻して戦った。それと比べると、まだ傍観する余裕があるだけこの少年は強くない。そう言っても良い。だからと言ってこの事態を放置する道理は無いのだが。どうしたものか。
「男が止めに入れば止まるのかと言われれば……いやあ、どうだろうな。無茶苦茶に暴れられそうだ」
「まあ刃物振り回してる子供に近づく大人とか、俺としては大分ヤバい類の人間だと思うんですけどね」
「当たるという想像をするから素人は恐れる。一方で少し戦った事がある人間であれば、当たらなければどうということは無い事を知っている。経験の差だな」
 困ったのは、昨日中にシュタイン・クロイツを撃退してしまった事だ。いや、撃退するしか無かったのだが、もしも撃退せずにリアをどうにか出来たのなら、あの少年を彼等に処理させるという方法があった。だが最低でも一日くらいは猶予が生まれてしまった以上、ことこの状況において最も被害の少ない方法が取れなくなった。やはり良い所尽くしな結果など無いという事か。
「いやあ、俺としては達人の方が刃の軌道が読みやすいから好きですけどね。素人はどうも軌道がおかしくておかしくて」
「ふむ―――」
 これ以上ガルカの人々を殺されるのは中々困る。これではまた、リアの仕事が無くなってしまう。というかあの集団を『暗誘』に皆殺しにされた以上、出来ればリアには思う存分殺させてやりたい。シュタイン・クロイツ以外の面倒事に関わるのは勘弁だが、それと娘の教育を天秤にかけるのであれば、悩むまでも無い。
 『闇衲』は狂気の少年へと近づいて(顔を覚えられたら不味いので、一応容姿は変えておく)、その片腕をしっかりと握りしめた―――刹那。少年は両足を『闇衲』の首に絡めてから身を捻り、その体を地面へと叩きつけた。体格差をものともしない反撃に、少しだけ驚いてしまう。
―――成程。少しくらいは出来そうだ。
 尺度で言えば、リアよりは愉しめそうである。投げ飛ばされた方向に受け身を取って『闇衲』は後退、出鱈目に拳を構えて迎え撃とうとするが、少年はこちらの事など眼中に無いかのように、再び女殺しを始めた。
 どうやら少しでも距離が生まれると、男性に限っては狙わない方針らしい。女性はどれだけ離れても殺す所から、並々ならぬ執念が窺える。


 …………ん? 女性だけを狙う?


 『闇衲』はもう一度少年へ近づいて、その腕を掴む。再び少年が両足を絡めようとしてきたが、今度はすかさず頭を引いて拘束から抜けると、馬鹿の一つ覚えで技を掛けてきた少年は転倒。無様に倒れ込んだ。
「待て待て。お前がどうして女性を殺そうと思っているのか分からないが……一つ問いたい。もし殺しにくい女性が居たら、お前はそれに興奮するか?」
「あああああああああああ離せええええええええええええええええええええ―――!」
 どうやら狂犬を手懐ける為には、まず鞭を入れる必要がありそうだ。今にも何処かに噛みつきそうな口に一発蹴りをぶち込んでやる。
「がボッ!」
 反抗的な目つきが消えない。
「ぐッ!」
 苛立ったのでもう一発。
「ガッ…………ん!」
 歯が折れてしまった様だが、まだだ。噛みつく歯が残っている。いや、それよりもまず、自分の足に組み付いてくる腕が邪魔だ。ナイフを取り出して、出鱈目に突き刺す。急所を狙う必要は無い。まずはその、抵抗をする意思を徹底的に削ぎ取らなければ。
「落ち着いたか?」
 尋ねつつ二の腕を、肘を、手首を、腹を、足を。周りには女性の死体が転がっていて、その犯人は自分の足元に居る少年なのは、既に遠くに避難している町民が良く知っている筈なのだが、突如として現れた男により、傍から見ればこの惨劇の犯人は、現在進行形で少年を虐げている『闇衲』としか言いようがなかった。その足元には夥しい量の血液が広がっており、血溜まりが広がるにつれて、少年の動きは目に見えて弱弱しくなっていく。
 そろそろ頃合いだ。『闇衲』は少年の口内に刃物を突き付けて、最後の問いを投げかける。
「落ち着いたか? 少年。俺は別にお前を殺したい訳じゃ無い。むしろメリットを提示しようとしているんだ。さあ、そろそろ生命の潮時だ。もう一度だけ尋ねよう。お前は殺しにくい女性が居たら、それに興奮するか? 何としても殺そうと躍起になるか?」
 少年の答えを聞いて、『闇衲』は満足そうにナイフを振り上げた。




















「あの……後処理は構いませんけど、俺の『暗示』が無かったら、どうするつもりだったんですか?」









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