ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

一難も去らず一難は重なり続ける

「それじゃあ、改めて会議をしましょうか」
 どうして主導権をミコトが握っているのかは分からないが、今の状態のリアに任せるよりかは幾分マシなので黙っておく。実力行使も考えたが、真っ向勝負であればミコトは『闇衲』を秒殺出来るので、抵抗自体が無駄な事。ここは余計な傷を負う事を避ける為にも……やはり黙っておいた方がいいだろう。
「まず、私達の敵について明確にしておきましょう。『闇衲』」
「はいはい。俺達の敵は宿場町ガルカの町民全員と、『赤ずきん』を追う騎士、シュタイン・クロイツ。本当は数百人の雑兵も居たんだが、既に処理済みだ。まだ戸惑ってる頃かもしれないが、直に土に還るだろう」
 もしもあそこで雑兵すら処理できていなかったら総当たりで位置がバレた恐れがあるので、最悪だけは回避できて良かった。
「で、シュタイン・クロイツの二人はそれぞれ第十位と第三位。リアを襲ったの第三位の方ね。この二人が生憎と厄介で、それぞれの異名が『殱光』と『天運』。『天運』はその類まれなる運の強さから、『殱光』は、本気を出したアイツによって滅んだ街には光すら注がなくなるから……とか。『殱光』の方はちょっと胡散臭いけど、でも強さは本物。『闇衲』も死にかけたし」
「まあ……否定は出来ない。『  』を買い戻さなきゃリアは多分レイプされていたし」
「え、今何て言ったの?」
 主な会話の相手がミコトだったせいで、思わず禁句を口にしてしまった。間抜けである。他でもない自分が過去を隠しているのに、その過去に迫れるような言葉を口にしてしまうなんて。会話の間何て気にもしないで割り込んできた辺り、『  』はリアの興味を惹いてしまったようだ。
 まあ、問題ないのだが。
「……『  』だが」
「え? 何?」
「お前じゃ発音も出来ないし、聞き取れない。何度言っても同じだから諦めろ」
 発音できるのは古くからの知り合いであるミコトだけだ。シルビアも、そして『良い子』の赤ずきんと言えども、この単語ばかりは理解出来ない。というか、その気になれば三人に一切聞き取らせずに会話したって良い。それをしないのは、これは『闇衲』とミコト二人だけで解決出来る問題では……なくも無いが、リアやシルビアの教育の為にならないのはちょっと困る。
 レイプされかけたという恨みもあるだろうし、出来る事ならばこの町殺しにリアを絡ませていきたいのが父親の本音だ。
「確かにリアじゃまだ聞こえないかもね。でもま、アンタだったらいずれ聞こえるようになると思うよ」
「お姉ちゃんは分かってるの?」
「勿論。コイツとは友人だもの。分からなきゃおかしい」
「そろそろ話を続けてもいいか? 町民は眼中に入れる必要が無いとして、問題はこの二人だ。リアに目を奪われたせいで『殱光』は単独行動を取ったが、普通は二人一組。何をしようと離れる事は無い筈だ。改めて言う必要があるか分からないが、真っ向勝負という作戦は無い。ミコトと俺が全力で戦えば可能だとは思うが、危険性を感知されるのはよろしくない。次から殺しにくくなるし、何より誰かを殺し損ねた場合、この大陸にとどまらず、他の大陸にも俺達の名前が知れ渡ってしまう。そうなったらリアの復讐とやらは殆ど不可能な状態……所謂、詰みになる」
 それに真正面から殺しても何も面白くない。殺人鬼は一方的な殺戮こそを至高としているのに、お互いに命を懸けた戦いに身を投じるなんて正気じゃない。気が触れている。そんなモノで得をしているのは戦士だけだ。
 何より真っ向勝負なんて、自分やミコトはともかく、少し人の殺し方を知ってる程度のリアには到底真似できないだろう。そういう理由から、戦闘という手段はあまり取りたくない。
「一応言わせてもらうけど、『天運』が居る以上、絶対は起こらない。もしかしたら私だって、殺されるかもしれない。そのもしもを考えると、私も正面衝突だけは避けたいと思ってるわね」
 会話に混ざれないが、せめて役に立てるようにと、シルビアが紅茶を淹れてきた。机を囲んでいる三人に配られたので、取り敢えず口を付ける。
「……あ。もしかしてパパ達が不意打ちを考えないのって、この町の構造が関係してる?」
「―――良く分かったな、その通りだ」
 『闇衲』は紅茶を下ろして、音の無い拍手をした。
「ガルカは十字に道が伸びただけの簡素な町だ。隠れる場所何てそれこそ屋根の上くらいで、しかし上からの強襲はあれ程の猛者になると通用しない……無理だろ。何度も言うが、正面衝突はしないぞ。今は良くてもその後の都合が悪すぎるからな」
 実は攻略難易度が一番高いのかもしれない。『闇衲』からすればやたらめったら複雑に入り組んでいた方が殺しやすいのに、ここまであっさりとした街づくりをされると、こちらとしては非常に動きにくい。飽くまで旅の途中か何かで寄る宿場町の為、これ以外の作りがあるのかと言われれば無い。『暗誘』の偽物は割とその辺りを無視していたが、普通は本当に動きを制限されるので、むしろこれ以上に最適な街づくりは無い。この町を作った奴は天才である。
「んーじゃあ……地中から襲うのはどう? 流石に誰も足元なんて警戒してないと思うんだけど」
「誰がいつ、どうやって穴を掘るんだ。それに地中から襲った所で、見つからない可能性が無い訳じゃ無いんだが」
 尚、確実に殺せる保証も無い。
「う、うーん。じゃあ飛び道具―――」
「弾かれるに決まってるだろうが」
 尚、この中の誰もシュタイン・クロイツに通用するような飛び道具は持ち合わせていない。
「じゃあハニートラ―――」
「誰がやるんだ?」
 尚、ミコトは『闇衲』以外に純潔を捧げる気は無いらしい。リアはわざわざ言うよりも、本人が一番良く分かっている。
「それに、ハニートラップが失敗した所で第三位は構わず犯そうとするぞ。仮にシルビアにやらせたとして、耐えられる訳が無いだろう。精神が壊れるか、普通に死ぬか。まあ死んだとしてもアイツだったら死体を綺麗に保存して持ち帰って、そのまま愛玩人形として使い回すかもしれないけどな」
「何でシルビアなのよッ。そもそも殺せないじゃない!」
「……うん。反論は尤もだが、『赤ずきん』を使うとか言い出さないよな。そもそも俺達は何の為に戦ってるんだよ」
「復讐でしょ?」
「そうだ。そしてアイツ等は赤ずきんを連れ戻しに来たから、それを利用してアイツ等ごと町を殺してやろうとしているんだ。で、赤ずきんは買い取ったからもう俺の道具だ。どうしてアイツ等に渡す必要があるんだ。それに渡した所で俺達は捕まって終わりだ。お前は今度こそ犯される」
 それは何よりもリアが望まない事。そして『闇衲』が、二度と引き起こすまいとしている事。どっちを優先しても、その判断だけはあり得ない。
「……あのう、私は全然事情とか分かってないんですけど、『赤ずきん』を使って、他の場所に誘導するというのはどうでしょうか」
 『闇衲』の紅茶を持つ手が、止まった。それを見たシルビアはどういう訳か怯え始めたが、何も自分は彼女を脅したいから動きを止めたのではない。まさか一般人のシルビアからそんな案が出た事に驚いているのだ。
 『赤ずきん』には命令をしない。リアを危険に晒す訳にもいかないし、馬鹿正直に突っ込むのもいけない。そんな制限に思考を縛られて、全然思いつかなかった。そもそもあちら側が求めている『赤ずきん』を使う作戦何て、全くこれっぽっちも思いつかなかった。隠すべき対象としか考えていなかった。
「……シルビア」
「は、はい」
「良い案だ。方針としてはそんな感じでいいかもしれないな。問題は、何処に誘うかだが……」
 近くの森は入り口を買い取ったから入れない。あの洞窟を使うのは昨夜の繰り返しになるだけ。この辺りの地理には詳しいと思っていたのだが、少しだけ自信が無くなった。一体何処に誘導すれば良いのだろう。気づけば紅茶に手が伸びていたが、中身は既に空になっていた。仕方なしに下ろして、思考を再開する。
「私も適当な場所は思いつかないかな。結構この付近って見通しがいいから、忘れる筈は無いと思うんだけど……ここまで何も出ないって事は、何も無いって事でいいのかしら」
 やはりミコトも記憶を疑い始めたか。何も無いなんてあり得ないと思っていたのは、どうやら自分だけでは無かったようだ。集団的認識に基づいて、その事実はいよいよ証明されそうだが。
「…………まだ猶予はある筈だ。『天運』は分からないが、『殱光』はそう易々とは回復しない筈。二人一組が基本だという事を抜きにしても、恐らく『殱光』が、リアを横取りする気がどうこう言いだして『天運』を止めるだろうから、何だかんだ一日は動きは止まっていると考えて」
「考えて?」
「その間に適当な場所を見つけるしかない。情報戦ではこちらが有利の筈だから、仮に二人が動いたとしてもまだまだ猶予はあるだろう。そうなったらリアやシルビアは外には出れなくなるが……修行はする。これも教育の一環だからな」
 余裕はある。『赤ずきん』もリアもこちら側が握っているのだ。焦る必要は無い。焦っても視野が狭まって、もっと作戦が思いつかなくなるだけ。ここは一つ、危険何ぞ忘れてゆったりと考えよう。
「じゃあ、そういう訳だから―――」


「ぎゃあああああああああああああ!」


 『闇衲』が席を立ったとほぼ同時に、外から断末魔の悲鳴のようなモノが聞こえた。




 

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