ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

知らずは闇の淵に立ち

『お前が行った所で何が出来るんだよッ! 気持ちは分かるが、お前はじっとしていろ。リアは俺が連れ戻してくる』


 リアの所に向かっている途中、『闇衲』と合流したシルビアは、そんな事を言われて―――要は足手まといと言われてしまって―――現在、拠点で彼らの帰りを待っている。彼らの事を信じていない訳では無いが、それでもリアに組み付いていたあの男が弱いとはとても思えなかった。だからどんなに帰ってくると信じたって、頭の片隅では常に最悪の想像が過っている。もしも帰って来なかったら。もしもリアの目から光が無くなっていたら。もしもリアだけ帰ってきたら。もしも『闇衲』が死んでいたら。治まらない。止まらない。誰かを純粋に信じ続けた事なんてないからか、誰かに依存すれば騙された時に立ち直れない事を考えてしまうからか、とにかく最善よりも最悪。信じるよりも疑って。この目に映り込まない限り信じない。
 赤ずきんがとても羨ましい。命令されない限り表情一つ変えないなんて。疑う事もしなければ信じる事もしない。何故なら命令されていないから。
 その一言で全てを解決できる彼女の性格、自分には真似できない。無論真似をすれば価値が下がりかねないのもあるが、やはり……人間として、あまりにも単調だからという理由が一番だ。
 こんな事を考えてしまうのも、自分が悪い子だからなのだろうか―――
「言っておくが、もしも偽の情報だったらその場で切り刻むからな」
「偽の情報な訳が無いでしょ。私は徹頭徹尾アンタの為にしか動かないから」
 扉を開けて入ってきたのは、『闇衲』とリア―――と、誰? 女性である事が救いだったが、やたらめったらある部分の自己主張が激しいような……いや、今はそんな事はどうでもいい。シルビアは小走りで『闇衲』へと近寄り、その背中で意識を失っているリアの顔を間近で見つめる。泣き腫らしたような痕から何をされたのかは想像に難くなく、見ていて気分が悪くなってくる。
「おい。こいつの顔をあんまり見てやるな。それとどけ、寝かせる」
「あ、すみません。その……リアは大丈夫なんですか?」
 リアを暖炉の近くに寝かせて、顔を覗き込む。『闇衲』もやはり不安なのか、彼女の体のあちこちを触って、状態を確認している。
「傷物にもされていないし、外傷はお相手に拷問趣味が無かったお蔭で存在しない。結構な幸運に恵まれてしまったな」
「―――夜までには目覚めるでしょうね。良かったじゃない、一生目覚めないなんて事が無くて」
「その為に『天運』をアイツに任せたんだ。そんな事になったら困る」
 何やら自分には分からない話をする『闇衲』。ついさっきまでリアと一緒に居ただけの自分には、何が何だか訳が分からない。『天運』? アイツ? もしかして、協力者がもう一人居るのか? 赤ずきんに聞けば教えてくれるだろうか、いや……彼女が聞くのは『闇衲』の命令だけだったか。
 リアの容態を確認した後、『闇衲』は玄関の方を振り向いて、言った。
「盗み聞きをするぐらいなら入って来い」
 言葉だけ聞けば中々無茶苦茶な事を言っているが、程なくして扉が開き、何者かが足を踏み入れてきた―――というより、ヒンドが普通に入ってきた。
「え?」
 先程はその目に映り込まない限り信じないとは言ったが、流石にこればかりは信じられない。だって、ヒンドは死んだ筈だ。あの大量の死体の中にも、ヒンドは……いや、ヒンドなんて、居たか? あまりにも悍ましい死に様を晒していた為に、死体の山を直視する事は無かったが、それでもその中に誰が居たかくらいは覚えている。そして自分が突発的に記憶障害を患って忘れているのでなければ、あの死体の中にヒンド。ウルバスは居なかった。あの時は死体の山の中に埋もれているのだろうと思って流していたが。今ここに彼が居る事を信じてしまうと、その結論は……いや、そもそも。あの集団が誰によって殺されたのか、という事すら覆ってしまう。
 リアは気付いていなかったけど、もしかして。あの集団を殺したのは、ヒンド……?
 行き過ぎた想像が繋がって、もしかしたら恐怖の感情が表れていたのかもしれない。ヒンドはこちらを見るや微笑みかけてきたが、暫くすると興味を失ったようにリアの傍らにある壁に凭れ掛かった。
「見る限り全然傷を負っているようには見えないが……お前、本当に『天運』と戦ったのか?」
「勿論ですよ。まあ、俺は相手をしただけなので、勿論、殺せてはいないんですが。相性の問題って奴ですね。『天運』が『天運』たる所以は、恐らく『どんな敵にも一筋掴める強運』という事で間違いないんでしょうが、生憎とこの俺、勝つ戦いは苦手ですが、負けない戦いは得意なんですよ。そっちは?」
「最悪だな。ここに居るミコトが居なきゃ死んでいた。更に最悪なのは、俺の成果も全くお前と変わってないという事だ」
 憎々しげに語る『闇衲』を嘲笑うように、ヒンドが声の調子を上げた。
「あらら。って事はもう一度戦う事になりそうですね」
「……ああ。リアは完全に目を付けられた。諸悪の根源である少女もこちらに居る。もう一度と言わず、二、三度戦う事になってもおかしくないだろうな」
「ど、どうにかならないんですかッ! リアを襲った人が生きてたら、またリアが……」
 これ以上リアにあんな辛い思いはしてほしくない。殺しを容認する訳では無いが、彼女に何度もあんな思いを味わわせるくらいであれば、あの男には死んでもらった方がずっと良い。あの男さえ死ねば、リアがあんな酷い目に遭う事もなくなる。
「流石にそれは無い。数百人はもう処理した上に、ヒンドが白昼堂々『天運』と戦ってくれたおかげでどちらかと言えば注目はそいつに集まっているし、どっかの大馬鹿が『赤ずきん』連れて動こうとしたが、まあ結果的にはバレていない。『殱光』はリアに目を付けているが、アイツ等の本来の目的は『赤ずきん』の捜索。当然聞き込みと言う名の尋問をするのだろうが、ヒンドが目立ってくれたおかげで、町民の情報は全てヒンドへと至る様になるはずだ」
「それは聞き方にもよると思うけど。例えばアイツらが『可愛い女の子見なかった?』って聞き込んだらどうするの。そこの二人が無駄に美人なお蔭で、簡単に特定されちゃうと思うけど」
「リアに目を付けているのはシュタイン・クロイツの内の一人だけ、そして本来の目的は『赤ずきん』の捜索だ。どっかの大馬鹿がどうにかしようとして外に『赤ずきん』を連れ出したが、それも一度だけ。『可愛い女の子見なかった?』なんて聞いたら、少なくとも『赤ずきん』よりは外に出て目立っている二人しか出てこない。『殱光』は確かにリアに目を付けたが、流石に本来の目的を忘れるほど怠け者ではない筈だ。絶対とは言い切れないが、そんな言い方はしてこないだろうよ」
 『闇衲』はそれだけ言った後、少しだけ何かを逡巡するように視線を揺らして、
「……散々言ったが、今回の戦犯は間違いなく俺だ。さて、何と言ったかな。確か、『信じる事は疑う事よりも難しい。男である俺を信じろと言うのは難しい話かもしれないが……娘の期待に応えるのが父親というモノだ。お前達が信じてくれるのであれば、俺はきっと帰ってくる。少なくとも、この家に真っ先に押し入られない様にはするさ』とでも言ったのだったか。うん、阿呆だな。帰っては来たが、一歩遅かった。そもそも俺が自分の言葉を守れていれば、シルビアも愚かな行動を取らなくて済んだからな。本当に申し訳ないと思っている。今更何を言っても説得力が無いが……まあ、そうだな。アイツ等が二人共生きている事が分かっている以上、もう離れる訳にはいかない。念の為にも今晩から、俺は外で寝るよ」










 それは悪夢だ。きっと、悪い夢だ。子供教会はもう壊れたし、自分は逃げた。これはきっと、夢に違いない。
 拘束器具に繋がれている自分が居る。夢だ。
 自分の周りには下衆な悪いを浮かべた男が数十人。夢に違いない。覚めてほしい。
 体に電撃が走った。男の手が性器に触れたのだ。反射的に身体が跳ねるが、拘束具の金属音と共に行動は鎮められる。その反応を見た瞬間、男達の手が一斉に伸びてきた。服を破る音も聞こえた。胸を触る手も見えた。唇を塞がれた。覚めろ。覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ覚めろ。覚めた? 覚めた? 覚めない? 覚めテ?
 目ノま?えに見エた、ハ 性 。やめ、挿入イレる、な”オネ&い、けて。たす。
 た͜͜͏̘̣͔͙͎͎̘̜̫̗͍͚͓͜͜͏̘̣͔͙͎͎す͜͜͏̘̣͔͙͎͎ơ̟̤̖̗͖͇̍͋̀͆̓́͞͡け̜ͪ̅̍̅てこ ͐ͦͬ͜͜͏̘̣͔わい ͮ͐ͦͬ͜͜͏̘̣͔͎͎̘ た ͐ͦͬ͜͜͏̘̣͔͎ すけ て ͮ͐ͦͬ͜͜͏̘̣͔ ้้้้้้้้้ส้้้้้้้้้้้้้้้้ た͜͜͏̘̣͔͙͎͎̘̜̫̗͍͚͓͜͜͏̘̣͔͙͎す͜͜͏̘̣͔͙͎ơ̟̤̖̗͖͇̍͋̀͆̓́͞け̜ͪ̅̍̅͂いやơ̟̤̖̗͖͇̍͋̀いやơ̟̤̖̗͖͇̍͋こ ͐ͦͬ͜͜͏̘̣͔͎͎̘ わい ͮ͐ͦͬ͜͜͏̘̣͔͎͎た ͐ͦͬ͜͜͏̘̣͔すけ てて                          て けて                                    て












「いやッ!」
「ギャッ!」
 勢いのままに跳ね起きると、何やら難いモノとぶつかった。まだまだ不明瞭だった視界も一瞬にして明瞭になり、思考も鮮明に。あれが夢だった事を知る。いや、最初から夢とは知っていた筈だ。自分は逃げて、『闇衲』と出会って、国を滅ぼして―――
「―――ッァァァ!」
 声にならない悲鳴を上げてのたうち回っているのは、シルビアだった。どうやら額がぶつかってしまったらしい。当たり所が良かったのか、こちらはそれ程ダメージを負っていない。
「……もう! 酷いよリア。いきなり頭突きするなんてッ!」
 気が付けば、シルビアに抱き付いていた。あれは夢だと知ったからか、はたまたここが現実である事を思い出したからか。どっちにしても、驚いたのはシルビアだ。突然頭突きを喰らったと思えば、突然抱き付かれて。最早何が起きているのかはシルビアさえも理解出来なくなっていた。
「え、ちょ、リア―――」
「怖かった……怖かったよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぅわえええええええええええええええええん!」
 プライドなんて無かった。シルビアの胸元に顔を埋めながら、リアは大声で泣き続けた。多少声が曇っても関係ないくらい、感情を露骨に表して。顔をぐしゃぐしゃにしながら、ひたすらに。
「うええええええええええええええひぐっ! ぐす、えふぅッ」
「…………」
 慰めるような言葉を掛けた所で、彼女の泣き声が酷くなるだけだ。かといって無慈悲に突き放す事も自分には出来ない。
 どうして良いか分からなかったので、シルビアはリアの背中を優しく摩り続ける事にした。彼女が泣き止むまで、彼女が立ち直れるまで、ずっと、ずっと。彼女の友人として自分が出来る事は、きっとこれくらいだから。










 

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