ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

殱光vs闇衲 2/2

 ヒースの横薙ぎを手で受け止めると同時に、『闇衲』はその頬へ裏打ちを叩き込む。刃に躊躇する事なく武器を直に掴んできた事に気を取られていた為か、裏打ちは威力を殺がれる事なく命中。咄嗟にヒースは衝撃の流れる方向へ首を捻った事でダメージを軽減させたが、その型破りな戦法に、内心ヒースは動揺していた。
 先程の男と同一人物とはとても思えない。武器を持っているのにも拘らず使わない。そんな戦い方があるとは思わなかった。
 こちらに向かってきた『闇衲』の動きを制限するように大振りで薙ぎ払うが、刃が男の体を通り過ぎると、その像が僅かに揺れて、収まった時には既に男の体は刃を躱していた。即座に刃を返して薙ぐ……と見せかけて突進するが、またも『闇衲』は素手で武器を受け止めて、ヒースの膂力に対抗する。
 片腕で。
「おいおいおいおい、本当に強くなってんじゃねえか。マジで何が起きた? そのカードは何―――」
 言い終わるより先に腹を突き抜けたのは、片刃の剣。もう二、三度突き刺されても困るので、男の首に牽制攻撃を放ってヒースは一歩後退。太刀の範囲に『闇衲』を収めると同時に……剣戟戦が始まった。
 長さの上ではこちらが勝っている。だが、それ故に今の男の速度には追いつけない。男は着実に距離を詰めながら常にこちらの首へと斬撃を放ってくる。一方でこちらは長すぎるが故に常に後退しながら攻撃しなければならず、戦闘場所が洞窟である事を鑑みるとそれは得策ではない。二連撃を放って牽制しつつ、ヒースは更にもう一歩距離を取って魔術を発動。刀身を縮ませて、接近戦にも対応できるように質量を増やす。長さの利を捨ててでもこの剣戟戦に応じなければ、こちらも重傷は免れない。刺された事は重傷ではないのかって。死ななければ安い。
 振り下ろされた刃が半身で躱されるのを見送ると、ヒースは強引に刃を脇に流して一回転。次に『闇衲』が視界に映り込んだ時、その片手は虚空を突いていた。最低限の回避で済ませた時からそれは読めている。おかげでこちらは隙だらけの懐に入り込む事が出来た。胴体を両断する勢いで斜めに切りあげると、天井に赤い液体が付着。男がよろめいた。攻撃の手を緩めれば反撃される事は目に見えているので、十字を切る様に二連撃を放ち、動けぬように足を切り落としてお―――いや、切れなかった。
―――は?
 鎧を着ている訳ではない。それは胴体に刻まれた傷跡からも明らかだ。突然の出来事に呆気に取られていると、正気に戻したのは『闇衲』の鞭のようなしなやかな回し蹴りだった。耳から脳にかけてを貫いた錘の如き一撃は、ヒースの思考回路を大きく揺さぶり、明瞭な視界を裏返す。徹底的に攻めなければ決着が付かない事はあちらも察しているのか、壁で跳ね返ったヒースは、飛び蹴りで再び壁へと叩きつけられた。三半規管をぶち抜かれた影響で平衡感覚を失ったヒースは『闇衲』を避けるように倒れ込むが、その勢いで後転してどうにか立ち上がる。壁が無ければ出来なかった芸当だ。
「容赦ねえなあ! ハッハッハッハッ。これだけ強い敵はお前が初めてだよ、『闇衲』ァ!」
 飛び蹴りはその性質上、どうしても隙を見せる事になってしまうが、三半規管に大きなダメージを負ったヒースでは追撃をかける事は出来ず、態勢回復を見逃してしまう。それでもまだまだ余裕があるのか自分の笑みは絶えないし、やはり『闇衲』は笑わない、喋らない。その目に闘志を宿しながら、只ひたすらにこちらを殺す事だけに全力を注いでいる。
 いい、実にいい。とても美しい少女の為に戦う醜き父親の足掻き様。この三十数年、数えるのも面倒なくらいの女を孕ませてきたが、ここまで美しい親子愛は初めて見た。『禁忌の力』の詳細は分からないが、圧倒的な実力差があっても尚立ち向かってくるこの男に、ヒースは称賛をしてやりたい。先程は大した事が無いなどと考えてしまって本当に申し訳が無かった。この男は命を削って戦うに値する、正真正銘の強者だ。
 こちらの平衡感覚が戻る前に決着をつけるつもりなのか、『闇衲』が動き出す。その速度としては早歩き程度なので回復魔術を掛けても良いが、あの男にそれを勘付かれれば即座に接近されかねない。そんな事になれば当然、悠長に回復魔術を唱えている暇は無いし、何だったらそんな事をしている間にこちらの首が飛ぶだろう。少し面倒になってしまうが……どうやらこちらも、少しだけ制限を外して、戦う必要がありそうだ。
「―――魔術兵装『斬』。流石に使わざるを得ないようだなあッ!」
 体内の魔力を四肢に集中。表面に透明な刃を形成し、ヒースは自ら突っ込んでいった。無構から放たれる剣閃を躱し、胴体に一閃。防がれる。体勢も何も崩れていないので当然だ。ヒースはそのまま先程のように鍔迫り合いへと持ち込もうと踏み込むが……直後。それに合わせるように『闇衲』が一歩引いた為に、逆に体勢を崩してしまった。鎧を着ている関係上、急な事態に対応できる柔軟性は無かったのだ。『闇衲』は鋭い一撃と共に脇を抜け、即座に身を翻して真一文字に剣を薙ぐ。頑強な鎧だったが、それでも特別製である『闇衲』の剣を受ける事は叶わない。盛大な音を立てて砕け散る。
 地面がめり込むほど踏みしめて、辛うじてヒースは倒れ込まなかったが、だとしても背後を取られている現状、状況は悪化する一方だった。確実にこちらの動きを殺しにかかる『闇衲』の剣閃に対応するように武器を振るう。速度は大して乗っていない。それだけであれば防御は容易かった。
 では何が問題かって、一手一手の攻撃があまりにも嫌らしい事だ。ある程度攻撃を仕掛けて、防御が少しでも遅れた個所を見つければそこを集中的に狙う。こちらもそれに応じてそこを固めるが、そうしてしまえば今度はまた別の場所が緩くなる。そこを突かれる。応じる。突かれる。この繰り返し。
 三十分以上も二人は丁々発止と殺り合っていたが、そこからは膠着状態。両者共に傷一つ負わぬまま、勝負は悪戯に遅延されていた。
―――まだだ。
 果てしない数の剣閃を捌いて隙を突こうとするが、ヒースはどうしても一歩踏み出せなかった。踏み込めば相手に致命傷を負わせられる。だが、もしも相手が恐れずに突っ込んできた場合、自分が死にかねなかったから。眼前の『闇衲』の状態を見る限り、その可能性は大いにあるし、であればリスクとリターンが釣り合っていない以上、賭けに出る事が出来ないのだ。
 出たとしても……それは今じゃない。
 『闇衲』としてもいい加減に決着は付けたい筈だ。こちらは防御に徹している故に攻撃は通っていないが、彼ほどの猛者になれば幾らでも崩す方法は思いついている筈。自分が賭けに出るとしたら、きっとそこしかない。達人同士の戦いは先に攻撃した方が負け、という言葉にもある通り、攻撃の瞬間こそが最大の隙。攻撃をしなければ勝てないが、攻撃をすれば同時に負ける可能性をも生んでしまう。戦いとはそういうものであり、その駆け引きが『戦闘』と呼ばれている。
「…………」
 流されている連撃にいよいよ苛立ってきたのか、『闇衲』はあまりにも唐突に攻撃の手を止めた。まるで突然石化してしまったように、本当に唐突に。背中も隙だらけ、剣も動きを止める為に強く握り込んだため、攻撃されても防御は間に合わなくなっている。攻撃を誘うにしてはあまりにもお粗末だが、果たして攻撃をするべきなのだろうか。防御に徹していた為、こちらもうっかり攻撃してしまうという事は無かった。むしろ目の前の男の動きに釣られて、こちらも動きを停止させてしまった―――刹那。
「うおッ…………!」
 明らかに慣性を無視した動きで『闇衲』が起動。予兆すらないままに最高速で剣を振り抜いて、ヒースの片腕を両断した。篭手にも相当な強度はあっただろうに、硝子のように簡単に砕け散ってしまった。魔術兵装も何ら意味を為していない。片腕が切断された事で重心がブレるが、どうにか倒れる事だけは回避する。一度でも倒れれば負けるのだ、腕が切れたくらいで慌ててはいけない。
 吹き飛ばされた腕を拾い上げて傷口に合わせると、数秒程度で切断面は結合、先ほどまで噴き出していた血液も、まるで最初からそうだったように収まっている。それを見ていた『闇衲』が再び自分へと肉迫してきたが、構えを見るにどうやら突いてくるようだ。
 確かに刺突であればこちらも修復は出来ない上、心臓を突かれれば死んでしまうのだが……彼の武器の鋭さが災いして、彼はまだ気付いていないようだ。わざわざ自分から負け筋を作ってしまった事に。
 ヒースは彼の真似をするようにその切っ先を渾身の力で掴み、勢いを極限まで減殺。強く掴み過ぎて篭手ごと指が落ちてしまったが、この勝負を終わらせる為であれば、指の一本等安いモノ。こちらの狙いに気付いた『闇衲』が武器を手放して拳を放ってくるが、たとえ彼の拳が先に当たった所でこちらの勝利は揺るがない。
「いやあ残念だったねえ……これで今度こそ―――オ、ワ、リ!」
 あの時、自分が魔術兵装を纏ったのは、つまりはこういう事。『闇衲』の拳が命中したと同時に、彼の喉元を、ヒースの貫手が貫いた。










 




―――邪魔者が乱入してこなければ、きっとそうなっていた。
「ようやく見つけたと思ったら…………貸しって事でいいかしら、これは」
 貫手を僅か指二本で挟んで受け止めていたのは、一人の女性だった。いつの間にそこに立っていたのか、今はそれを考える余裕も無い。防御を捨てて攻撃したというのに、それを防がれたとあればこちらは諸にそれを受けるしかない。ヒースは再び吹き飛ばされ、今度は地面に叩きつけられる。
「…………お、お、俺の攻撃がまさか、女に止められる日が来るなんてなあ……それも巨乳と来たもんだ、はっはははは―――」
 言い訳をさせてもらうと、視界に映り込んだ女性、そしてその女性が持っている程よく突き出た胸に目を奪われて、攻撃を減速させたから受け止められたのだと言いたいが、何にしても今は起き上がれない。こちらの平衡感覚はもうボロボロで、視界も心なしか歪んでいる。まだまだ戦える事は間違いないが、流石にこの状態で二人も相手をする事は出来ない。『闇衲』も注意を既にこちらから離している事だし、ここは大人しく退散させてもらおう。
「いやあ、惜しい惜しい。まあ、でも……中々手に入らないからこそ、あの子は素晴らしいってもんだよなあ」










 どさくさに紛れてヒースには逃げられてしまったが、最優先の目的はリアを助ける事だったので、別に構わない。どうせ決着はいつか付ける事になるだろうし。
 今は別の問題を処理しなければ。
「ミコト……やはり来たのか」
 独特な形状の襟を持ったセパレート型の服は、別段何かを強調している訳でも無いのだが、如何せん彼女の胸部はその大きさ故にどうしても自己主張が強くなってしまう。服越しからでも分かる丸みと膨らみは、リアやシルビアのような幼女には見られないモノだ。
 『イクスナ』を使って『  』を買い戻した時から予感していたが、やはり居場所を探知されてしまった。こういう事があるから、自分は躊躇したのだ。
「アンタは私から逃げようと思ってたみたいだけど、途中の相手が悪かったみたいね。まあ『殱光』相手に生き延びる事が出来たんだから良いんじゃない?」
 ミコトと呼ばれた女性は銀色のカードを『闇衲』に押し当てて、『  』を買い戻す。
「俺からすれば、お前に見つかってしまった時点で最悪だ。今回は正直助かったが、帰れ」
「そんな事言っていいのかしら。今回の事でアンタは、私に貸しが生まれてるんだけど」
 聞く耳持たんとばかりに、『闇衲』はリアの方へと駆け寄った。上半身を徹底的に犯された事で気絶してしまったようだが、生きていて何よりだ。性器の部分にも手を入れてみるが……やはり問題ない。濡れているのは仕方ないとして、何かが触れたような痕は見られない。これでもしも間に合っていなかったらどうしようかとも思っていたが、これであれば大丈夫だ。背中にリアを背負って、『闇衲』は出口へと歩き出す。ミコトの存在は見なかった事とする。
「アンタの連れから全部聞いた。アンタ、その子の父親になったんだってね。あの子が見つからないからって代わりでも用意したの?」
「そんなんじゃない。只、契約してしまった以上は仕方ない。こいつが世界への復讐を完遂するまで、私はこいつの父親で居るだけだ」
 様々な事情から同世代の幼女を数人引き取ってしまったが、彼女達は飽くまで道具。そしてリアは娘。優先度が違うのは当たり前で、だからこそリアには徹底的に付き合う。たとえ途中でシルビアや『赤ずきん』が死んだとしても、彼女が折れない限りは、こちらも徹底的に付き合う。
 信じる事は疑う事よりも難しい。『闇衲』はリアを、疑わない。
「そう、じゃあそんなアンタに朗報。アンタを探してる途中にね、私見つけちゃったのよ。あの子の手掛かりと、その子が元の世界に帰る方法」









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