ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

殱光vs闇衲 1/2

 ヒースの獲物は、子供二人分程もある大きな太刀。こちらの剣と比べると長さの面で大きく勝っており、それだけを考慮すれば既にこちらの敗北は決定していると言っても過言ではない。
 しかし武器の性能差は何も長さだけで決まるモノじゃない。硬度、切れ味、そして何より特性。『闇衲』のモノは特に際立った特性は無いとして、であれば剣としての特性を考えるまで。逆に考えてみよう。長さの面でこちらが劣っているという事は、重量の面ではこちらが勝っているという事でもある。つまり、単純に手数の量ではこちらが勝っているのだ。
 その筈だったのだが……霞む程にしか見えぬ剣戟をどうにか躱しつつ的確に急所を狙っていくが、何故か一向に攻撃は届かなかった。原因は分かっている。勝っていると思われた手数の差が、予想以上に存在しなかったのだ。当然と言えば当然だが、あちらはトストリス大陸最強の騎士団シュタイン・クロイツ。それも実力の上では最強と言われている三位だ。一方でこちらは少しだけ名前の知れた『殺人鬼』。その主な殺害方法は基本的に不意打ちが前提で、正面戦闘はそうしなければならない、或いは不意打ちが通じない相手でもない限りは、基本的にするつもりがない。
 そんな二人が真正面からぶつかり合った場合、その時点で『闇衲』の方に不利があるのだから、使う獲物に多少の差があろうが、その不利を埋めてまで差が開く訳が無い。
「ほらほらあ、どうしたんだッ? あの子と同じくらい俺を愉しませて見せろおッ!」
ヒースの使っている武器は確かに太刀だが、その剣速は『闇衲』と同等かそれ以上。全く以て有利など取れていなかった。戦いとして一応成立しているのは殆ど経験によるモノであり、それすらも無かった場合、『闇衲』は五分と経たず敗北していた事だろう。まさか一度買い戻しても尚ここまでの実力差があるとは、流石は第三位と言った所か。
 驚異の長さから放たれる刺突を脇に外して首を狙うが、ヒースは首を傾げて鎬を受け止める。可能な限り全速力で放ったつもりなのだが、どうやら彼の前では普通の速度らしい。程なくして掌底を顎に打たれて後退するが、そこで距離が開いてしまった事にはもっと警戒するべきだった。距離が開くと同時に、『闇衲』の脇腹に刃が押し当てられて、直後。切り裂かれる。
 今更のように気付いたが、この男の刺突が平突きだった事を考慮しておくべきだった。そうすればこのように横薙ぎに切り替えられても、回避できたというのに。幸いにして脇腹を斬られたくらいでは人間の体は止まらないので、放っておく。こちらの怯まない姿勢を見て感心した様子のヒースは、改めて剣を構えてこちらに突っ込んでくる。長さの面で言えば既にあちらの圏内。一方でこちらは圏外。こちらの圏内に入れるには後もう二、三歩必要だが、そこまで踏み込めば今度は逆に太刀の圏外になるので、彼がすんなりと入れてくれることはないだろう。
 腰から肩に掛けて切り上げられた刃を躱し、一気に肉迫。それに対応するようにヒースは即座に持ち手を切り替えて斬り下ろしてくるが、『闇衲』は敢えて態勢を崩して地面を転がりつつ、男の足に剣を叩きつける。
 しかし敵も然る者。足元を崩されたヒースは顔から勢いよく倒れかけるが、空中で身を捩って一回転。闇衲を飛び越えて体勢を回復させた。彼が背後を振り返る間にこちらも態勢を立て直せたので、良しとする。
 駄目だ、隙が無い。重鎧を破壊出来るとは言ったが、シュタイン・クロイツのそれはどうやら特別製らしい。彼に『天運』の相手を任せたのは失敗だったのだろうか。彼が自分よりも戦闘能力が低い事を考えると、一体どうやってこの鎧を突破するのか。少しだけ気になるが、今はこちらもそんな事を考えている余裕は無い。何故なら自分にも、この鎧を破壊できる手段が無いから。
「所であの子、随分と感度が良いよなあ。尻なんか揉んでやったら顔を真っ赤にしながら感じてんだぜ? たまんねえよなあ、もしかしてお前が調教してる?」
「俺は調教師でも無ければ奴隷商人でも無い。感度が良いというのであれば、それは元からだろう」
 ……これ以上買い戻す訳にもいかない。恐らくこれ以上買い戻すと、更なる面倒事を呼び込む可能性があるから。だが最低でも後一回は買い戻さなければ、こいつとの戦いはジリ貧になる予感がする。
 鎧が破壊出来ない事を考慮すると、狙える場所は最早首ぐらいしかないのだが、それは相手も分かっている筈。姿勢を低くして一気に距離を詰めるが、狙ってくる場所が分かっているのであればそこに速度は関係ない。首へと放たれた一閃に交わる様に、ヒースの太刀がそれを阻む。どうにか力で防御を突破できないかと鍔迫り合いに持ち込むが、この男の力は並大抵のモノではない。どれ程『闇衲』が体重を掛けて押し込もうが、まるで巌のように男の体は動かなかった。
「ッ―――!」
 突然男の力が緩んだかと思うと、直後に鍔が離れる。気づけば『闇衲』は一気に押し返されて、体勢を崩していた。復帰は容易、回避も出来る。だがその隙は、相手にとっては確かに好機となっている。
 せっかく自らの手で作り上げた隙、みすみす逃す人間は存在しない。『闇衲』を押し返すと同時にヒースは全力で太刀を振り上げ、渾身の一撃を放った。万が一にも防御されない様に、袈裟斬りにして。
「ガッ――――――ふッ!」
 その視線は確実に追いついていた。しかしどうしようもなく、身体だけは反応する事が出来なかった。不意を突かれてはたまらないので、ヒースは刃を返してもう一撃。今度は真一文字に胴体を斬り払った。『闇衲』の手から力が抜けて、洞窟に鍔の落下音が響き渡る。それは所有者の死を暗示するようでもあり、差し伸べられた救いの手が、切り落とされたようでもあった。男が死ねば万が一にも少女が奪われる事は無い。何となくだが、ヒースもそう感じていた。程なくして男が倒れたのを見届けると、最後の念押しとばかりにその背中にしっかりと剣を突き立てて、身を翻す。
 案外大した事が無かった。どうやら自分の目も気付かない内に曇ってしまったらしい。少し残念だが、何。落ち込む事は無い。
 自分の目の前には最高の玩具がある。いや、専用性奴隷が居るのだから。
「いやあ、変な邪魔者が入って悪かったねえ……ありゃ、気を失っている。まあいいさ、君もきっと、俺のモノを咥えればきっと快感で目覚めるだろうし、さあて。どこの『口』から味わおうかなあ―――」


























































「賈異『  』」
 それはあまりにも早すぎた。ヒースは壁際に叩きつけられ、鎧の胸部には罅。何より分からなかったのは、少女を守る様にして立っている無傷の『闇衲』。斬られた痕も、刺し貫かれた痕も見受けられない。その手に金色のカードを持ちながら、男は立っていた。
「―――こりゃ、驚いたなあ。まさか俺の太刀を喰らっても、何ともなかったってか?」
 『闇衲』は足だけで彼女の縄を解いてから、自嘲するように呟く。
「自分の獲物をよく見てから尋ねるといい。それにしても……私は何を躊躇していたんだろうな。面倒事を呼び込む可能性がある? そんなモノと娘を天秤に掛ける父親何て居ないに決まっているだろう。父親というモノは、娘が危機に陥っているのならば、たとえ命を懸けてでも守るのが普通というモノだ。決して面倒事に巻き込まれたくないからと娘を見捨てる事はしない。それが正しい父親の筈だ」
「何の話だよお?」
「先程は無様な醜態を晒して申し訳ないと言っている。正直な所、お前を侮っていたし、自分を過剰評価していた。だけど、お前の発言を聞いて気が変わった―――どうやらお前は、俺を殺し次第本番をする気らしい。私はそいつの父親として、それだけは許さない」
 『闇衲』は足元の剣を拾い上げて、再び構える。
「第二回戦の始まりだ。今度は愉しませてやるよ」









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