ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

殺す側と殺人鬼

 アルファスの言っている事に半分程度の信憑性しか無いのは分かり切っていたが、まさかここまで早く到着するとは思わなかった。そこまでこの『赤ずきん』が大切なのか、それとも……いや、やめておこう。気づかれずに情報を抜き取る方法はあるにはあるが、それでは全然面白くない。今回はリアと同様に、初見の状態で相手をする事にしよう。
「リア。敵はどのくらいだ。見える範囲でいい」
「結構列が長いわよ。馬に乗ってるやつも含めたら数百人は居るんじゃないかしら。ちょっと多すぎない?」
「それが俺達の相手するシュタイン・クロイツ。及び国の方々だ。ガルカと一緒に屠る予定だが……自信が無いんだったらやめてもいいんだぞ」
「何言ってんの。そんな訳無いじゃない。確かに実力差と戦力差的には絶望的だけど、やりようによっては殺せるわよ。そうでしょ?」
 その言葉に一切の虚偽が無い事は、扉から外の様子を窺っている彼女の微笑みからも明らかだった。リアが楽しそうで何よりである。
「まあ、そうだな。やりようによっては俺達だって……『勝利』になれるかもな」
 リアが扉から目を離して、こちらへと視線を向けてきた。
「誰それ」
「たった一人で百万人を撃破したと言われている英雄だ。そのあらゆる戦力差を覆して勝利を手に取るその様から『勝利ワルフラーン』と呼ばれている」
「はあ……嘘っぽいわね。英雄ってくらいなんだから人間なんでしょうけれど、人間だったら嘘っぱちね。だって、普通に考えて無理だもの。どんな小細工をした所でそんな物量、捌き切れる訳が無いし。後世の人々が話を盛りに盛ったんでしょうね」
 時間を無駄にしたとばかりに、リアは再び扉から見える景色に意識を注ぎ込む。全くの出鱈目と断じられてしまったか。自分は励ますつもりで言ったのだが……まあいい。自分が死亡しない限りは、彼女からやる気が潰える事は無さそうだ。
「正確かどうかは言いかねるけど、大体一五三くらいね。全員が鎧着用してる事も考えると、こっちとしては本当に殺りにくそうね」
「ああ……全くだ」
 このままでは弱点である個所を的確に狙う事が出来ない。狙えたとしても効果は半減だ。その他大勢の雑兵は置いといて、トストリス大陸最強の騎士団相手には投擲武器も効果は見込めないだろう。
 基本的に重厚な防具を装着している者には打撃武器が効果的で、人を殺す事に向いている斬撃武器はそうでない者に有利だ。自分の所有する洋弓銃と剣は例外的に重鎧にも有効だが、流石に数百人を同時に葬れる火力は所持していない。精々が一人か二人が良い所で、やはりと言うべきか、リアの言う通りちょっと数が多い。
「どうする、パパ? 動きを見る感じ、シュタイン・クロイツは暫くの間この町に滞在して、『赤ずきん』が居ないかどうか探すんだろうけど……この家、一見して人が居ない様に見えるから」
「ああ、真っ先に探されるだろうな。加えて俺達は不法滞在者だから、たとえ殺したとしても誰も文句は言わない。最悪だ」
 以前にも述べた通り、自分は飽くまで殺す事を得意とする殺人鬼だ。戦う事を得意とする騎士が相手、それも相手の得意とする条件で戦えば負ける事はほぼ確実。そんな相手から僅かな勝機を掴む為には、やはりこちら側の条件で戦わなければならない。それでもこの家が目立つもんだから、呑気に策を練っていては普通に押し入られて負ける。せめて夜だったらまだやり様もあったのに、真昼間では大きく動く事も出来ない。
 『闇衲』は徐に立ち上がると、自分達の戦力を確認するように家の中を見回してから、扉に手を掛けた。
「どこ行くのッ?」
 無意識の内に不安になっていたのかもしれない。素早く伸びたリアの手が『闇衲』の服を掴むが、しかし、間髪入れずに力強く払われてしまった。驚いて顔を見上げると、『闇衲』はらしくない微笑みを浮かべて、リアの頭をポンポンと叩いた。
「お前達は『赤ずきん』を守っていろ。今回は流石に相手の数が数だ、初動は俺だけでやらせてもらう。シルビア。お前にも言っているからな」
 今までに感じた事のない雰囲気に、リアはそれが何であるかようやく思い至った。死ぬ気なのだ。『闇衲』は、生きようと思っていない。これが成功したら等とこれっぽっちも思っていない。
 どうせ失敗して死亡する。自暴自棄にも似た悲しい微笑み。今までのように肩肘を張っていないのは、己の死に場所を遂に悟ったからか。
「パパ……」
「何だ。俺が失敗するとでも? 安心しろ。ちゃんと手立てはある。きっと成功して帰ってくるさ」
 嘘だ。彼を誰よりも信じていないのは彼自身。その事は彼が一番良く分かっている。
「信じる事は疑う事よりも難しい。男である俺を信じろと言うのは難しい話かもしれないが……『娘』の期待に応えるのが父親というモノだ。お前達が信じてくれるのであれば、俺はきっと帰ってくる。少なくとも、この家に真っ先に押し入られない様にはするさ」
 そう言って家を飛び出す背中からは、確かな決意が感じられた。


 






 一応格好つけてはみたが、手立てなんて都合の良いモノがある筈もなく、見栄だけで家を出た事を『闇衲』は軽く後悔した。これで本当に事態がどうにかなったのであればどれだけ良いか。生憎と現実はそれ程甘くない。近づいて対象を見るだけであれば流石に気づかれないにしても、問題は如何様にしてあの家からシュタイン・クロイツの目線を逸らすかだが……あまり深く考える必要はない。どんな風に考えたって、やる事は一つだ。
影奉インファン
 そう呟いてから、『闇衲』は横に退いている人々を過ぎて、集団の先頭へと躍り出る―――








 突然飛び出してきた『子供』に、集団を率いる騎士は手を上げて、行進を止めた。
「何をしている。退け、子供!」
 自身に向けられた訳でも無いのに、周辺に居た子供の体が震えあがる。殺意こそないが、その男の声に乗せられた覇気は並大抵のモノでは無い。尋常なる子供であれば、泣き出して何処かへ行ってしまうか、母親の所へと戻るか。それが大概であろう。
 だがその子供は言葉が通じていないのか、目を何度も瞬かせながら無邪気な笑顔を浮かべて、じっとその男の事を見つめていた。後ろ手を組んで、興味深そうに。終いには鎧にまで触りだしてしまったので、周囲の人々は気が気でない。
 シュタイン・クロイツの機嫌を損ねれば町一つ滅ぶ事は何でもないというのは、あまりにも有名な話だ。それ故に素直に従ったのに、何処の誰とも知らない子供の行動一つで、全てが無に帰してしまう。取り乱すのは至極当然だが、ではどうして子供を誰も連れ出そうとしないのか。
「ねーねーお兄さん。お兄さんたちって強いの?」
「……俺はあまり気の長い方ではない。おい、この者の親は居ないのかッ!」
 察した者も居るだろうが、恐らくその通り。責任を取りたくないのだ。子供の過ちは親の過ち。今この場で誰かが名乗り出てしまえば、それは子供の代わりに全ての罰を負う事になってしまう。もしかしたら殺されることもあるかもしれない。今まで幸せな人生を送っていたのに、たったこれだけの選択で、地獄にも匹敵する現実を見る事になってしまうかもしれない。
 最悪な思考が脳裏をよぎり、両手足を麻痺させて、思考を停止させている。今の町民は、正にそんな状態のまま、無意味にざわついていた。『きっと誰かがやってくれる』。そんな風に考えながら。
 遅延した時間は僅か数分。しかし気の長い方ではない男からすれば、悠久にも等しい退屈だったのだろう。特に警告する事も無く、眼前の子供へと槍を大きく振り下ろした。長年の戦闘経験からか、既に男には子供を串刺しにしている未来が見えていた。
「……ねえお兄さん」
 だが現実じっさいは、その直前で子供が身を捻って躱し、こちらの首元に掌をあてがっている。その身のこなしの速さは己の目を以てしても見切れるモノでは無く、だからこそ動揺して……動きを硬直させてしまった。
 それが生死を決める選択だった事なんて、気づかずに。
「人を見た目だけで判断しちゃいけないって、教わらなかった?」
 首に鋭い何かが打ち込まれると同時に、男の意識は終了した。




 

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品