ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

人間馬車 前編

 内装はそこまで変えていないが、少なくとも健康的に暮らす分には、この空き家は何の問題も無い。リア達は歪んだ扉を通り過ぎて、家の中へと足を踏み入れる。
「あれ? ここって……」
 二階へと続く階段は壊れていて、扉は歪んでいるせいで、開けた際に大きな音が鳴る。地下倉庫には秘密の場所に隠されていた自分達の荷物が置かれており、暖炉は己の役目を思い出したように調子よく薪を燃やしていた。
 何をどう考えても、ここは自分が一度押し入った家ではないか。正確には自分と……今は亡きあの少年だが。
「覚えがあるようだな。今日からここが俺達の拠点になる家だ」
「え、ここ……を?」
 以前入った時は見たくなくても見えた埃が、今度は見ようとしても何処にも見えない。部屋の隅から棚の上まできっちりと掃除されている。何故か二階も掃除されているが、どうやったのだろうか。いや、そもそも『闇衲』が掃除をしたのか?
「何でか分からないけど、私、パパがこの部屋を無言で掃除している様が想像出来ないわ」
 有り得ない事を想像出来ればおかしな事この上なかったのだが、この男を対象に取ると、どう頭を働かせても掃除をしている様が本当に思い浮かばない。雑巾を絞っている処から想像不可能だ。
「ほう、中々察しが良いな。確かに俺は掃除していないぞ」
嫌味のつもりで言ったのだが、『闇衲』はむしろ驚いたような表情を浮かべて、軽くこちらに拍手を送っていた。何だか逆に嫌味を返されたようで、腹が立つ。
「じゃあどう掃除したのよ」
「簡単な話だ。お前があの集団内で眠っている間にガルカへ行って、適当に誰かを拉致して掃除をさせた。俗人というモノは存外扱いやすくてな。「掃除が終われば命だけは助けてやる」と言ってやったら、泣いて喜びながら掃除をしてくれたよ」
「で、その拉致った人は?」
「面倒だから元の家に帰してきた。両手を腸で縛って口の中には土を詰めておいたから、見た奴も精神を病んでしまうかもな」
 この男、最低である。掃除をさせるだけさせて、用済みになったら殺すとか、信じられない。人間としては間違いなく外道の類に入るという事は、凄く今更な話だ。
―――故にこそ、自分はこの男を信用しているのだが。
「全くもう、パパったら。そんな面白い死体作ったんだったら私に見せてくれてもいいのに、けちんぼ!」
「防腐処理が面倒だからどの道見せる事は無い。見たけりゃ自分で死体を弄ってみる事だな。まあ、お前は殺した後を楽しむタイプというよりは、殺す前を楽しむタイプとお見受けしたが」
「あら、パパもようやく娘の事が分かってきたのね。だったらこれからしたい事も……分かっちゃう?」
 ヒンドに通じた上目遣いも、『闇衲』には通じないようだ。艶やかな声で尋ねるが、彼の顔に浮かんだのは赤さでも動揺でも驚愕でも無く。
 青筋だった。
「ガキが、雌みたいな声で語り掛けてんじゃねえよ。だがお前のやりたい事か……修行か?」
 『闇衲』はついさっきまでしていた話を忘れるほど老化していない。彼女の殺意が高まっている事は承知しているし、それに対して修行だと返した自分の言葉も覚えている。
 リアが伏し目でこちらを睨みつけた。
「違うわよッ。確かに殺意が漏れちゃうとか言ったけど、今は~シルビアと遊びたい!」
「…………えッ」
 話に入れていなかった人間が、突如として話題の中心に挙げられると、大体の人間はこんな反応をする。リアがシルビアの体を掴もうと駆け寄るが、シルビアは『闇衲』の体を軸にぐるぐると回って、中々掴ませてくれない。反対側から回ればぶつかるのに、何故かリアも馬鹿正直にシルビアの回る方向に走るモノだから、いつまでたっても追いかけっこが終わらない。
 『闇衲』は両者が丁度自分の両腕に差し掛かった所で首根っこを掴み、動物の様に乱雑に前方に放り投げた。
「邪魔だ」
 十分も同じ状態が続く事さえ分かっていれば、即座に二人を引き離したモノを。リアは流石にトストリスで行った修行が少しだけ身についているようで、適当に投げ飛ばした程度であれば問題なく受け身を取れるようになった。一方のシルビアにそんなスキルは無いので、彼女はその場で喘ぎ声を上げながら震えているのだが。
「ちょっと、シルビアには手加減しなさいよ! これは普通の子なのよッ?」
「そいつが他の煩悩全開の野郎に捕まったりなんかしたら、こんなもんじゃすまないと思うぞ。女性の尊厳的な意味は言わずもがなとして、単純に痛みとしてもな」
 リアが意味を捉えかねているようなので、言葉を続ける。
「女性に飢えている奴等ってのは、まあ大体下手なんだ。性行為がな。乱暴にすれば気持ち良いもんだと思っている。もっと言えば、自分さえ気持ち良かったら何でもいいわけだ。ほら、女性の痛みに喘ぐ声もまた、煩悩を掻き立てる材料になるからな」
「あー、そういう……パパって私の胸を触っても何も感じない癖に、そういう事には詳しいのね」
「そうなんですか?」
「……シルビア。その突き刺さるような視線をやめろ。何もそこのクソガキを襲おうとした訳じゃない。飽くまで事実確認の為だ」
 そこでシルビアは、リアが胸を押し付けていた時の彼の下半身の反応を思い出した。他の男と違ってうんともすんとも反応しなかった事を考えると、彼が嘘を言っているとは考えにくい。何より反論の際にも、彼は一切動揺していない。自分の発言に自信を持っている証拠だ。
「まあとにかく、痛みには慣れておけ。リア程積極的に攻撃を仕掛けるような事はしないが、俺を怒らせたら当然、これくらいの痛みは受けてもらうからな。或いは今の内にギャーギャー泣き喚いておくのもいいんだろうが、それはそれでもっと攻撃したくなるから推奨しない」
 『闇衲』は暖炉近くにあるロッキングチェアに腰を掛けて、目を瞑った。
「遊びたいという事であれば止めはしない。だが、夜までには家に帰って来いよ。人間馬車に連れ去られたら一巻の終わりだからな」
「人間馬車? 何それ」
 リアの何気ない問いに、低い声が答えた。
「知りたかったら、ちゃんと帰ってくる事だ」






 


 『暗誘』の件もあって、この町には子供がとても少ない。その事情も重なって、リアとシルビアが歩いているだけで、町中から注目を浴びる事になってしまった。色々なお店がサービスをしてくれたし、色々な人がこの町について教えてくれた。『闇衲』からお小遣いも貰ったので、色々なモノも買えた。具体的には、シルビアを更なる美人へと昇華させる為の装飾品数十品。何故かシルビアは嫌がったが、道具かのじょの意見なので無視を決め込んだ。それ以上の理由なんていらないが、強いて言うならば、唇を噛みながらムッとする彼女の顔がとても可愛いからだ。
「パパー帰ったよッ!」
 人間馬車という言葉が気になったので、言いつけ通り日没頃に帰ってきた。やはり同性との会話というモノは存外楽しく、シルビアも装飾品については怒りつつも、出かけた事については満更でも無かったようだ。
「…………あれ」
 ロッキングチェアに腰かけていた筈の『闇衲』の姿が何処にも見えない。彼も出かけたのだろうか。
 せっかくなので、自分も座ってみようか。ロッキングチェア。
「もーパパったら。娘が帰ってくるまで我慢も出来ないのかしら」
「絶対違うと思うんだけど。ねえ、この家が拠点って事は、勝手に料理始めちゃっていいの?」
「出来るならね。シルビアって料理出来たっけ?」
 頭を振る少女を見て、リアは呆れた様にため息を吐いた。
「パパに教えてもらいなさい。大丈夫。時間があったら教えてくれるわよ」
「でもリアの修行が……」
「私の事なんていいわよ! 大体パパが近くに居たら騒動なんて簡単に起きるしねッ。それを乗り越えていけば、超絶可愛い殺人鬼の完成よ!」
 そして世界への復讐を完遂する。何年かかるかも分からないが、何年掛かっても成し遂げたいと考えている。シルビアにも『闇衲』にも、それに是非付き合ってもらいたい。
「……人間馬車って結局何の事なのかしらね」
 町の人に聞いてみても、そんな存在は寡聞にして知らないようだ。では『闇衲』の虚言なのかと言えばそれも違うだろう。あんなタイミングで嘘を吐く必要性を感じない。
「馬の代わりに人間に引かせてる……とか?」
「ああ、荷車をね―――うーん馬の方が力あるし、道楽にしてもそれは無いんじゃないかしら。傍から見たら進まない荷車でふんぞり返っている奴も、大概滑稽に見えるし」
 或いは馬車が人間の形をしているのかもしれない。口を大きく開けているように見える荷車と、それを引いている馬達。それはまるで、迫りくる大口から馬が逃げているようにも見えて、とても面白い……訳が無い。
「こればっかりはパパが帰って来ないと分からないわね……」
 その直後。家の入口が強大な力によって押し開かれた。ロッキングチェアの揺れも相まって安らいでいた精神が、その音一つで一気に覚醒する。背後を振り向くと、『闇衲』が立っていた。片足が上がっているのは、扉を蹴っ飛ばした名残か。
「ああ、帰ってたのか。済まないな。少し準備をしていた。という訳でシルビア。早速だがお前を道具として使わせてもらうぞ」
「えっと……話が読めないんですけど」
「人間馬車について知りたいんだろう? だったら黙って使われろ。分かったな?」
「は、はい……」
 果たしてそれがあんな事になると、誰が予想したのだろうか。
















 

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