ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

殺戮ショー 終演 2/1

 実は何も考えられていないなんて、今更そんな言い訳が通用する訳が無い。出来なくても、やらなければいけない。達成しなければならない。
「はいはーい! 私は何を手伝えばいいのッ?」
「ちょっとここの柱を押さえといて」
「分かったわッ」
 自分が突くべきは恐らく、ここだ。『簡易式の天幕を設営している者達はまだ食事をしていない』という点。毒でも持っていたらこの時点で自分の悩みは解決したのだが、生憎と計画は狂いっぱなしだ。おまけにどうしてか張る必要のない見栄まで張ってしまった。そのせいで『闇衲』の協力は得られないし、正に絶体絶命の状況と言えるだろう。
 しかし、毒を持っていなくてもやり様はある。例えば……そう。食事をしていないという事は、終わり次第食事に向かうという事でもあり、それは言い換えれば、そう遠くない内に確実な死角が生まれるという事。それを上手く活用する事が出来れば、この無謀な殺戮ショーは大成功に終わる。
「所で、何だか機嫌が良さそうだけど、何かあったの?」
「え……いや、別にないわ―――よ?」
 何故かこちらを見もしていないのに、ヒンドは自分の様子に随分と敏感だった。気づかない内に言葉の調子が上がっていた事に気付いたのも、ヒンドに指摘されてからである。何だか、普通の人間とは思えない勘の良さを感じるのだが、気のせいだろうか。殺意を向けようとしても躱されるし、やはり一般的な普通の人間では無いのだろう。
 まあ、それはそれで構わない。彼がどういう存在であれ、今夜死ぬ。どういう存在であっても、それが生きている限りは絶対に死ぬ。それが世界の理であり、生き物の定め。なので今更正体について気にする必要は無いだろう。少しだけ不完全燃焼だが。
「ねえヒンド。今日は素晴らしい夜になるってどういう意味なの? もしかして、その為に天幕を設営してるの?」
 少しだけ揺れる支柱を懸命に押さえながらリアが尋ねると、他の者に指示を飛ばしてから、ヒンドが一瞬だけこちらを向いて。
「正解。素晴らしい夜の内容は教えてあげられないけど、きっとリアも驚くと思うよ。まあ……もしかしたら、何も無いかもしれないけどね」
「……どういう事?」
「全ての現象を操作できる訳じゃ無いって事だよ。俺にだって読めない事はある。不測の事態でその町伝統の祭りごとが中止になる時とかと一緒さ」
 何だか話をはぐらかされている気がする。全然核心が見えないし、何より……この天幕がどうして素晴らしい夜を引き起こすのかが全然分からない。彼は先程祭りごとを引き合いに出してきたが、この天幕によって起きる素晴らしい夜が、どうして祭りごとが中止になる事と釣り合っているのか。その辺りが滅茶苦茶だし、考えてみても良く分からない。全くの出鱈目だと言われた方がよっぽど納得がいく。
「所でリア。俺の足元にある奴って君の? 何かの液体みたいだけど」
 言われてヒンドの足元に視線を下げると、暗くて良く見えないが、そこには青色の小瓶が置かれていた。手に取って見てみるが、記憶に無い。トストリスでの拠点にもこんなモノは無かったと思う。軽く振って耳を澄ませると、僅かな水音が耳に響いた。
 ……これは、何?
 只の水であればここに入れる意味が分からない。どんなに粗末な素材を使ったって、水を汲もうとだけ思うのならもっとマシなモノが存在する。そうなるとこの小瓶は……
「……ねえ、この小瓶って何処にあったの?」
「草むらだけど……その言葉を聞く限りだと違うみたいだね」
 草むら……言うまでも無いが、小瓶は自生しない。この集団の誰かが置いたとも限らないし、可能性があるとするならば『闇衲』か。恐らく彼が自分を助ける為に敢えて草むらに隠―――いや、手放した。そう、手放した。
 リアが言ってしまったのは、『闇衲』の協力は絶対に借りないという言葉である。つまりこれを彼が手放したと仮定すれば、これは今、誰のモノでも無いという事。たとえそれをリアが拾ったとしても、それは『闇衲の助けを借りた』事には成らない。
 天幕の設営ももうすぐ終わる。リアは気付かれない様にそっと懐にしまい込み、立ち上がった。柱を押さえる仕事をやめろとは言われていないが、見る限り自分が居なくとも柱は安定している。作業を続けている者達からも何も苦情は出ていないし、離れてしまっても問題は無いだろう。ここからは時間との勝負。そしてシルビアの使い方の見せ処。
 再び彼女の方へ戻ってくると、何度か見かけた顔が焚火の周りに増えていた。メルスと、エトアである。二人共スティンの事は見事に忘れているようで、以前見た時と変わらぬ表情で食事を楽しんでいた。彼が居ないからか、エトアはメルスと親しそうに話している。
 一方のシルビアは、二人の男性に両脇を挟まれながら黙々と食事を摂っていた。時々投げかけられる質問には、その度酷く動揺していた。その光景を眺め続けても面白そうだが、『闇衲』が使えない今、彼女まで機能不全にする訳にはいかない。
「シルビア! ちょっと来てくれないかしらッ?」
 状況が状況。彼女としても先程の地獄は早いところ脱出したかったようだ。両脇の男性に一言入れてから、逃げるようにシルビアが駆け寄ってきた。
「リア、ありがとう」
「気にしなくていいわよ。ま、気にしてくれるなら早速一つやって欲しい仕事があるんだけど」
 左右を確認した後、リアは眼前の少女へと小瓶を渡す。「これは……何?」
「多分毒。恐らくパパが捨てたモノだから、毒は毒でも猛毒よ。私はこれから一人でも毒を免れる事が無いように時間稼ぎをしてくるから、シルビアは大本のスープに毒を入れてきてくれない?」
 本当にこれが毒だったとしたら、是非醜い死にざまを晒してもらいたいモノである。自分としてもその方が充実感があるし、達成感があるし、何より満足感がある。もしも毒じゃなかったとしたら……いや、毒だ。そうに違いない。
「な、何て言って入れればいいの?」
 それくらい自分で考えろ、と言いたいが、思考が善人に偏っている彼女にそれは酷というモノ。リアは顎に指を当てる。


『毒を入れに来ました』


 馬鹿である。正真正銘の阿呆。そんな事言われて『おう、そうか!』等と返してくる面白い人間はこの世に居ない。


『頼まれてた調味料持ってきました』


 まず頼まれていないし、そもそもスープ自体はあれで完成している。あまり効果は無さそうだ。この集団が余程の阿呆でない限り。


『ヒンドがこれを入れろって執拗に……』


 言っていない。が、彼を利用するのはアリかもしれない。この集団を纏めているリーダーの名を出せば、もしかしたら納得してくれる……のか?


「あー…………じゃあ、バレない様に入れてきて。バレたらシルビアの事捨てるつもりだから、そこの所宜しく」
「え……! よ、宜しくってそんなあ……ど、どうすればいいの?」
「どうもこうも、バーッと行って、サーッて入れて、スーッて帰ってくればいいでしょ。簡単じゃない」
 あっさりと言い切ったリアに、珍しくシルビアが語調を強めて反論してきた。
「擬音ばっかじゃ分からないよ!」
 何と言う正論。こちらは目を逸らす事しか出来ない。
「と、とにかく! 私、シルビアなら出来るって信じてるから。じゃ、任せたッ」
「え、ちょ……」
 聞く耳持たん。リアの姿は忽ちの内に消え去った。








 この集団の生命線とも言えるスープに、そうそう近づける訳が無い。自分達は何も言われていないが、恐らく子供は近づいてはいけないと言われているのだろう。だからこそリアは、敢えて自分を使った。仮に失敗しても、疑われるのは自分だけだから。
 酷いとは思うが、仕方ない。彼女や『闇衲』にとって自分は道具でしかないのだ。むしろ自分を道具として置き換えた上で改めて考えてみれば、リアの使い方は至極当然処かむしろ最適だと言える。ここで道具としての自分が取るべき行動は、使い手であるリアの望みを叶えた上で、自分の価値はまだまだ下がってはいない事を示す事。そうすれば次からは待遇が良くなるかもしれないし、自分の安全はより保障されるかもしれない。
 スープの大本に配置されているのは三人。一人が配給役で、二人が監視役か。配給の回転率を考えると逆にした方がいいと思うが、一体どれだけあのスープに触られたくないのか。文句ばかり言っているが、今回はそんな体制が自分を困らせている。本当に、どうしたらいいんだろう……
「シルビア、どうしたの?」
 そんな事をずっと考えて居たモノだから、背後から近寄ってきた男の気配にも気付けなかった。反射的に振り返って身構えると、ヒンドが両手を挙げて「何もしないよ」とおどけていた。
「な、何してるんですかッ?」
「それはこっちの台詞だよ。何、あのスープに何か用? 味付けに問題でもあったかな?」
「…………い、いや。そういう訳、じゃ」
 やはり無理だ。三人の目を掻い潜る事自体至難の業なのに、そこにヒンドが加わったとなれば、素人の自分ではまず不可能。自分の価値を下げる事になるのは嫌だが、出来ないモノは出来ない。道具にだって限界はある。
「そ。じゃあ焚火の所に戻ってなよ……疑われたくなかったらね」
 そう言い残して、ヒンドは自分の肩を通り過ぎていった。今の言葉は……もしかして、リアの計画に気付いているのだろうか。
 だとしたら一刻も早くリアに伝えないと。望み通りの働きが出来なかったせめてもの償いで。








 

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