ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

町を抜けた先には

 リアの情報を頼りに、『闇衲』達は東側へと歩を進めていた。四人で手分けして情報収集をするというやり方は非常に理に適っていて、自分としても良く出来た提案だったと思う。
 声を掛けたら逃げられた? 全く身に覚えが無い。きっと気のせいだろう。
 東側にはこの中の誰も行った事が無いらしく、町が見えなくなるくらいまで歩いた時には、既に胸の内に不安が広がり始めていた。道から少し外れた所に洞窟が見えるからである。
「……ねえ、パパ」
「言いたい事は分かる。あそこが拠点じゃないかという事だろう?」
 言いつつ二人の方へ目を遣ると、どうやら二人も同じ事を考えているようだった。確かにあの洞窟からは血の臭いがするし自分も怪しいとは思う。思うが、何故か釈然としない。洞窟の入り口は森か何かで見えづらい訳でも無く、道から外れているだけだ。目が見えていないか、洞窟を認識できない体質でも無ければあれを無視しろという方が無理がある。あんな所を拠点にするとは思えないのだが―――因みに『闇衲』であればあの洞窟には罠を仕掛けるだけ仕掛けておくに留める―――老人故にその辺りの勘が鈍ってしまったのだろうか。
「お父さん……どうしましょうか。入り……ますか、やっぱり」
 いや、そんな阿呆な事は早々ない。奴が老人だったとしても、その勘が鈍っているなんて事はあり得ない。殺しは人を若返らせる。快楽は感情を蘇らせる。本職である自分がそうだった。
 行動を決めかねているヒンドにを横目に、『闇衲』は真っ直ぐ歩き出した。
「ちょ、お父さんッ? 一人で行く気なんですかッ?」
「お前達はリアを守っていてくれ、まずは俺が様子を見てくる。何も居なければ帰ってくるし、何かいたら引っ張り出してくる。帰って来なかったら死んだと思え」
 嫌いな男二人に囲まれた彼女の心情は推して知るべきだが、配慮するに値しない。こんなつまらない所で『暗誘』と遭遇して全滅する事こそ最も避けたい事態だ。出来れば我慢してもらいたい。










 洞窟の中は暗くて湿っていて、生物の気など少しも感じない。こういう場所だ。こういう場所こそ自分が居るべき場所だ。決して明るくて人の賑わった場所なんかではない。まさかこんなあからさまな所に居るとは思えないが、もし『暗誘』が居るのであれば、奴とは気が合いそうだ。尤も気が合うというだけで、それと危害を加えるかどうかは全然別の話。宣言通り、両手足を折って、指を一本ずつ刻み、口内に両目と棒を突っ込んで川……には流せなさそうなので、引きずり回す事にするか。
 五分程無言で歩いていると、最深部に辿り着いた。僅かばかり差し込む光を頼りに周囲を見渡すが、特に目を引くようなモノは無い。生物が居るような気配も……
「―――回りくどいな、『暗誘』」
 視界には何も映っていない。自身の五感も近くしていない。しかし第六感は確かに、あの忌々しき老人の存在を告げていた。『闇衲』はゆっくりと息を吐いて、全身の力を抜いた。まだリアには見せていない技能だが、あそこで待機している以上、彼女に教えを請われる事は無いだろう。安心して使う事が出来る。
「……………ふぅー」
 自然と気を合一させ、己が存在を世界へと拡散し、知覚能力を極限まで高める―――それと同時に放たれた攻撃に、『闇衲』は身を翻すと同時に手を払って、攻撃を躱した。目の前には先程まで見えなかった筈の老人がへし折られた指を見て、にやついていた。
「やはりか。君は『闇衲』だね?」
「……トストリス大帝国は既に滅んだ。俺はお前が奪おうとした少女の父親に過ぎない」
 全く痛がっているような様子を見せないまま、『暗誘』は攻撃を加え続ける。一発の力強さは別格だが、やはり遅いという他ない。攻撃を往なす程度は片腕で十分だ。
「半ば伝説として語られた『闇衲』に出会えるなんて光栄だよ。でもおかしいな、君に娘が居たなんて話は聞いた事がないんだけど」
「そうか。だったら追加しておけ。『闇衲にはそれはそれは美人な娘が居る』とな」
 一発につき一本。既に両手の指は全てへし折ったのだが、それでも老人は攻撃をやめない。その巨大な腕を鞭にして、こちらの頭を吹き飛ばさんとあらゆる方向から腕を振るってくる。人体の構造上仕方ないとはいえ、大して柔軟性も持っていない攻撃にわざわざ当たってやる道理は無い。まるで更なる攻撃を煽る様に『闇衲』はわざとギリギリを見切って躱していた。こんなつまらない上に面倒な戦闘、とてもではないがやってられない。恐らくだがこの男、痛みを感じない薬か魔術を使用している。急所である筈の鳩尾に攻撃を加えても勢いが止まらないのがその証拠だ。そんな奴に延々死なない程度の攻撃を加えても時間の無駄。殺すなら一発で決めなくてはならない。
 だが殺すのは惜しい。こいつには是が非でもリアの成長の糧となってもらいたい。多少なりとも戦闘能力に自信のあるこいつを殺せれば、彼女も少しは立ち回りというのを覚えるだろうから。
「所で、いつから尾行してたんだ? 少なくともこの洞窟に入るまでは俺も気が付かなかったぞ」
「あの子がこっち側に来てからずっと、だよ。僕はまだあの子を娘にする事を諦めていないからね」
 がら空きの脇に身体を滑り込ませて、一気に投げ飛ばす。二人の間には多少では済まされない体格差が存在するが、『闇衲』は問題で無いとばかりに軽々と『暗誘』を地面に叩き付けて、その醜悪な顔面を力の限り踏みつけた。
「ほう? じゃあどうしてわざわざ俺を狙いに? 俺が離れたんだからむしろ、狙い時なんじゃないのか」
「君は多少距離が離れていても直ぐに駆けつけてくるから……先に潰す事にしッ―――」
 聞いているだけで不快感を覚える耳障りな声が、一瞬で止んだ。気が付けば自分の足元から老人の姿は消えており、先ほど顔を踏みつけた時に出た鼻血も無くなっている。
 …………中々厄介だな。
 現実的に考えるのであればまず説明のしようが無いが、この世界には魔術がある。『闇衲』は生憎とその辺りの知識に疎いので良く分からないが、さしづめ幻影の魔術でも使ったのだろう。そう考えれば、痛みを感じなかった理由も攻撃をやめなかった理由も説明が付く。全ては『暗誘』に見せられた幻覚だったと考えれば。
 しかしこれをどう外で待機している人間に伝えればよいモノか。魔術を使うかどうかを教えた所で対策出来るのかと言えばそういう訳では無いし……






「何ッ?」






 『闇衲』が洞窟から外に出てくると、三人の姿は見えなくなっていた。




















 

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