ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

唯一の弱点

 リアを一人にさせたのは愚かな決断だったかもしれないが、十字に道の伸びたガルカにおいて死角と呼ばれる場所は殆どない。街の中心に立っていれば四方を十分に見渡せるので、仮にここで『暗誘』がリアを襲撃にしに来たとしても問題ない。如何に動きが素早かろうとも彼が老人である事に変わりは無いのだ。その動きは自分からすれば非常に愚鈍な類に入り、攻撃は見てからでも間に合う。神経質になる必要は無いのかもしれない。
 むしろ気にするべきは自分のコミュニケーション能力の方だろう。あまりにも自分の情報を開示する事を避けた結果、人とのコミュニケーションは大層苦手になってしまった。これだけ言ってしまうとリアやシルビアと言った幼女達と普通に会話している事におかしな誤解を抱かれかねないが、そういう事ではない。単純に、素性も知らない他人と話す事が出来ないというだけだ。
「ちょっといい―――」
 先程までどうして道が歩けていたのか不思議でならない。人の流れを見れば分かるが、皆は明らかに自分を避けるようにして歩いている。何故だ? 血塗れで街中を歩いている訳でも無いのに、一体何が人々を遠ざけているのか。真ん中に移動すると、やはり自分の周りから遠ざかる様に人々は移動していく。四方の見通しが良くなるのは良いが、これでは情報収集も何もあったモノじゃない。
「おい、ちょっと……」
「ひいッ! も、持ってませんよ! 何も、ええ何も!」
 立派な口髭からは想像もつかないような震えあがった声に、『闇衲』は思わず唖然としてしまう。一体自分が何をした? 人間は確かに嫌いだが、だからと言って人間にここまで嫌われる謂れは無い。そんな発言を公衆の面前でした事は一度も無いし、自分の行いを誰かに垂れ流したこともない。あるとすればリアだが、リアにそんな時間は無かった。
 ……考えられるのは主に三つ。
 一つは顔だ。自分はカッコいいと呼ばれる類の顔を持ち合わせていない。だから誰に聞いても逃げられるし、避けられる。それは見るだけですら重傷を負いかねない事から『顔面凶器』と呼ばれており、だから人々は『闇衲』に関わらない様に努めて遠ざかる。言い出しておいて何だが、これは絶対に有り得ない。それは理由を詳細に語るまでも無く、今までのリアを思い出せば分かるだろう。顔面凶器の人間と話したくないのであれば、どうしてリアには何のダメージも無いのだ。あれは男の煩悩の闇を見た事で性格が曲がってしまったが、その感性は紛れも無い少女。むしろ他の人間よりも一層醜さを嫌うだろう。にも拘らず彼女が普通なのはおかしい。故にこの案は削除できる。
 二つ目は殺気だ。だがこれはあり得ない。今でも大分抑え込んでいるのに、これ以上抑え込んで何が変わるというのか。だからきっと原因はこれではない。
 最後はこの街の人々もまたコミュニケーション能力に重大な欠陥を抱えているという案だが、有り得ないというよりあってはならない。そんな人間が集まっても町は出来ないし、第一そんな街で店など開いて一体何をするというのか。
 駄目だ、分からない。武器は見えないようにしているし、背中は隙だらけにしているし、足音は殺していない。出来る限り一般人であろうとする努力はしたつもりだ。しかし努力が報われるとは限らない。『闇衲』は今日、改めてそれを実感した。そして心に決めた。
 もうまともな手段での情報収集などするものか。










 何時間か経ったのだろうか。自分を含めた四人は一旦外に出て、互いの情報を共有していた。時間がどのくらい過ぎ去ったのかを数えるのも面倒だ。もうどうでもいい。勝手にやってくれ。
「やっぱり『暗誘』は子供を無差別に誘拐しているみたいですね。家をそれなりに尋ねてみましたが、皆怒りに燃えているようで。情報は得られませんでしたが、彼等も情報収集に協力してくれるそうですよ」
 ヒンドは『被害者』という名の優秀な情報網を手に入れた様だ、羨ましい。被害者である以上嘘を吐く理由も裏切る理由も存在しない為、現状は一番信頼できる情報網とみなして間違いないだろう。
 『闇衲』は大きなため息を吐く。
「私は手に入れたわよッ。『暗誘』はどうやら東側から町を出入りしてるみたい。私が襲われた時もそうらしいから、間違いないわ!」
 リアはどう過小評価しても重要な情報にしかならない情報を手に入れた様だ。その情報から絞り込んでいけばいずれはあの男の拠点にも辿り着くだろう。彼女は「ねえパパ、凄くないッ? 私凄くないッ?」等と自慢げに繰り返してくるが、耳に全く入ってこない。むしろ他の者が成果を挙げれば挙げるほど己の無力さと実力不足を嫌悪して、精神が腐食していく。
「……あれ、パパ? パパは何を手に入れたの? ねえってば」
「…………………よ」
「え? 居場所?」
「………………だよ」
「そうだよ? そうなのッ?」
 何故この少女はこんなにも察しが悪いのか。『闇衲』は大きく息を吸い込んで、怒鳴り散らすように、
「何も得られてねえんだよ! いい加減察せよこの阿呆!」
 所謂逆切れである。一応補足しておくがリアに一切の非は無い。悪いのは全て自分で、だからこそ許せない。
「何でか! 人が! 寄り付かねえんだよ、何でだよ!」
 苛立たしげに声を荒げる自分は、初めて見せた気がする。リアは喜ぶでも悲しむでも無く、口を開けてぽかーんとしていた。
「…………パパ。多分それって、殺気が原因なんじゃないの?」
「―――殺気は極限まで抑え込んでいるんだが」
「え、それで…………?」
 リアが視線で二人の方向へ振ると、二人は同時に。
「……何か、仇の相手に出会ったみたいな顔ですね」
「俺が一番嫌いな顔だぜ、暴力野郎が」








 今回の行動は、記憶の中から永久に抹消する事にした。






 



コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品