ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

二人の絆

「なあ、別に人が居ても居なくても、ここには何も無いんだからさ。他の家に行かないか?」
 スティンの言っている事は間違っていない。リア達と同じような存在―――即ち、裏の世界に生きる人種であるのなら、関わらないに越した事は無い。何かを知ってしまえばそれだけで付け狙われるだろうし、そういうリスクを無視しても、この家には特に何も無いのだから。二階は良く使っているだろうとは言うが、『使っている事』と『物がある事』は別の話。もしも地下で何かしらの手段を見つけて二階に移動したとしても、そこに少しの物も無ければ骨折り損だ。
「……じゃあスティンは他の家に行ってていいわよ。私はここを探すから」
 もしかしたら、少しだけ素が出てしまったかもしれない。突き放す物言いのリアに、スティンは拳を作って反論した。
「え……いや、女の子を一人だけにしておく訳にはいかないだろッ。俺はお前を守って見せる! 絶対にな!」
 先程聞いた。しかし彼のような端正な顔立ちの少年にこんな事を言われてもときめかない自分は、女性として壊れてしまったのだろうか。
「そう、だったら探すわよ。もしも本当に何も無かったら帰るから安心してね」
「あ、安心っていうか……俺は別に怖がってねえし」
 膝を震わせながら言われても無理がある。暗くて良く見えないが、スティンの表情は中々面白い事になっていただろう―――なんて言っている場合ではないか。リアは地面に這いつくばって、何かしらを探し始める。
 考えてみれば、あまりにもおかしな痕跡だ。灰だけは綺麗に掃除されていて、中途半端に燃え残った薪だけが残っている暖炉なんて、そうあるモノじゃない。存在を隠そうとしている割には雑な仕事だし、自分の存在を示そうとしているのならあまりに中途半端。あの痕跡があったからこそ、リアはこの家が無人ではないという事に気付けた訳だが…………やはり気になる。何だあの痕跡。今考えてみれば物凄い違和感がある。
「なあ、何も無いぞ」
「こっちにも、特にさっきみたいな違和感を持ったモノは……無いわね」
「やっぱり他の家に行こうぜ。本当にここに人がいたとしても、ここで時間を使ってたら戻ってきちまう」
「……そうね。二階に行けないのは少し残念だけど、行きましょうか」
 ここには人が居る。それが分かっただけでも大きな収穫と言えるだろう。後で『闇衲』に教えておけば、もしかしたら連れて行ってくれるかもしれない。
 スティンの後を追って、リアも地下倉庫を後にした。










 彼女を一人で行かせたのは自分だ。それは紛れも無い事実であり、彼女にその事で責められても文句は言えない。しかしどうしてだろうか。ヒンドは『スティンも居るし、大丈夫ですよ』等とほざいていたが、居ても経っても居られなくなってしまった。気づけばシルビアと一緒に、宿場町ガルカを訪れていた。
「……殺人鬼さん。もしかしてリアが心配なんですか」
「その問いに対しての答えは一旦置いておくとして、殺人鬼という呼び方はやめろ」
 心配などしていない、という言葉には説得力が無さそうだったので言わないでおく。素直になれないだけと勘違いされても困るし。
 そんな自分の気持ちなどこれっぽっちも察していないかのように、シルビアはとんでもない事を言いかけた。
 何を言いかけたかって? 『闇衲』の名前である。
「じゃあシ―――」
「名前で呼ぶな。それはもう……意味の無い名前だ。俺の事は―――」
 存外に名前を使ってはいけないというのは不便なモノだ。殺人鬼や『闇衲』の呼称は論外として、『パパ』と呼ばせるのはリアと被っているから分かりづらい。しかし名前で呼ばせる訳にはいかないし、だからと言って殺人鬼…………
 思考が繰り返される。自分でも何をどう考えて居るのかが理解出来なくなってきた。あまりいい気分はしないが、最早この呼称を解禁するより他は無いだろう。
「お父さんと呼べ」
「え…………」
 彼女が困惑するのは当然だ。隣の男が突然、自分を『お父さんと呼べ』と言い出したのだから。不審者認定待ったなし。只怖いだけだった顔が、今にも目に付いた少女を襲いそうな顔つきにも見えてきて、シルビアは本能的に恐怖を……覚える訳が無い。伏し目でこちらを見つめる男の顔には、少女以上に不愉快な感情が見え隠れ……隠れていないが……していた。
「何だ? 嫌か?」
 俺も二人のガキに父親呼ばわりされるのは至極不愉快だよ、とでも言わんばかりの表情である。ここで補足しておくが、シルビアには人の心理を読むような特殊能力は無い。只、あまりに『闇衲』の表情が露骨すぎて分かってしまうだけだ。
 きっと優しくこちらを見つめているつもり。その筈だ。なのに、この男に見つめられるだけで、震えが止まらない。
「あ、あの…………お父、さん」
「何だ」
「何でもないですッ」
 もう無理だ。この男とは会話できない事を本能で悟った。怖い。子供教会で感じた醜悪とはまた違った黒さ。嫌悪という一点が極限まで濃縮されたこの感情。分かっている。『闇衲』があんな事を言い出したのには理由がある事は分かっている。
 彼は自然さを獲得したいのだ。『殺人鬼』と呼ばれる男と少女が二人で歩いていたら不審者扱い待ったなし。最悪の場合は誰かに監視されてしまいかねないので、だから彼はあんな事を言い出した。それによってシルビア自身は困惑してしまった訳だが、それでも自然さは獲得した。恐る恐る男を『お父さん』と呼ぶ少女に、殺意剥き出しで答える『お父さん』。その光景を見ても、きっと誰も不思議には思わない。誰しもが当たり前の様にこう思うだろう。
 こいつら絶対親子じゃねえ。
「…………お前を殺す気は無いから安心しろ、なんて言っても無駄だろうな。分かったよ、だったらリアを探す前に、町でも散策するか。親子らしく、な」
「は、ハイ。行きましょうお父さん」
「……最後に言っておくが、部外者が誰も居なかったらいつもの呼び方に戻していいぞ。流石にお前も気持ち悪いだろう。こんな男を父親と呼ぶのは」
 広場には人だかりが出来ているが、徐々にその規模は小さくなって、人々は自らの居場所へと帰り始めた。丁度良い。何を買うつもりもないし、今の所は誰も殺す気は無いが、人の営みを観察する好機だ。本当はリアを遠くから見守る為に来たのだが、シルビアとの絆を深める為にも、たまには全てを忘れて歩いてみようか。






―――ねえお父さん! 一緒に城下町に行こッ。今日は奇術師の人が来てるんだって!






「こんな分かりやすい町で迷う筈は無いが、念の為だ。襲われたくなかったら俺の手を離さない事だな」







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