ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

町にて 後編

 自分達の関係は嘘っぱちである。偽りだらけで愛情など無くて、契約が終了すれば他人に戻るだけの淡白な関係。
 それでもその契約が続いている限りは、大事にされるものだとばかり思っていた。




「まあ、別に構わん。アイツもたまには同年代と一緒に居たいだろうからな」




 私はパパに売り渡された。その存在を感知するだけで寒気と吐き気が込み上げてくる男性に、売り渡されたのだった。果たしてこれが人間のする事だろうかとも思ったが、そう言えば『闇衲』は殺人鬼だった。それならば仕方が無いだろう。
「あの野郎……後で覚えとけよ…………」
 リアは隣の人物に聞こえないように、小声で呟いた。女性に対して恋愛感情を抱かない奴なのは結構だが、それはそれとして、流石に酷すぎる。仮にも娘であるのなら当然彼は自分を護るべきであり、自分もまたその恩恵に受け入れるべきである。しかし何だこれは。あり得ない。あり得ない……あり得ない。
「どうしたんだ、リア? そっちにはなんも居ないぞ」
「……何でもないわ! ……ただちょっと、緊張しちゃって」
 一体どうしてこんな男なんかと宿場町ガルカに……いや、流石にもうやめておこう。これ以上恨みを心内で呟いていると顔に出てきそうだ。そういう訳で心機一転、改めて現在の状況を語るとしよう。
 二人は宿場町ガルカに足を踏み入れていた。二人と言うのは、リアと『闇衲』の事ではない。リアとスティンの事である。確かにあの集団を自分だけで殺して見せるとは言ったが、一体誰がこんな展開を予想しただろうか。『闇衲』を介さず、自分が異性と行動を共にするなんて。トストリス大帝国に居た時は、全く考えもしない事だった。
「緊張……か。まあ確かに、お前は悪い事を今までしてこなかったような顔してるもんな。でも大丈夫だ、安心しろ! リアの事は俺が守ってやるッ!」
 悪い事を今までしてこなかった……か。思わず吹き出しそうになったが、明らかにそんな場面ではないので、堪える。
「ありがとッ。頼りにしてるわよ、スティン!」
「お……おうッ」
 こちらが笑顔を浮かべるだけで赤面する精神性はどうにかならないモノだろうか。そんな事ではきっと、長く生きられないだろう。いつか何処かで色仕掛けに引っかかって、それで終わりだ。その時を待たずとも自分が殺してしまうのであまり関係ないかもしれないが、もしも生き延びたのであれば……彼には『闇衲』のような精神性を身に着ける事をお勧めする。
 ガルカは十字に道の伸びた宿場町で、その構造を考えれば行商人で溢れ返る事も珍しくないのだが、広場にはそれとは違った人だかりが出来ていた。
「ありゃ、何だあの人だかり……まあ盗みやすいからいいんだけどな! ほらリア、こっちだ」
 特に気にした様子もなく、スティンは人混みを抜けていく。その時に『トストリス大帝国』という単語を聞いて、リアは少しだけ嬉しくなった。トストリス大帝国に繋がる町というだけはあり、滅んだという情報は直ぐに伝わっていた。人混みの中には、トストリス大帝国で見かけた顔もある。逃げてきた女性や子供の姿が、あの国で起きた事件を町に広めてくれたのだろう。彼女達には感謝の念を持って殺さなければ。
 北の方向に伸びた道に並ぶ家々には、誰の姿も見えなかった。当然である。十字に伸びる道の先が一つ潰れたのだ。あの国に知人が居る人間であればまず事の詳細を理解しようとするだろうし、行商人にしてもお得意様が居たのであれば同じ事をするだろう。無人の家がこうもたくさんある理由は、きっとそういう事だ。
 尤も、スティンはよく理解していないようだが。
「見た所、無人の家ばっかりだけど……時間は無いかもな。ここで分かれるのは危険だろうな……となると―――」
「あそこがいいと思うんだけど、どうかな?」
 事の詳細を理解した人間は、早々に自分の居場所へと戻ろうとするだろう。幾つもの足跡のせいでそれを完璧に予測する事は出来ないが、それでもある程度は問題なく出来る。その上で押し入る家を選ぶとするならば、あの古ぼけた家が良いだろう。
「ん……確かにいいかもなッ。ずっと無人って事は無いと思うが、見る限り店でも無いし……そうするか!」
 そうと決まればスティンは早い。目立たない為の立ち回り等は壊滅的だが、身のこなしはとても素早かった。
 扉に鍵は掛かっていなかったが、少しだけ歪んでいるらしく、開けた際に大きな音が鳴ってしまった。反射的に周囲を見回すが、音に気付いた人間は居ないようだ。早まる心拍を抑えて、二人は家の中へと足を踏み入れる。
 家の外装に違わず、家の中はとても汚かった。本当に人が居るのか疑いたくなる程に埃を被っていて、地下倉庫には使われた様子すら無い。二階の方はまだ少しだけ綺麗なように見えるが、あちらへと続く階段は壊れていて使えない。
 ……おかしいわね。
「リア、何かあったか?」
「んー無いわね。皿とか小瓶だったら洗えば使えそうだけど、食べ物らしき食べ物は……そっちはどうなの?」
「―――同じ感じだ。せめて武器とかあればいいのに、それも無い。やっぱ二階に行くしかないみたいだな」
 しかし階段は壊れていて使えない。一歩踏み出すだけで更に壊れる事だろう。リアは一旦スティンと合流する事にした。
「どうするの?」
 外はまだまだ騒がしいが、いつ騒ぎが収束するかは分からない。こんな無防備な家は中々ないが、この家に執着していたら騒ぎは直に収まり、他の家に入る隙が無くなる事だろう。ヒンドは『成果が無くても大丈夫だよ。初めてなんだし』と言っていたそうだが、その言葉に気を休ませる事が出来ないのも道理。
「…………他の家に行くぞ。何でまだ残ってるのか知らないけど、ここは廃屋みたいだ。人が居ないんじゃ盗みようが無い」
「いや、人は居るわ。住んでるかは分からないけど、出入りはしてる」
 家を出ようとした少年を、リアの一声が制止させた。
「は? いや、人が居る訳ないだろ。だってこんなに埃っぽいんだぜ?」
 スティンの言葉は間違っていない。余程清掃が苦手か、或いは埃を吸い込んでも何も感じない人間が存在しない限りは、過度に埃を被っている家には誰も住んではいない。
「付いてきて」
 リアに手を引かれて、スティンは暖炉へと辿り着いた。中に殆ど燃え尽きた薪が散乱しているだけで、人が居るようにはとても思えない。
「リア。これの何処を見れば人が居るって分かるんだよ。燃え尽きた薪の事を言ってるなら、そんなのずっと前か少し前までは誰かが住んでたってだけだからな?」
「……綺麗だと思わない? 灰一つ見当たらないなんてあり得るのかしら」
「え?」
 言われてみれば。暖炉に残っているのが灰ではなく、燃えカス同然の薪だけというのはおかしな話だ。暖炉の周りだけ、やけに綺麗なのも、周りの埃具合を考慮すれば違和感がある。
「灰は綺麗に掃除されてるのに、どうしてこんな再利用しても大して燃料にならさそうな薪だけが乗ってるの? それに、埃も……少ない場所と多い場所があった。人が本当に住んでないのなら、こんな事ってあるかしら?」
 どうやらこの家に出入りしている人間は、自分達と同じ存在なのかもしれない。表立って動く事の出来ない誰かなのかもしれない。
 という事は、だ。使われた様子の無い地下倉庫にも、何かしらの痕跡が残っている可能性が高い。使われた様子が無いのは見た目だけで、実は使われているというのは暖炉によって証明された。そして使われているという事は、当然綺麗に見える二階は良く使っているという事でもある。
 リアは地下倉庫へ続く入り口を開けて、中へと入っていく。一見では分かるモノも分からない。詳しく調べなければ。


  





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