ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

男嫌い 前編

 気配を隠さない行為は好きじゃない。自分は今まで裏世界の人間として生きてきたのだ。どんなに間違ってもこんな風に堂々と道は歩きたくなかったし、人にも近寄りたくなかった。特に貧民には。
 貧者の特性か、貧民は妙に死に敏感だ。一番殺しにくい人種でもある。力ずくという手段を選べばその限りではないが、自分のアイデンティティーは見えない事、正体不明である事。そのアイデンティティーを潰すなんて簡単にしていい決断ではないし、そうでもしなければ殺しにくい存在である事に変わりない貧民は、やはり殺しにくい人種である。貧者の直感で正体を見破られる可能性も無くはなかったので、本音を言えば遠くから殺してそれで終わらせたかった。
「やっほー! ねえねえ私も混ぜてくれない? 何をやってるか分かんないけど!」
 しかしあの娘の好奇心を抑える方が不可能な話なので、非常に不本意だがここは姿を晒す事にする。気配も隠さない。謎にハイテンションなリアが隠れ蓑になってくれている筈だ。
 当然ながらそんな調子で近づいてこられても貧民はどう接していいか分からない。こちらに笑顔を振りまく少女(とそれに引っ張られている少女)に、蠢く集団は統率を乱して騒いでいた。
 ……本性さえ見えなければ、只の美人な少女なんだよな。
その本性が大いに難ありだが、そんな事は他人の知る所ではない。美しいモノなど見たことないのか、大人達も子供達も、彼女の美しさに見惚れているようにも見えた。彼女に対する劣情も……見えた。
「あれ、どうしたの? もしかしてダメ……だった?」
「いや!」
 リアの上目遣いの破壊力は凄まじいモノだった。この集団を束ねているだろう青年が集団の中から出てきて、手を差し伸べる。
「―――むしろ手伝ってくれるっていうなら大歓迎だよッ。君、名前は?」
「リアッ! 姓は無いわ!」
「……そっか。俺はヒンド。ヒンド・ウルバス。一応この集団を纏めてる。今はここに拠点を立てようとしてたんだ。だから早速で悪いけど、リア。その辺りから枝を集めてきてくれないかな」
「任せて!」
 リアは身を翻して、こちらへと駆け寄ってきた。
「だってさ、パパ」
「だってさ、じゃない。俺は集めないからな。頼まれたのはお前、俺は別の仕事をするさ」
 リアに劣情を向けた命知らずの事も明確に知っておきたいし、あのヒンドなる青年の強さも見ておきたい。一集団を纏めるには力が必要だ。ただ頭が良い、顔がかっこいいだけでは到底纏めきれない。見る限りあの青年に特別な何かは感じられないが、それでも気になった。
 あのリアが男性の彼に嫌悪感を示さなかった事が。
「ほら行った行った。シルビアも手伝ってやれ。監視ついでにな」
 この貧民集団は二人の美少女の事が大層気に入ったようなので、情報の収集は容易そうだ。傍から見れば自分は彼女達の父親。積極的に行かずともあちらから接触を仕掛けてくる可能性は十分に存在する。容姿が端麗な少女二人を連れているだけでここまでメリットが生まれるのは正直想定外だった。だからと言ってもう一人、二人少女を連れて行く気にはなれないが。
「監視なんて大袈裟ね。私が枝を集める程度の仕事で何をするって言うのよ」
 言うまでもない事だ。世界殺しを目的とする彼女に接触した人間は必ず死ぬ。その運命さだめはたとえ死に敏感な貧民ですら抗う事の出来ないモノだ。そんな彼女が集団から離れて何をするかなんて、愚問でしかない。
 リアの背後に居る集団に聞こえない様に、『闇衲』は小声で呟いた。
「罠、仕掛けるんだろ? あんまり遅いと心配されるから、程々にな」
「…………パパにはお見通しって訳ね。分かってるわよ、大丈夫。確実性の高い罠しか仕掛けるつもりは無いから。今の所はね」
「そうか。今回は国が相手じゃないから、俺は少し様子見に徹させてもらうぞ。だから殺しの下準備や後処理も全てお前がやれよ、これも修行の一環だ」
「え? って事はここに居る間は修行は無し?」
「当たり前だな。うっかり誰かに見られでもしたら困る」
 壁という概念が存在しない外で殺人術の指南何て、どう考えても気が狂っているだろう。それに殺人術の指南を見られれば、必然的に自分の正体にも辿り着く。それは正体不明の殺人鬼としては避けたい事態だ。
「じゃあじゃあ、ここで成果を上げたら修行は一生無くなるの?」
「調子に乗るな。お前がこの集団を一人で殺せる訳が無いだろう。もし殺せたら考えてやるが、まず諦めた方が―――」
「言ったわね! 今、一人で殺せたらって言ったわね? シルビアも聞いたよね」
「え、うん……」
「証人は準備出来たわ。その言葉、絶対に忘れないでよね。『一人で殺せたら何でもお願いを聞く』、約束だからねッ?」
 それだけ言うと、リアは自分の横を通り過ぎて近くの草原へと足を踏み入れていった。草の背丈の問題で、入って直ぐに彼女達の姿は見えなくなった。
「……俺は、何も言っていないんだが」
 まあ、いいか。どうせリアには出来っこないだろうし。

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