ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

刃の交わる先に

 後、数時間もすれば襲撃の時間……即ち夜になる。本来ならば食卓を囲みながらゆっくりと対策について話し合いたかったが、現実はそうもいかないらしい。
「あ、あの。殺人鬼さん。流石にリアが、可哀想じゃ……」
「ナイフを向けてきた奴に手を差し伸べられる程俺に余裕は無くてな。それに殺さないでやってるんだから、むしろ俺は感謝される立場にあると思うんだが」
 最初は落ち込んだが、考えてみれば面子自体が微妙なのでこうなる事は容易く予想出来た筈。それを読めなかったのはこちらの落ち度であり、自分の理想は空想どころか妄想でしかなかった。非常に残念である。
「何で私が……パパに足蹴にされている事に感謝しなきゃいけないのよッ!」
「俺じゃなかったら三回は死んでるぞ。ほらほらどうした、負け犬なら負け犬らしくもっと吠えて見せろ」
 自分の理想に止めを刺したのは紛れもなくこの少女だろう。こいつと数時間に渡って交戦しなければこうはならなかった……とは言わないまでも、これ程の後悔は無かった。その交戦にしても結局『闇衲』は傷一つ負っていないし、時間の無駄でしかない。
「うー……何で私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ。パパが大人しく刺されてくれたら今頃足蹴にされているのはパパだったのに……」
「はいはい。たられば理想論は他所で語ろうか。それよりも俺達には考えなきゃいけない事があるだろ―――共有情報の確認の名目で聞いておくが。シルビア、分かるか?」
「襲撃、ですか」
 そう、襲撃だ。恐らくはシルビアと食糧が目的の襲撃。数は不明、性別も不明。ただ言える事は、それなりに強いという事だけである。目に見えて分かる事だけを言えばこれ以上の情報は無いが、推測と経験も交えて言わせてもらえば、こちらにも勝機はある事が分かる。
 まず、この国の無法地帯ぶりを見ていれば分かるが、敵は大きな集団ではない。そんな大きな集団が形成されているのであれば当然こちらにも誘いが掛かるだろうし、それ程の纏まりが生まれているのならば頭のおかしい野郎が外をほっつき歩いている筈が無い。掃除するか監禁するか、それくらいはする筈である。しかし現実はそうではない。だからシルビアは絡まれた訳で。
 よって敵は精々数人から数十人の規模であると予測する。所謂、少数精鋭という奴だ。言葉だけ見れば恐ろしく強そうだが、何の事は無い。少数精鋭は言い換えれば『積極的に行動をする奴』であり、決してこちらが怯えるような存在ではない。偏見が過ぎるかもしれないが、そもそも真の精鋭であればあの時点で襲撃を仕掛けてきてもおかしくない上、魔術に関しては素人の自分に気付かれるような間抜けなミスをする筈が無い。だから精鋭は飽くまで『動ける奴』であると考えていい。それは戦闘力とは全く別の数値であり、その上で考えればこちらにも十分勝機があったり、あったり。
「リアに関してはタイマンであればまず負けないだろう。一応俺から殺人術の手解きを受け始めてから一か月くらいは経ってるんだ。むしろ勝ってくれなきゃ俺が殺す所だ」
「負ける訳ないでしょッ。相手が男だろうと女だろうと一対一だったら余裕よッ」
 父親に足蹴にされながら吠える気分は如何程に。リアは必死に全身をバタバタさせているが、背中の中心を踏みつけているので抜けようがない。憐れである。
「問題はシルビア、お前だな。お前の利用価値とは飽くまでその珍しい容姿にある。殺人術の手解きはお望みとあれば教えてやるが、それよりもお前は弱者である方が価値が上がる。だからこそ今だけは、お荷物となっている訳だが……」
 彼女の価値を見るように、『闇衲』は肘を付いてその全身を舐めるように見回す。それにしても見れば見る程人間とは思えない。これ程までに美しい人間が童話以外に存在するだなんて果たして誰が思ったのだろうか。確かに機械しょうじょ利用レイプするにあたって、その機械しょうじょ細工ようしが美しくなければ精が出ないのは当然というモノだが、それにしても人選が素晴らしい。調子に乗られるとウザいので口には出さないが、リアも相当な美人。まだまだ見るべき所はあるが、『容姿が端麗である』という部分についてはシルビアは文句なしの満点。それだけで価値は相当あると思っていいだろう。
 数分以上も煩悩の無い視線で見られる事が無かったのだろうか、シルビアは頬を染めながらしきりに体を揺らしている。自分の視線が移動するたびにその部分を手で触ったり掴んだりと、落ち着きが無い。
 落ち着きが……無い? 無いから……動く?
「―――なあシルビア。今から俺は大変危険な仕事をお前に任せるが、もしもそれに乗ってくれたら、何でも願いを叶えてやる。俺の力が及ぶ限り、だがな」
「私が暴れないからって自分の大安売りをしないでよ! やっぱりパパはシルビアみたいな女の子が好みなんじゃない!」
 暴力的な娘よりかはお淑やかな少女の方が好みなのは否定しない。
「より正確に言えば、この仕事はリアがやればそう危険なモノじゃないぞ。だが効果が薄い。この仕事に一番向いているのはお前なんだ。お前が素人だからこそ、向いているんだ。リアが何やら至極当然の事を喚いているが、俺は俺を売ってもいいくらいの危険性があると思っている……どうだ? お前だけは何があっても殺さない約束をしてもいいし、引き取り手が無いんだったらリアと同様『娘』として俺が引き取ってもいい。お前がそれを望むのならば、だが」
 リアとの関係は恩から生まれた一時的な契約だが、もしもシルビアがそれを望むのであれば、これは正式な契約である。シルビアが幸せに暮らせる為に『闇衲』は出来る限りの力を尽くすだろうし、リアが何と言ってもシルビアには手を出させない。それくらいは保証してもいいくらい、この作戦には価値がある。
 素人故に成功率は低いが、素人だからこそ最大の効果を発揮する。これが成功すれば、この問題は一瞬で片が付き、自分達は早々に次の街へと出発する事が出来る。
「因みに拒否権はある。やりたくないのであればそう言ってくれれば、俺は別の案を考える」
「じゃあその……リアから足を、離してください。離してくれたら、やります」
「ほう? 先に報酬を寄越せと―――まあ、確かに後から叶えられるものではないし、いいだろう。だが本当にそれで良いのか。こんな事は滅多に言わないぞ。こんなどうしようもない娘の為に使うよりかは、もっと長期的に利益になるような事を願わなくていいのか?」
「私から利用価値が無くなるまでは、生かしてくれるって……殺人鬼さんは言いましたから。今はこのままで―――まだ、いいです」
 …………随分と軽いお願いに、『闇衲』は無言で足を上げて、立ち上がった。本来ならば喜んでもいい所なのだろうが、ここまで彼女が無欲だと困ってしまう。貪欲よりかはマシかもしれないが、やはり彼女が同じ人間だとは思えない。
「さあ報酬は渡してやった。今から詳細を語るが……決して失敗するなよ? 失敗すればお前の末路は……さぞ酷いモノになるだろうな。複数人の男とまぐわって、子供を孕ませられて、それを殺されて……或いは食料として扱われた方が幸せだろうが、まあ失敗しなければ良い話だ」
 リアが立ち上がるのを見届けた後、机の上に一枚の紙を置いて『闇衲』は外へと躍り出た。前提条件として、自分はあの二人の近くに居てはならない。親としては心苦しいが、これも我が子の成長の為だ。




「餌は取り付けた。後は魚が掛かるのを待つだけだ」










 パパったら置いてくモノだけ置いてって出てっちゃった。最近何だか扱いがぞんざいな気がするけど……いや、それは元からね。
「あ…………っいたたた。パパったら踏み砕く寸前までやるんだから、背中が痛いこと痛いこと」
「大丈夫? 背中摩ろうか」
「ああ、気遣いは有難いんだけどね。生憎そんな事されても痛みは柔らがないし。そんな事より紙にはなんて書いてあるの?」
 机の上の紙に視線を落とすと、そこにはこの国の地図と危険な場所について書かれていた。簡易的な地図なのは言うまでもないし、地図だけ渡されても何が言いたいのかさっぱり分からないが……どうやら裏側にも何か書かれているようだ。シルビアにも見えるように裏返す。


『まずはじめに、この作戦の効果を最大限発揮する為には俺は遠くに居なくちゃならない。失敗しても助けてやれないから、そこは宜しく。もしも怖くなったならこの紙を暖炉で燃やして、国の外に出ろ。後で俺が迎えに行く。これを聞いたうえでそれでも逃げ出さないっていうなら、多分この下に書いてある手順を読め』


「えっと……これは―――」
「パパったら見切り発車で書いたことがバレバレじゃない。この手の手紙で普通『多分』なんて書かないわよ」
 それにしても、いつの間に書いたのかしら。私は床しか見えなかったから分からないけど、シルビアも……表情の限りじゃ、いつ書いたかは分かってないみたいだし。
「手順の前にも何か、書いてあるよ。『おそらく、襲撃の際にはこの家に魔術がぶち込まれる』から―――」
 視線が手順の説明へと移ろうとした、刹那。全身に雷を纏った男が、壁をぶち破って乗り込んできた。





















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