ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

複雑な気分

 この状態が如何に犯罪的かは言うまでもないだろう。外見的特徴はさておいて、少女が二人、自分の隣で歩いている。一人は自分の腕を、一人は自分の掌に突き刺さったナイフの柄を。先程のやり取りを見ていたら誤解は解けるだろうが、この国で生き延びている数少ない者にとってそれはどうでもいい事情だ。男が少女二人を連れて歩いている。それだけで他の者からすれば、許されざる大罪である。
「何処に、行くんですか」
「俺たちの隠れ家……いや、住居だな。この国を出る時まで使う予定の家で、今の所は誰にも襲撃されていない」
 ……殺人鬼の住む家に襲撃をしよう等と思う猛者も居ないが。それに他人を襲撃なんかしている暇がある奴が自分達以外にいるとは思えない。そんな事をしている暇があるのなら、食糧を獲得せんと動いた方がいいだろう。
「あれ、そう言えばパパ。小さい服ってあったっけ?」
「お前のですら死体から剥ぎ取った服だし、なかったら作ればいいだろ。死体からはぎ取った服なんて幾らでもある。運よくサイズが合えばそれでいいし、合わなかったら合わせればいい。裁縫は出来るか?」
「勿論よ。裁縫だって殺人のバリエーションを増やす立派な手段だもの。腕前としては未熟かもしれないけど、服を継ぎ接ぎするくらいだったら大丈夫……だと思う。シルビアも、別に服の見栄えは気にしないよね?」
 『闇衲』越しに首をかしげるリアに、シルヴァリア……シルビアは頷く。
「まあ、はい。服なんか気にしていても仕方ない場所に居ましたし、この服以外を着させてくれるというなら、拘りは特に」
 リアが教会にて支給された服を着ていないのは、きっとあの教会の事を早く記憶から消し去りたいのだろう。あの忌々しい記憶は確かに自分も記憶から消し去りたいし、個人的には裸でいるよりもこの服装は恥ずかしい。何だか自分が人間として見られていないみたいで……決してそんな事は無くても、この服を着ているだけでそう思えてしまう。
「んじゃまあ、家に着いたら服作りからか? 本当はお前達に留守番を任せて食糧の出入りを調査したいが―――流石にまずそうだな」
「……何。何かあるの?」
「家に帰ってから話すつもりだ。今は聞くな。とにかく今日は、俺はお前達に付きっ切りだという事だ」
 まだ一年も経っていない程浅い付き合いだが、それでもリアには分かった。彼の腕に、少しだけ力が入っている事に。淡い殺意を全身に纏っている事に。その殺意が向いている先は、未熟なリアには分からなかった。移動ルートには気を使っているので、前や後ろと言った単純な方向では無さそうだが。
「あの……出入りを調査とかって言ってますけど、そういえば食糧ってどうしているんですか。私、ずっと食べ物に困ってて。スープだけでもいいんですけど」
「ん? ああ、食糧問題はこっちにはないぞ。スープだけなんて事は言わない。幾らでもとも言わないが、満足行くまで食べると良い」
「ほ、本当ですかッ!」
 シルビアが目を輝かせた事は、見なくても分かった。吐息が耳に掛かるくらい顔を近づけているのだ、一体どれ程食糧を求めていたのだろう。
「俺の名前を知っているって事が、お前を守る保証になる。お前から利用価値が無くなるまでは、きっちり守らせてもらうし、それなりに娯楽も食事も提供するつもりだ。恋愛は……済まないが、提供出来ない。自分で勝手に探してくれ」
 少しも申し訳なさを感じない謝罪に、リアが大袈裟に声を荒げる。同時に『闇衲』の体も揺らしたので、シルビアの掴んでいるナイフが少しだけ抜けた。
「あー! パパったら贔屓してる。私そんな事言われた事ないのに。へーそうなのそうなの。パパったら弱気で一押しするだけで襲えちゃいそうな子がいいのね?」
「誰がそんな事言った。そもそも俺は子供に興味は無い。一般的恋愛すらも、した事があるか忘れるくらい興味が無い。一押しで襲えそうなのは認めるが、それは父親たる俺からすればお前も同じだ……何より、お前やこいつを見て襲うような俺なら、お前は俺を『父親』にしなかっただろう」
「良く分かってるじゃない。その通りよ。そういう訳だからシルビア、パパだけは安心していいわよ。この人何にも興味が無いから」
「偏見にも程があるが、まあ絶対的に襲わない事は誓おう」
 その証拠とばかりに、リアはこれ見よがしに彼の腕に未成熟な胸を押し付けているが、『闇衲』は気付いているのかいないのか分からないぐらい反応を見せない。下半身を見ても、やはり反応している様子は見られない……下半身を見て反応を見るなんて、どうやら相当あの教会に毒されてしまったらしい。早いところ忘れなければ。
「まあ、御覧の通り、俺は子供教会の奴とは違う。このクソガキの言葉を鵜呑みにしてはいけないが、信じてほしいな。出来れば、だが……っと、もうすぐだな」
 『ゼロ番』である彼女をクソガキ呼ばわりする辺りから、既に他の人間とは一線を画している。それに自分と似通った体験をしたリアが、あそこまで信頼を寄せるなんて普通ではない。
―――この人って、一体。
 安心も信用も未だ出来そうにない。しかし、この人の事をもっと知りたいという想いは、確かに存在していた。










 侵入者が居ないか簡単な確認をした後、三人は家の中に足を踏み入れた。この時に後ろから襲われたらたまったものではないので、最後に入ったのは『闇衲』だった。気配の限りでは尾行はされなかったが、『闇衲』はずっと険しい表情を浮かべている。
「で、パパ。一体どうしたの?」
「ああ―――」
 『闇衲』は何かを探すように辺りを見回した後、先ほど言おうとしていた事を語りだす。




「私達の行動を、監視している奴がいる」





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