ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

ダイイングライフ

 特に殺す予定の無い相手を助けてしまった時、『闇衲』は決まってこう尋ねる事にしている。『生きたいか、死にたいか』。死にたければ殺すし、生きたければ見逃す。一見して意味のない問いだが、自分にとっては大きな意味を持っている。
 まず、死にたがっている奴をわざわざ生かす程自分は非道ではない。必要があればそうするが、その必要が今は無いのであれば、そんな事はしない。殺人鬼が無差別無計画に人を殺すと思っているのなら大間違いだ。殺していて楽しい人種が居れば、当然それらは優先して殺されるし、それでもあまりにやり過ぎてしまえば存在がバレて、逆に殺されかねない。だから意味のない殺しはしない。目先の愉悦より後の愉悦だ。
「……もし、死にたいって言ったらどうするんですか」
「即刻この場で殺してやる。痛みなんか感じる暇も無いから安心しろ」
 世の中には死体すら犯そうとする男も居るので、彼女を殺す事になった際には四肢をバラバラにした上で溶解液に浸した後に、溶けた四肢を金属と混ぜながら固めて武器でも作ろうか……人一人使うとなると、相当大きな武器を作る事になるが、それはそれで面白そうだ。
「さあ、どうする? 何、難しい事は考えなくていい。生きるべきか、死ぬべきか。お前が考えるべき事はたったそれだけだ。簡単だろ?」
 自分で感じてしまうのはおかしな話だが、こんな怪しい男に付いて行っても得は無い。あるとすれば、それは生の保証だけであり、それも利用価値が無くなるまでのモノである。まともな思考をしている人間であれば、まず付いて行こうとは思わない。
 だが、それを断れば死んでしまう。生に執着が無いのであればそれもいいかもしれないが、そもそも執着が無いのであればその誘いを断る理由もない。死にたくも無いし、付いて行きたくないもないというのは至極当然の思いかもしれないが、その思いを抱いた時点で矛盾が起きてしまうのでは解答にはなり得ない。
 要するに、どちらかしか選べないのだ、彼女は。
「……どうして私を、助けたんですか」
「利用価値があると思ったからだ。お前の外見は珍しいからな……何の理由もない人助けよりはましだろ」
「私以外に代わりは―――居ませんよね」
「良く分かっているじゃないか。そう、お前の代わりは居ない。そもそもお前の代わりなんぞ居るのなら、俺はお前を助けたりはしなかったさ」
 そう。助けたのは彼女に唯一性があったから。だから女性としての尊厳を完全に奪われるような事もなく、生き延びる事が出来た。尤もそのせいで、今度は頭のやられた男以上に厄介な存在に絡まれる事になった訳だが。
 言葉を口の中で転がしながら俯く少女に、『闇衲』は何を言う事もなく解答を待ち続けた。周囲に気を張り巡らせる事は忘れずに、空を眺めながら。
「…………………………………………………………………」
 答えを急かすと、まるでその解答を望んでいるみたいに受け取られてしまうので、何も行動を起こせない。この少女も悩んでいるのかいないのか、顔を俯けたままじっと黙って、そのまま数十分が経ってしまった。只の確認のつもりで尋ねた事が、まさか根気勝負になるとは思わなかった。少女は自分が諦める事を狙っているのだろうが、それならこちらにも考えがある―――そう、何もしない。それが『闇衲』の答えだ。
 根気勝負に必勝法は無い。先に痺れを切らしてしまった方が負けだ。なので自分は、何もしない。この体と殺人鬼の誇りに懸けて、何もしない。この少女が答えを出すまで何時間何年何十年……リアが怒るので実際は無理な話だが、それくらいまで待つ覚悟は出来ている……
「………………………あーもう! パパったら人誘うの下手ッ!」
 何やら背後から声が聞こえるが、横やりは入らない筈なので、気にせずに彼女の解答を待つとしよう。
「……無視しないでよ、このクソ親父!」
 背後から飛ばされた蹴りを脇で挟むように受け止める。そうすると、身を捻ると同時に身体を落とす事で、足を極める事が出来る。身に覚えはあるが背後から蹴られたくない時、この技術は役に立つ。
「横やりは入れるなと言った筈だが、お前は聾者ろうしゃだったか?」
「パパが……誘うの下手あああああああああ……! だからッ、助けてあげようかなたたたたた!」
 これ以上力を入れると本当に折れてしまうので仕方なく足を解放すると、リアは自身の足を揉みながら、恨みの籠もった視線で睨みつけてきた。先に攻撃を仕掛けてきたのはあちらなので、反省するつもりは全くない。
「ゼロ、番?」
「や。久しぶりって言っとこうか、イチ番。どうやって生き延びたか知らないけど、変わらないわね」
 どうやらこの二人は知り合いらしい。番号呼びである事から推察するに、深い間柄では無さそうだが。体質が特殊なゼロ番と、外見が特異なイチ番。共通しているのは外見が美しい事と、非凡である事。何処にも存在しない番号と、番号の頂点に存在する番号。どちらも特殊な番号である事に変わりはなく、ならば互いの事を知っていたとしても不思議はないか。
「ゼロ番も、この人に誘われたの?」
「いや? 私は逆にこいつを利用してるの。身寄りのない私の『パパ』になってもらったの。全ては私の人生をぶち壊しにした世界に、復讐をする為にね」
「……復讐。って事は、まさか」
「そう。この国を殺したのは私とパパ。二人だけじゃ無理があったから事態の流れにも頼ったけど、でもその切っ掛けを作ったのは私達。ね、パパ?」
 『パパ』と呼ばれた男は、その問いには答えず、まったく別の事を気にしていた。
「俺が追い払った奴らはきっちり殺したんだろうな」
「勿論ッ!」
 子供教会で『ゼロ番』を見た時、その顔はここまで明るくは無かった。笑顔で男と話すなんて幻想も幻想、彼女はその顔に常に怒りを張り付けていた。なのに今、『ゼロ番』は父親と楽しそうに会話している。人の命を奪うという行為すらも笑いながら、楽しそうに。
 明らかに狂っている。この二人が同じ人間だとは思いたくなかった。リアがこちらに向き直る。
「……それで、イチ番。パパはこう言ってるけど、どうか頷いてくれないかしら。貴方にどんな奇跡が起きて生き延びたかは知らないけど、国がこんな状態になってまで生きてるって事は、生きたいんでしょ? だったら頷いた方がいいわよ。ここの国殺しは終わったかもしれないけど、生き残りは殺し終わってないのよ。勿論それも殺す気だから、貴方が生きたいなら……こんな怪しい男に誘われたんじゃ不安に思うだろうけど、乗った方がいいわよ」




『俺はこれからこの教会に火を点ける。本当は全員助けたかったが、お前以外は助けられなさそうだ。だから俺が火を点ける前に、お前はここから出ていけ。出来たらゼロ番と合流しろ』




 あの少年は、最後に自分にそう言った。己の危険すら顧みないで、そう願った。ならば自分は、彼の願い通りに動くべきではないのか。ここで頷けば、少なくとも自分に利用価値がある限りは『生』は保証されるだろう。そして、『ゼロ番と合流しろ』という彼の願いも叶えられる。
 男が諦める事を狙って沈黙を保っていたが、『ゼロ番』が居るなら話は別だ。同性で年も近く、同じ現実を見た者が近くにいるというだけで、心は案外安らぐモノ。
 こんな好機を逃してしまえば、彼の願いを叶えられる時はもう来ないだろうし―――
「……だったら、名前。教えてください。ゼロ番も、貴方も。私は……シルヴァリアです」
 シルヴァリアは自ら近づいて、男の掌に突き刺さった短剣を掴むと、二人は驚いたようにこちらを見て。
「私の名前はリア。偽りの名前じゃなくて、これは本名。宜しくね!」
「俺は―――だ。これで俺の名前を知るモノは二人目だが、まあいいか。よろしくな」
 嬉しそうに/素っ気なく歓迎するのだった。


















 

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