ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

闇衲の真実

 訳も分からず縛り付けられた少女達の気持ち。分かったつもりでいた事を後悔した。怒りとか、恐怖とか、そんな単純な言葉で表していいようなモノじゃない。この感情は―――いいや、ダメだ。やはり一言二言では表しきれない。色々な感情がぐちゃぐちゃに混じりあいながら爆発している。分かる事があるとするならば、決して気持ちの良い感情ではないという事であり、それ以外は何も言えない。言える訳がない。
「……トストリスの市民よ、聞け! 我々は遂に『闇衲』を捕らえる事に成功した! 今まで我々は、どうしてもこいつを捕まえる事が出来なかった。男なのか女なのか、若いのか老いているのか。それすらも分からなかった。だが……遂に、遂に正体が見えたのだ! 知っている者も居るとは思うが、こいつは孤児院にて生活していた少年、名をラガーンと言うが……こいつこそが『闇衲』、正確には『闇衲』の後継者! いつ後継者になったかは分からないが、少なくともこいつは……孤児院、そして我らが国が所有するあの神聖な教会に放火をした! それは死を以てしても等価にすらなり得ぬ大罪であり、決して許されない行いである!」
 憎悪の籠もった鋭い視線が、少年の体を突き刺した。騎士達の言葉に惑わされた市民は、まるで本当にそうであるかのように少年を見据えている。石を投げる者も居た。騎士達は当然それを黙認するし、両腕を縛られている少年は躱す事も出来ない。
 額に当たって、血が出た。
「しかし悲しきことか、人は己以上の供物を持たぬ生き物である。従って我らは、この大罪人を聖なる焔で焼き尽くし、天上の神へその審判を委ねようと思う! この意見に反対の者は居るだろうかッ」
 多数が正しいのは当たり前。少数が間違っているのは当たり前。ここはそんな世界だ。たとえ孤児院を破壊したのは少年ではないと知っている人間が居たとしても、名乗り上げる事はしないだろう。人は己以上の供物を持たぬ生き物とは言ったものだ。己以上の供物を持たぬ人間は、決して己の体を差し出さない。それ以上の供物を持っているのであれば話は別だろうが、人間にはそれが無い。
「……それではここに、聖なる民意の判断の下に、処刑を執行する!」
 執行人は松明を近づけて、少年の足元に組んであった木材に火を点けた。




 天気晴朗なれども波高し。されど緩やかな風、人々の鼻を擽って。それはかの殺人鬼を殺した後に訪れる平和の予兆か、はたまたその後に訪れる波乱の予兆か。
 足元の火が近づくにつれて、人々の興奮は高まっていく。『闇衲』の正体は子供だった。そしてその子供は今、処刑される。
 人間というモノは『見えない者』に恐怖し、恐怖するからこそ、その正体を暴かんと躍起になるが、一度その正体が分かってしまえばなんて事は無い。人間は強いから対処方法なんてどうとでもなる。今回の事例で言うのであれば、『闇衲』の正体は年端もいかない人間だった。だから処刑という手段を取った。今までの『闇衲』が誰なのかはそれでも分からないが、しかし受け継いだという事は、少なくとも現在の『闇衲』はあの少年。死ねば『闇衲』の歴史は終了し、この国には平和が戻る。
―――本当に?
 城に火を放たれて、双王は行方不明。その上孤児院は完全に崩壊。色々不幸な事はあったが、何。それも時代のうねり、永久不変は世界の摂理に反してしまうのだ。たまにはこんな不幸があっても不思議ではないし、このような不幸の先に、人の成長がある。
 少年は目を閉じて、己の結末を受け入れる。
 人々は目を見開き、その結末を見届ける。
「――――――っ!」
 興奮は最高潮に達した。間もなく断罪の焔は少年の体を焼き尽くし、その御魂を神の下へと届けるだろう。一市民として、俺はその結末を見届けなければならない。少年はどれ程醜い姿で、どれ程無様に死んでいくのかを。少年はどうにか声を抑えようとしているが、たったその程度の覚悟で抑えられるほど火は甘くない。
「ア˝ア˝ッ……ゥ˝…………!」
 唇を噛んで誤魔化そうとするか。しかし意味はあまりない。むしろ唇を噛む痛みの方が消されてしまうだろう。既に少年の唇からは血が滴っているが、彼がそれを気にしている様子はないのが、その証拠と言える。
「お前と過ごした時間はとても楽しかったよ。隠れ蓑としてお前は、とても優秀だった―――でもお別れだ、じゃあな『闇衲』。お前の魂の行く先に、幸福があらんことを」




「ア˝ア˝イ˝イ˝ゥ˝ァ˝ク˝…………! ァ˝ア˝ア˝ア˝――――――!」










 それはあまりにも唐突だった。孤児院を破壊し、子供教会をも壊そうとした少年―――『闇衲』を殺したというのに、何故。
 子供教会が……燃えているのだ?
「……お、おい」
 騎士達は暫しの間呆然としていた。そして棒に縛り付けられている黒い塊と交互に見遣って、ようやく事態の異様さに気が付いた。
「どうなっているんだ……こいつが『闇衲』じゃ無かったのかッ?」
「今はそんな事を言っている場合かよ! あの教会が燃えちまったら―――ええい、死体の処理は後だ! 犯人はまだ教会の中に居る筈。直ぐに取り押さえに行くぞ!」
 処刑の後処理もせずに、騎士達は子供教会へと駆け出した。間に合うかどうかは分からない。しかし間に合わせなくてはならない。孤児院が壊された今、この国の希望はあの教会内の機械だけなのだ。仮に犯人を捕まえられなくても、生き残っている機械さえ居るのならそれを運び出さなくては。
「……おい、どうした! 早く行くぞ!」
 最後尾に居た騎士は、騒然とする民衆の方を見ていた。突然教会が燃え上がって混乱しているだけなのは自明の理だろうに、一体何を見ているのだ。
「おい!」
「……俺、あっちに行きます。何だか様子が違うので!」
「おい、勝手な行動は―――ああクソ!」
 民衆も騎士団も混乱してしまって、もう何が何だか訳が分からない。一体この国に何が起きているのだ―――!












 謎の大量殺人と子供教会の崩壊が起きてから、一か月が経った。相変わらず王様は行方不明で、騎士団は自然消滅。次の政権を握る事が確実視されていた騎士団長は行方不明になるという事態が立て続けに起こった結果、この国は完全に国としての体裁を保てなくなってしまった。この国が滅ぶ事を察したのか何なのか、行商人もいつからか訪れなくなった。
 すると何が起こる? ……そう、食糧不足に材料不足。壊れた建物は永遠に直せないし、墓地も増やす事が出来ない。今もこの国の端には何千人もの死体が積み重なっている。最近も一日に数人のペースで死体は積み重なり、いよいよこの国は只の死体置き場と化した。今では家の外に出るだけで命を狙われるほど治安は悪くなり、食糧をどこかに持ち出そうというモノなら、それすらも奪われる。最初に狙われたのは女性と子供だった。女性はついでにレイプされ、子供はついでに攫われる。レイプされた女性はそのまま殺されるし、攫われた子供は狂気に頭をやられた奴らに食糧にされる。気づけばこの国には女性と子供が居なくなっていた。
 当然ながら、騎士団が居ないのでは犯罪の抑止力は存在しない。『闇衲』は処刑されたし、この国を見ている筈の王は行方不明。それなのに犯罪を犯さない理由がどこにあろうか。自由に動かない理由が何処にあろうか。国民は―――或いは元騎士は―――もう止まらない。生きる為に殺しに手を染めて、死なない為に殺しに手を染めて。愉しむ為に手を染めて。特に理由は無いけど殺しに手を染めて。
 少数派だが、真面目に生活しようとした人間も居ただろう。だろうというのは、そういう人間は恐らく既に死んでしまっているから、憶測でしか語れないのだ。
 ……さて。
 ここからはこちら側から語るとしよう。子供教会に仕掛けておいた罠が爆発。それに騎士達が羽虫のように集まってくると同時に、偶然にも夜の間に殺していた死体が発見され、民衆は混乱。何とか混乱を治めようとした騎士は数の暴力で嬲り殺しにされ、戻ってきた他の兵士も民衆に殺された。その混乱を唯一治める事が出来たであろう騎士団長は、邪魔だったので排除しておいた。
 するとどうだろうか、今までしっかり連携が取れていた騎士団が、突如としてばらつきを見せ始めたのだ。ばらつきを見せた騎士など恐るるに足らない。経験の無い騎士であれば暴徒と化した民衆に殺されるだろうし、そうでなければ自分が殺す。自然消滅という表現を選んだのは、騎士をやめて同じく暴徒と化した者も居るからだ。あまり正確な事は言えないが、殺した数より騎士をやめた数の方が多い。一人二人殺した程度で騎士団は揺るがないが、十人百人が抜けてしまえば、その存在の維持すら危うい。仮に自分、或いは民衆が殺さなくても、騎士団は直に崩壊していた。だからあえて自然消滅と言った。
 国が大混乱に陥ってからも、ちょくちょく手を出していたとはいえ、国は殆ど自壊したと言っても過言ではない。自分は孤児院の子供を殺して、城に火を放って、少年の歩む先を破滅へとすり替えて、仕上げの為に数千人を殺しただけだ。それから起きた全ての事件は、自分の関知する所ではない。あの少年を殺したモノが民意だというのであれば、この国を壊したのも紛れもなく民意。自分達は飽くまでそれを誘導しただけだ。
 尤も、こんな環境で生きているような輩にもいつかは破滅の時が来る。何でかって? それは―――
「パパ!」
 今では大変珍しい存在となってしまった少女が、息を弾ませながら家の中へと駆け込んできた。その表情はとても楽しそうで、見ているとこちらも表情が緩んでくる。
「……双王はどうしたんだ? 突然外に連れ出すなんて言い出して」
 確かリアは、『ゆっくりと拷問して、生きてる事が辛くなるくらいの苦痛を与えて、人生に絶望させて、私への反省を示させて、周りを利用してでも心をぶち壊してその上で殺す』と言っていた。外に連れ出してしまったら拷問は出来ないだろう。
「うーん……崩壊後の帝国内を巡ってから、拷問しようかなって思ってたんだけどね。外って思った以上に物騒で、それに……王様って重いし。とてもじゃないけど出来そうに無かったから、広場に置いてきちゃった」
「置いてきた……? お前は自分の手で殺す事に固執していたと思ったんだが、違ったか」
「違わないけど、よく考えてみてよパパ。恨みのある人物に殺されるより、恨みは無いけど殺される方が嫌でしょ? だって理不尽だもの」
 確かに、それは嫌だ。自分も殺した人間の親族にならば殺されてもいいかなとは思っているが、行ったこともない大陸の人間に殺される事は我慢ならない。人は何かしらの理由が無ければ物事を受け入れられないのだ。もし理不尽すらも受け入れる事が出来る人間が居るとするならば、そいつは一種の悟りに至っている。それこそ『世の中そんなもの』と割り切っているとしか思えない。
「一応王様にも勝ち目があるように、近くにナイフも置いといたの。もうすぐ面白いモノが見られる筈だから、パパも呼ぼうかなって」
「勝ち目だと? もしかしてお前、ゲームでもするつもりか?」
「そう! 王様が兎で、その他の人が鬼。兎は生き延びる事が出来たら勝ちだし、死んじゃったら鬼の勝ち。ね、面白そうでしょ? あの二人がどんな醜態晒しながら生き延びようとするか、見たいと思わない?」
 リアは自分の両肩を掴んで、『行こうよ~パパってばー』と左右に揺らす。沈黙を保っていると、今度は背中に抱き付いて揺らしてきた。それでも沈黙を保っていると、終いには首を絞めて、半ば強引に椅子から引き離しに来た。
「行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こうよ行こう―――」
「……分かった。俺が悪かった。行ってやるから早急に首を解放して、その耳障りな声を止めろ」
「やったー♪ パパ大好き!」
 本当に調子が良い。所で少し気になったのだが、この段階でも沈黙を保っていたらリアはどうしていたのだろうか。聞いても良いが……彼女の笑顔を見ていたらどうでも良くなってきた。
「それじゃあ支度……は出来てるな。それじゃあ、行くか」




―――それは、『正体不明ダークフォビア』の娘が、そう望んだからだ。


















 





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