ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

娘と父

 ここから先はつまらない上に、地味で暗い仕事だ。娘にはこんな仕事をさせる訳には……いや、いつかはしなければならないが、今回の国殺しだけは楽しんでもらいたい。その為であれば『闇衲』は、どれ程の面倒を背負う事になったとしても見事処理して見せよう。それもこれも他ならぬ娘の為、世界を殺すという目的を掲げる娘の為だ……何て馬鹿になれる柄でもないが、彼女が掲げた理想はそれだけ大きい。
 彼女は『己が人生を壊された報いを世界に受けてもらう』と言っていた。彼女の人生の価値が如何ほどだったのかは知った事ではないが、少なくとも彼女からすればその人生は―――元凶を締め上げても釣り合わないくらい尊いモノだった。この世界一つでようやく対価になるくらい、尊いモノだった。たとえ他の人間が、リアが異世界から攫われた少女だという事実処かその存在すら知らなくても、きっと彼女は構わない。だってそれは自分と同じだから。
 別世界の大陸の少子化問題なんて知った事ではない。どうして自分を巻き込んだ? 答えは単純明快。『理由らしい理由なんて無い』。この世界が講じた対策に則って言わせてもらうならば、要は母体さえ持ってこれれば良かったのだ。だからどうして攫われたか等と問われても、偶々だったとしか言いようがない。
 そう、決して誰かを狙っていた訳ではない。誰でも良かったから『理由なんて無い』のだ。リアの復讐もそれと同じようなもの。
 復讐される謂れなんか無い。
 人生を壊された事なんて、知った事じゃない。
 自分達は関係無い。
 何を言われようとも答えは変わらず、『理由なんて無い』から。確かにリアの世界の都合を無視して勝手に彼女を攫ったのはトストリス大帝国。言い換えれば、そこだけしか関わっていない。しかし、だからと言ってそれは関係のない人間を巻き込んではいけない理由にはならない。どうして己の世界の都合を無視されて攫われたリアが、この世界の都合に合わせなければいけないのだ? それはあまりにも都合が良すぎるんじゃないのか? こちらにだけ傾いた勝手極まる理屈なのは理解している。だが彼女はその理屈で動いている事をどうか分かってほしい。そして大人しく殺されてほしい。リアの為に。
―――大体準備は終了したか。
 思えばこの国、中々酷い目に遭っている。国の存続に必要不可欠だった二つの機関を潰される事になった―――正確には子供教会が潰れるのは明日以降だが―――上に、その責任者おうさまは行方不明。これだけでもかなり国として危ういが、更に民衆の数も減っているとなれば、法治国家としては完全に崩壊。無法治国家としての時代が幕を開ける事となる、そうなれば『闇衲』はずっと動きやすくなる。
 今まで約束されていた平和と安寧は突如終焉を告げる。昨日まで一緒に笑っていた人も居ない。泣いていた人も居ない。国をこんな風にした元凶を捕えた筈なのに、国家の崩壊が止まらない。もしかして、元凶は他に居るのではないか? 
 一度思えば最後だ。疑心暗鬼は中々人から消え去らない。もしかすれば隣に立っているだけの人が元凶かもしれないし、自分の妹かもしれないし、妻かもしれないし、或いは騎士かもしれない。誰も彼も疑って、拒絶して、混乱する。君も貴方もお前も貴様も俺も僕も私も儂も―――みんな、みーんな『闇衲』。この状態に陥った国家を救う手段は無い。仮にそんな手段があったとしても、仮にそんな事を実現できる人間が居たとしても、『闇衲じぶん』がそれを殺すだけ。誰にも何も怪しまれない。
 そう考えると、色々と作戦変更アドリブがあったとは言え、最終的には筋書き通りに落ち着いたようだ。あの時は王を殺せば無法地帯になるとか……ならないとか言っていた気がする。生憎王様は死んでいないし、最初はじわじわと国を不安で侵食していくつもりだったのに、いつの間にか失敗が許されない大掛かりなものとなってしまった。まあ第三要素の介入もあったし、仕方ないと言えば仕方ない。それに……終わり良ければ総て良し。結果として国を殺せたのなら何も問題は無い。むしろこんな短期間の内に国を壊せた事に自画自賛するべきだろう。
 ついでに『機械』は全て壊しておいた。後はこの無人の教会を出て、リアと合流するだけである。
「パパ」
「……お前は。なんでここに?」
 迎えに来るような性格でない事は分かっている。嬉々として民衆を殺し、愉しんでいるとばかり思っていたのだが……どうやら違ったらしい。
「えっと……ね。何というか、その。パパに謝らなくちゃいけないかなって思って」
 謝る。それはリアに最も縁遠い言葉だ。謝られるような事をされた覚えはないとはいえ、まさか彼女がそんな概念を持ち合わせているのは意外だった。茶化している訳ではなく、事実だ。しかし世界を殺すと決めた以上謝るなんて行為は自分が許さない。彼女にそんな概念があった事は確かに驚きだが、褒められたモノではない。あっても邪魔なので捨ててほしい。
「うーんと、ちょっと耳を貸してくれる?」
 自分の娘に取るような行動ではないが、やはり距離を近づけるよう求められると何かしらを勘ぐってしまう。彼女には『闇衲』お手製の武器を貸与させたし、それを持っているのは当然だが―――どうにもおかしい。具体的に挙げる事は出来ないが、何と言うか違和感が……いや、気のせいか? 疑いすぎか? 人々を疑心暗鬼にさせようと企んでいたら、完璧を追求しすぎて自分まで疑心暗鬼に陥ってしまったのだろうか。
「……何だ」
 体を近づけて、耳を傾ける。背の足りない彼女は少々背伸びをして、『闇衲』の耳元へと―――








「ごめんね、パパ」










「……は? どうして私が『闇衲』を殺さなきゃならないのよ?」
 パパに負けて頭でもおかしくなっちゃったのかしら、可哀想に。パパを裏切る理由なんて今の所ないし、それに頼まれてやるような事じゃないし。
「これはお前の為でもある。お前は考えた事が無かったか? あの頭のおかしい殺人鬼と歩んだ先に何が待っているのかって事」
「殺戮でしょ。それくらい私でも分かるわよ」
「違うな、破滅だ。あの殺人鬼はいずれお前を裏切り、その刃をお前に向ける。今は大人しいかもしれないが、あの男は殺ろうと思えばいつでもお前を殺す事が出来るんだ」
 それが殺人鬼を道具として使ったモノの末路とでも言わんばかり。確かに道具扱いしていい気分はしないだろうし、その理屈は間違ってはいないけど……何か勘違いしてるみたいね。
「当たり前じゃない、そんな事。だって実力が違うんですもの。それに刃を向けられるから何? それって不器用な『闇衲』の愛情表現じゃないの? 勘違いしてるみたいだから言っておくけど、そもそもこの計画は私が考案したの。『闇衲』はそれに協力しているだけ。いつも刃は向けてくるし、向けてこなかったら気持ち悪いし。何より破滅がどうのこうのって言ってるけど、別に私はそれでもいいわよ。世界に復讐が出来たのなら、破滅でも何でも受け入れるつもり。それがたとえ……裏切りからのモノだったとしてもね」
 それが私とパパの信頼関係。お互いの喉元に凶器を突き付けて抱き締めあう関係。普通の親子関係とはちょっと違うかもしれないけど、でも悪いモノじゃない。世界殺しはそれぐらいの緊張感を常に持たないと到底成し得る事でもなさそうだし、それで破滅したならそれはそれだ。
 ロクトったら、あり得ないとでも言いたげな顔を浮かべて驚いてる。紙芝居をしている間はとても不愛想だったのに、あんな顔も出来るのね。
「お前……自分の言っている事が分かっているのか?」
「何が?」
「死んでも良いと言うのか? どんな酷い殺され方をされても、それでもいいのか? 破滅を受け入れるってのか……?」
「まあ、世界に復讐をする事が一般的に正しいとは思ってないし。この道の先に破滅があるって言うなら、それもそれでありかなって思うけど……あ、『闇衲』は道連れにするけどね!」
 自分の行いに善悪の区別が付かない程、私は馬鹿じゃないわ。それ相応の報いは覚悟してる。それくらいの覚悟が無いと、世界殺し何て絶対に無理だから。
「―――い、いやいや! そうだ。世界に復讐する途中でアイツは裏切るかもしれないぞ。そうなればお前は、復讐が出来なくなって……」
「……一応教えておくけど、『闇衲』は私の『パパ』よ。裏切りからの破滅だったとしても受け入れるとは言ったけど、そもそもパパは裏切らない。世界殺しは私の目的であると同時にパパの目的。私はパパを信じてる」
「ぱ………………パパ? 待て、それはどういう―――お前達は、一体!」
 リアは洋弓銃を構えて、ロクトの額に照準を当てた。
「民衆は出来るだけ殺せっていわれてるの。バイバイ」


 




















 




 

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