ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

君の眼を見て見えたのは

 二人の仕事は今の所終了している。後は少年を含めたその他全ての動き―――川の流れに身を任せるのみ……なのだが。どうにも暇な時間は好きじゃない。この後の動きを考えれば、この暇は必要な時間なのだが、だとしても我慢ならない。
「我慢ならないのは俺の台詞だ。奪うな」
「……パパってば娘の心中を覗いてそんなに楽しい? 次からは言葉を待つって言ったよね?」
「……確かに言ったな。だが他にどんな行動を取っていても、お前を抱えながら待つ時間が楽しい訳がない。それは変わらん」
 一言で言えば、『闇衲』は椅子代わりにされている。足の間にリアは座り、闇衲はそんなリアの腹部を抱えながら座り込んでいる。そして『闇衲』が壁に凭れている以上、リアも『闇衲』に凭れかかる事になるので、実に邪魔だ。特に頭が邪魔だ。
「仕方ないでしょ。外に出たら体が冷えちゃったんだから、パパの体温で暖めてもらわないと」
「死ね。大体さっきまで火の近くに居たんだから、冷えている筈が無いだろうが」
 それに彼女の体温は言う程下がっていない。下がっていない処か上昇しているので、早い所どいてもらいたい……では何故彼女を抱えているかって? おねだりされたからだ。
「パパったら苛ついちゃって。そんなに暇が嫌いなの?」
「嫌いなのはこの状況だ。離れろ」
「パパだったら何処触られても、私は気にしないよ?」
「色仕掛けのつもりなら、もう少し女性として成長してから使うべきだな。この国はちょっと異常だから効果覿面だが、普通は……余程性欲が溜まっていない限りは、何もされないだろうよ」
 そもそも未成熟な体に興奮しろという方が無理な話だ。一体彼女の何を見れば興奮できるのかが分からない。彼女に拘らず、少女の何処を見れば興奮できるのか。いや、何処を見れば興奮するのだろうという予測を立てる事は出来るし、その予測は大体当たる。しかし実体験がないモノだから、正確な事は分からない。
「まあ、己の可愛さに気付けているのは良い事だ。もしも気づけていなかったのなら三日ほど娼館に売り飛ばしてやろうと思ったがな。今の内に色気というモノについて勉強しておけよ? 男は大概性行為の最中、もしくは直前は無防備になるからな。俺の技術を全て習得した上で使えば、お前に殺せない奴は居なくなるだろう」
「パパも殺せるの?」
「……さあ、どうだろうな。丁度いい体勢だし、何だったら反応を試してみるか?」
「え、反応って―――ヒャッ!」
 その意味を彼女が理解しない内に、『闇衲』の片手がリアの服の中へと滑り込み、胸部を鷲掴みにした。傍から見れば唐突に行われた頭のおかしい変態行為だが、これも一応娘への教育である。
「……あれ?」
 闇衲は椅子代わりにされて、凭れかかられている。そんな体勢でなければ現在の行動はそれこそ只の変態行為だったろう。だが、リアは気づいたようだった。今だからこそ分かる事実に。
「まあ、そういう事だ。恐らくお前が成長した所で結果は変わらない。親と子供の関係を結ぶに当たっては都合の良い事だが、それはそれとして。俺を殺したかったら色仕掛け以外の方法で殺す事だな」
 色仕掛けかどうかは目を見れば分かる。『闇衲』自身は色仕掛けになど遭遇したことは無いが、その犯行は何度か目撃した事がある。どうでも良いので目撃する以上の事は何もしなかったが、そのおかげで色仕掛けの常套手段が分かるようになった。
 もしも自分に色仕掛けを仕掛けてくる愚かな輩が居たならば返り討ちにしてしまうだろう。両腕と頭を組んで枕を作ったり、足と胴の中身をくりぬいて腐らない様に加工を掛けて鎧のようにしてみたり。流石にリアにはそんな事をするつもりはないが、それくらい自分に対しては無意味な事だと分かってほしい。
 服の中から腕を出した後、『闇衲』は再び腹部を抱きかかえる。せめてもの仕返しなのか、リアは一層こちらに体重を傾けていた。
「重い」
「娘の胸を触った代償よ」
「……お前が気にしないと言ったから実行したまでなんだが……何だか面倒になってきたな。好きにしろ」
 聴覚に意識を集中させて、地上の音を聞き分ける。昼のような雑音は無く、雨のような恵も無い、ただ雲が空を覆っているだけの日だ。特定の音を聞き分ける事は難しい事じゃない。
「何を聞いてるの?」
「地上の音だ。少年がこの場所に来るのを待っている。そして少年がここに来て、去った時に次の仕事は始ま……静かに。来たぞ」






―――そんな筈はなかった。或いはこれを察して逃げたのかもしれないが、たとえそうだったとしてもあり得ないだろう。
 生活の痕跡が一切見つからないなんて。
「暖炉も、薪をくべたような痕はありません!」
 シルヴァリアを逃がしてから数分後。数人の騎士相手に叶うはずも無く、ラガーンは身柄を拘束された。それ即ち彼女達に裏切られたという事だが、気にすることは無い。それならばこちらも裏切り返してやればいい。だから自分は拷問に掛けられる前に協力者の二人の場所を吐いたのだが、何処にもいない。孤児院は既に燃え上がっているので、家に戻ったのだろう……そうも思ったのだが、結果はご覧の有様だ。彼らが居た痕跡など何処にも無い。彼らどころか、人が居た痕跡すら無かった。
「ふむ。どうやら、このガキは嘘をついたらしいな。お陰でゼロ番に続いてイチ番が逃げた上、二階は半焼。機械は半分以上壊れちまった―――なあ。どうしてくれんだよォッ!」
 強烈な蹴りがラガーンの横っ腹を蹴り飛ばした。憎悪の籠った蹴りは子供じぶん程度簡単に吹き飛ばせる。騎士達から逃げようと思っても、あまりの痛みに声すら出ない。
「協力者を告発何て嘘つきやがってよ。なあ、どうしてくれるんだよこの損失は!」
「…………っ」
「クソガキが。大体ここはな、ずっと昔から空き家だったんだよ。誰かが居るなんてありえない……なあ、孤児院の炎上もお前がやったんだろッ?」
「……ち――――――ガッ!」
 後頭部を思いっきり踏みつけられた。床に鼻が圧しつけられて、鼻血が出る。
「違わねえよなあッ。大体あの孤児院には紙芝居の名目で偵察が入っていたんだ。奴の名前はロクト・カース。騎士団の暗殺部隊に所属している男だ。そんな男の目を掻い潜って孤児院を炎上させるなんてお前にしか出来ない、そうだろう――――孤児院のラガーン」
 反応するべきだったのだろうか。もうどうでもいい。身体を動かすだけ無駄だ。どうせ甚振られるだけ。そうと分かっていて動く程、自分は愚かではない。
「院長との話を聞いていたんだろう? お前が召喚事故……ミスで攫われたって話。どんな経緯でこんな事をやろうとしたのかは知らんが、カースは偵察にあたって孤児院の子供を警戒対象から外した。だから奴の目を掻い潜って孤児院を燃やす事が出来たのはお前以外にあり得ないんだよ。分かるか?」
 分からない。孤児院を燃やしたのは彼女達だ。自分はそれ以外知らない。
「お前の誤算は、行動を目撃されないと思っていた事だ。きっと通報者は家からお前の姿を見たのだろう。おかげでこうしてお前を捕まえることが出来た。あの幼子には感謝しなければな」
「―――! ま……待て! その幼子は……女の子かッ」
 騎士は少年の頭から足をどけて、その手を乱暴に引っ張り上げた。
「罪人に教える事など何もない。どうせ貴様は明日までの命なのだからな」










「……行ったか」
 遠ざかる足音を何度も確認。騎士数人と少年の足音に間違いない。自分の読み通り、あの少年は信用を得られず連行されてしまったようだ。
「双王は良く静かにしていたな」
 あれの存在は一番の不安要素だった。叫び声でも上げられたら地下室の存在を気づかれて作戦が崩壊しかねない事態に陥っていたが、
「私が楽しもうとしていた時ですら助けを求めてたから、猿轡を作ったの。見せかけだけじゃない奴ね」
 えっへんと胸を張るリア。椅子代わりにされているので、その自慢げな表情を見る事は叶わない。しかしよくやってくれたと思う。リアを信じて良かった。今は心からそう思う。
「さて、もう少し足音を見送っておこうか。何が起こるか分からない。俺達はあの少年の様になる訳には行かないからな」
 壁を利用して立ち上がり、天上にぽっかりと空いた穴を見つめる。外は暗いとはいえ、気付かれなかったのはある意味僥倖か。
「よし。少年が何かおかしな事をしない内に始めるぞ。俺は子供教会に行くから、お前は夜が明けるまでに民衆を殺せ。何なら俺の装備を持って行ってもいいぞ」
 部屋の端には先ほど持って行った装備が散乱している。鉄槍こそへし折れてしまったが、それ以外の装備は今まで通りの性能を発揮できる筈。
「えっ本当? 自由に殺していいの?」
「全員殺すのは流石に無理だろうから、出来る限りでいい。それでお前の仕事は終わりだ。後は私と彼の仕事。夜が明けたら素直にこちらに帰還する事だ。ああ複数人居たら面倒だから、飽くまで眠っていたり、一人暮らしだったりの無防備な奴らを狙えよ? お前に複数人殺害はまだ早いからな」
 じわじわと殺して不安定にさせていく計画から、いつの間にか城に放火するわ孤児院は爆破させるわで、幾分大げさな計画となってしまった。紙芝居の男に少女―――ポッポというのだったか―――の死体を完璧に処理されなければ、ここまで計画が変わる事は無かっただろう。計画が変わってからリアの中にストレスが溜まりつつあったのは知っていたので、敢えてこれは彼女に任せる。
「無防備な人? パパとか?」
「刻むぞ」
 言いつつも愛用のナイフだけを手に取り、リアへと手を差し伸べる。彼女の力では入口まで跳躍する事は出来ない。いつも通り、手を貸そう。
「準備が終わったら俺の手を取れ。これが最後の仕事だ」




 

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