ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

攻国戦 中編 1/2

「すごいすごい! 焼け跡から面影が欠片も感じられない! あの黒い何かが機械になる筈だった女の子だなんて、誰が信じるんだろう」
 人ごみに直接混じるのは得策とは言えなかった。なので、このように他人様の家の屋根に上って高みから見物させてもらっている。少年に見つからないという意味でも、もう一人に見つからないという意味でも、ここは最適なのだ。許可など勿論取っていない。
「あれが苦悶の表情という奴だから、よく覚えておけよ。どんな美人も苦悶の表情は醜いモノだ……俺も、お前もな。殺人鬼って言うのはその醜さを愛せるモノの事でもある」
「言ってる事はまあいいんだけど、パパって言う程美人かな?」
「そういう意味じゃないんだけどな……今更な忠告かもしれないが、もしも苦悶の表情に嫌悪感を示すようなら国殺しはやめておけよ。世界に復讐を誓うとなると、お前はこれから何万とあの表情を見る事になるんだからな」
 『闇衲』は冷たい瞳を娘へと向けて言った。その瞳の奥には、何処までも血と臓腑と肉が濁りに濁った光景が続いている。
 これは善意ではなく、どちらかと言えば彼女を試している。もう後には引き返せなくなったモノ……先輩として、その先にあるモノが虚無であると分かっていても同じ道を歩む……後輩への確認。既にその意志は確立されたようなもので、確認するだけ無駄なのだが、それでも念の為だ。
「別にいいわよ。醜いモノを見たくないなんてのは我儘だし、私は私の目的が腐っている事を十分に理解しているつもり。だからせめて、見なきゃいけないでしょ。私の目的の為に苦しんでくれたり、死んでくれたりする人を。そもそもこの腐った道を歩みながら綺麗なモノだけ見て生きていくなんて、無理だし」
 己が悪であると自覚する悪は、その道の過酷さを、その道の虚しさを理解しながら歩まなければならない。いつか己の善心との間にすれ違いが起きて、精神が壊れてしまうから。それはかつて『闇衲』にもあった事だし、歳月を経ればリアにも起きる事。彼女自身は『己の良心は壊れた』等とほざいているが、それは嘘だ。心は自分が思った以上に強いモノ。人生を全て壊された程度で心は壊れたりしない。彼女の心には確かにまだ良心が存在する。
 前述の言葉がその証拠だ。自分が目的の為に引き起こした行動によって苦しむ人間、命を落とす人間。それらから目を背けずにしっかりと向き合う。それは当たり前の事だが、誰にも出来るような事ではない。そして誰が何と言おうと、自分の行動の結末を見届ける事は、とても大事な事なのだ。
 だからその発言を大して考えもせずに言い放った彼女の心には、まだ確かに善心は残っている。そう言い切れる。
「……そうか。やっぱり今更だったな」
「全くパパったら、心配性なのね。そんなに娘が心配なの?」
「心配も心配、大心配。気になって気になって夜も眠れやしない。お前の性格から言って、男とくっつく気配はないし、本当に困っているよ」
 子供教会という場所を知ってしまった彼女は、『闇衲じぶん』以外の男性に拒絶反応を起こしている。火刑を見たいが為に人ごみに紛れようとした事を考慮すると、接触や会話は問題ないのだろう。拒絶反応というのは、恋愛的な意味だ。その体質の関係上、性行為への発展については……言わずもがなだろう。
「まあ……そうだね。何だったらパパが恋人になる?」
「アホ、キモイわ。こんな『好きな香りは血と臓物をまぜこぜにした臭いです』と言っても違和感ゼロな顔の奴にそんな提案とか、正気かよ。一回死んだ方が良いんじゃないのか」
 それに『闇衲』は少女に恋をするような……いや、そもそも自分は恋をした事が無い。仮にあったとしても、もう忘れてしまった。それを抜きにしても彼女とは『親子』の関係を結んでいるので、恋人的関係に発展する事はあり得ない。
「……パパって、回りくどい例えが好きなの? 頭を良く見せようとしてるの? なにも分かりやすくないから逆に頭悪く見えるよ?」
 リアが可哀想な目でこちらを見つめてきたので、『闇衲』は多少語勢を強くして反論する。まさか口論でここまで熱くなるとは思わなかったが、自分は今本当にムカついている。
「煩いな。それくらいお前の提案は狂気じみていたんだよ。冗談だとしてもな」
「何、娘の冗談も受け流せないの? パパって意外と余裕が無いんだね」
 その眼をやめろ。何故だか分からないが凄く心に刺さる。そして余裕が無い事については反論のしようがないので、口を噤まざるを得なかった。
「………………」
「……あれ? ねえ?」
「……………………………………………リア」
「ん?」
「―――歯、食いしばれ」
「え? ちょ―――」


 今はっきりと分かった事がある。こいつは人を煽る事を楽しんでいる。そして無駄に煽るのが上手い。煽り耐性の無い自分には少々きつすぎた煽りだが、どうしてもっと早く思いつかなかったのだろう。口で言えない事は手で表す。実力至上主義で生きてきた『闇衲』には、こちらの方が性に合っている。

















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