ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

死にゆくまでのひと時を

 『闇衲』がラガーンと食事を摂っていたその頃……リアは孤児院の『機械』の管理も程々に、父の持ってきたお土産と対面していた。
 頭陀袋を被った、二人の男。無駄な筋肉など一切ない父親と比べると、この二人の男達は無駄しか無い肉ばかりで、筋肉など存在するのかどうかすら疑わしい。脂肪だけで動いていると言われても、納得がいく。よくこんな体で今まで生きてきたモノだ。こんな男達の座っている椅子二席が、若干悲鳴を上げているので体重は語るまでも無いが……壊したら怒られそうだ。
「お待たせしてごめんなさいね? さあ尋問を続けましょうか」
「貴様は一体誰だ! 我々にこんな事をして許されるとは思っていまいな!」
「我々は『神すら崇めるトストリス』の王、クラス・リンファーンと!」
「サラスド・リンファーンである!」
 クラス・サラスド。ああ、何度夢見た事か。この二人が今、復讐の対象が今、目の前にいるなんて!


―――パパ、愛してる。


 この感情を言葉にすると、恐らくパパは「気持ち悪いな」とでも返してくるんだろうけど、それくらい感謝している。まさかこの二人をお土産にしてくれるなんて。こんな気の利いたパパを持って、私は幸せ者ね。
「知ってるわよ。私の人生を何もかも壊した奴等の親玉でしょ? だから貴方達に復讐する為に、私はこうして貴方達を連れ去った」
「復讐っ?」
「何の事だ? 我々は決して庶民事には関連しないぞ!」
「子供教会」
 その言葉に確かな反応を受け取った私は、双王の頭陀袋を取ってあげました。私の番号はゼロ番。非常に妊娠しやすく、生物としての種類が違っても妊娠できる体質。それに目をつけたんだか何だか知らないけど、きっとこの王様からは、私はそんな風にしか見えないんでしょう。
「久しぶりね……双王様?」
「―――き、貴様はゼロ番!」
「何故ここに……いやそもそも、何故器具に繋がれていない!」
 私の脱走は伝わっていなかったのかしら。まあ器具に繋がれた私を使いたいっていう人は大勢いたし、伝えていなかったんでしょうね。アイツらの話じゃ子供教会は王様も使うって話だし。王様には使わせたくなかったって所でしょうか。
 後でパパに自慢しようかな……


『ねえパパ、私ってすっごくモテるのね!』
『お前がモテる……そうかそうか。じゃあレイプに気を付けろよ。最近の男は女に飢えてるからな』


 って違う違う。
「脱走したのよ。皆気を抜いていたから。私は魔術のある世界から連れてこられた人間、記憶の奪還と名前の奪還何て簡単。それで、今日貴方達を攫った理由は……まあ、分かるわよね。復讐だもの」
「ふん! 我々を捕まえた所までは誉めてやろう。しかし、もう五分もすれば優秀な教会の者がここを訪れるだろう! そしてその瞬間こそが貴様の悪行の最後だ! しかしここで縄を解き、我々に素直に犯されるというのであれば、器具に繋ぐのだけは勘弁してやろう!」
「まあ我々の専用性奴隷になるがな!」
 私が少女だからって、この二人。言いたい事ばかり言ってくれちゃって。あの縄が対魔術加工じゃなきゃ、魔術でも使ってきそうな勢いよ。こういう時、パパだったら大人しくなっていたんでしょうけれど、私の容姿はあんな物騒じゃないし、刃物でも出した方が良いのかしら。いや、或いは……何事も真似から入るという言葉に倣って―――
「おい」
 短剣を懐から取り出して、双王の頬を、軽く斬りつける。二人は何が起こったのか理解できていなかったが、頬から滴る血液を感じ取って……
「ひ、ひい!」
「な、な…………な!」
「お前等、自分の立場が分かっていないようだな。お前達は処刑前の罪人だ。捕虜ですらない。今はお前に最大の地獄を見せるために生かしているだけに過ぎないんだ。……あんまりギャーギャー騒ぎ立てると、この場で刻むぞ」
 自分でもよく分からない。只、パパを想像して、パパならどんな事を言うかを考えていたら、自然と言葉になっていた。そして二人は途端に静かになってしまった。
「最初からそうしろよ。今のてめえらは良いご身分の王様じゃねえ。奴隷に奉仕される立場に無いんだ。むしろ奴隷に蹴る殴るの暴行を加えられたうえで全身を貪られた上にてめえの醜い顔を馬で引きずり回してボロボロにされても文句が言えない立場なんだよ―――分かるか?」
「は、はいいいい!」
「……よろしい♪ それでいいのよ、それで」
 しかし男口調は疲れる。今度からは一人称を『僕』にして男口調に慣れてみようかな……いや、それはそれで今度は戻れなくなりそう。やめよう。
「さて、アンタ達には自分の国が滅びゆく様子をゆっくりと感じ取ってもらうつもりだから、今はまだ殺さないわ。メインディッシュは食事の最後に。貴方達が死ぬのは、国が滅んだ後。でもそれだけじゃ可哀想でしょ? だから色々教えてあげる。まずここに子供教会が来る事は無いわ。だって攫ったのは私じゃなくて……『闇衲』なんだもの」
「だ、『闇衲』だと……?」
「先代は居ると言っていたが、まさか本当に居るとは……」
「私は『闇衲』に父親になってもらった。そして彼の保護の下で私は復讐を始めた。貴方達、そして貴方達の居るこの世界に」
 その憎しみは今も消えていない。平和だった自分の人生を全て壊したのは、そっちの都合だけで壊したのはこの世界。この世界にそんな技術があるから、悪い。そうしなければこのトストリスが危機に晒されるのだとしても、知った事ではない。自分を巻き込まないでほしい。
「貴方の家族も知り合いも友達も愛人も妻も妾も犬も奴隷も……全員殺す。この世界に居る人間は全て殺すわ。一切の例外なく、ね」
 パパが死にたくないって事だったら、パパに関してだけは少し考えたけど、パパは死にたいみたいだから、やっぱり例外じゃない。パパだけは痛くない方法で殺すつもりだけどね。
「し、しかし貴様……父親、という事は『闇衲』は男なんだろう?」
「その体質を持っていて、よく男性不信にならぬものだ。ひょっとして、既に躾けられたのか」
「テメエらはそういう考えでしか物事を解けないのかよ。何、下半身に脳が付いてるの? 子供教会の奴等もそうだけど、ここの男性は全員下半身に脳が付いてるんですか? 今も何でか知らないけど、性的興奮を得ているようだし、あんまりうざいと、終いにはそのご立派な突起物を根元から切り取るぞ」
 その点、思考こそ殺す事に傾いているけど、パパは興奮もしないし、襲ってきたりもしない。女性を代表する訳じゃないけど、パパの方がよっぽどいい男だって事は皆思ってる筈。
 だって、下半身で物事を考えないもの。
「俺は処女だ。それが失われる事は無い。孤児院では女としての喜びがどうこう言われていたが、そんなもん犬にでも食わせとけよ。そんな些細なモノを捨てる事で復讐する事が出来るなら、俺は捨てるね。下半身でしか物事を考えられない、お前達への当てつけにもなるしな」
「ま、待て! 元の世界には戻れないぞ! 我々が使っているのは一方通行の魔術だ! つ、つまり……だな。世界に復讐をしてしまえば、土地は荒れ果て生命は死に絶える。そんな世界で、どうやって生きていくというのだっ?」
「いーもん、パパに付いていくから」
「え?」
 突然口調が変わった事よりも、王様は私の発言にびっくりしたみたい。ここはボケのつもりだったんだけど。王様は笑い所も分からないのね。
「……元の世界に戻れないんだったらそれはそれでいいのよ。その為に父親になってもらったんだから。帰れなかったらこの世界でパパと静かに暮らす、それだけよ。復讐をやめる理由にはならない」
「し、しかし! だな!」
 ……この王様、意外に油断ならないわね。
 動揺や恐怖から大きな声を上げてるのかと思ったけど、地上に居る誰かに聞き取ってもらおうと思ってるのね……どうして分かるかって? 鼓動が全然早くないもの。まるで動揺していない証拠。王様の計画通りに来られても困るから、少し早いけど拷問を始めようかしら。問う事はないけどね。
 リアはゴミ箱から拾ってきた布を双王の口の中に突っ込み、そこを太くて硬いロープで縛る。即席だが、かなり頑丈な猿轡の完成だ。手足は既に縛ってあるが、補強しておくのもいいかもしれない。
「ォヒ…ぁひぉぃ」
 舌を押さえてあるのでまともに喋れまい。続いて背後にある道具から、赤色の薬を取り出してロープにじっくりと染み込ませる。
「見覚えがあるでしょ? これは全身の感度を何倍にも引き上げる薬。アンタ達は性的興奮の増幅に使ってたみたいけど、これってこういう使い方もあるのよ?」
 徐にナイフを膝に突き立ててやると、クラスは声にならない悲鳴を上げながら、暴れまくる。
「ひっ!」
「アンタ達は死ぬ運命にあるけど、おかしな事をすると過程が酷くなるから気を付けてね。でも、もしもおかしな真似をせず、素直に私に従ってくれるなら……そうね。一度くらいは気持ち良くさせてあげてもいいわよ」
 相手の考え方を知り、それを利用して相手の心理を操作する。独学だが、これも人心掌握術の一つである。リアでも出来る辺り、これは初歩的な事だ。下半身で物事を考える連中には下半身を引き合いにだしてやればいい。そんな気がこれっぽっちも無くても、意外と引っかかってくれる。
「………………そう♪ おかしな真似はしちゃ駄目だよ?」
 あちら側としては、要求に従ったふりをして脱出のチャンスを窺っている、といった所だろうが、それすらもこちらは想定済み。精々利用されたフリをしよう。




―――地上の方から音が消えた。パパ、何をしたのかしら?

























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