ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

灯台下暗し

 たとえ少年がどんな選択をしても、彼女達の体調管理の件もあってリアは今日の夜はずっと地下に籠る事が決定している。彼女にも自分にも大したデメリットは無い。
 というのも、地上から聞こえる音は地下にも響きやすいし、あの少女が少年の音に気付かず地下から出てくる訳がないので、仮に一日をここで過ごす事を選択されても、何も問題ないのだ。あるとすれば少年との親睦が深まるというメリットのみ……だったのだが、『リアは食料を探しに行っている』という嘘を吐いた以上、一日をここで過ごされるとその辺りを怪しまれるというデメリットがあるが、どうでもいい。その時はその時で対処出来る。
「えッ、本当か?」
「一日だけなら何も問題ない。燃え上がる城に虫の様に集る人々もその内焔が消されたら散るだろうし、そうなればまた法が適用される。何にしても孤児院か、ここか。どちらかに居た方がいいとは思うぞ」
 少年は悩んでいるようだが、ここでの選択にさしたる影響はないので、こちらとしては早く決めてほしい気分だ。それこそ『どっちでもいいだろ』と怒鳴りたい。
 だがどちらでもいいなどと、こちらから言うのは得策ではない。敢えて選択をさせる事が重要なのだ。
「―――今の所信用できるのもアンタ達だけだし、うん。お言葉に甘えて、泊まらせてもらうよ」
 泊まる選択肢を選んだか。ならば好都合だ。人との交流は苦手だが、可能な限り親睦は深めよう。
「そうか。だったら夜食の準備をしないといけないが……その前に一つ聞きたい。お前から見て、俺はどう見える?」
「え、どうしたんだ突然」
「個人的に興味が……無理にとは言わないけどな」
「いや、別にいいけど……アンタは不惑を超えたおっさんに見える。良い年のおっさんって感じだ」
 ……成程。彼には自分がそう見えるのか。一瞬でも不安を感じた自分が馬鹿みたいだ。
「そうか。済まないな、おかしな事を聞いて」
「別にいいよ。大したことでもないし」
「……俺も少し出るから、大人しくしてろよ」平静を保ちながら、『闇衲』は家の外へと歩き出す。少年に嘘を吐く理由はないが、こちらが信用する理由もない。
 まだ疑いは捨てない方がいいだろう。










 この家には二つの入口がある。一つは見ればわかる扉。そしてもう一つは裏側の板……もとい地下室への入口そのニである。普段はゴミ箱で蓋をして隠している為に気付かれないが、いざここを使うとなると挙動は不審になる。城が燃え上がって人々の関心が一極集中しているこんな状態でもなければ、安全に使う事は出来ないだろう。
 蓋を開けて下を覗いてみるが、リアは居ない。因みにこれ、一方通行な入口なので、入るというより落ちると言った方が正しい。もっと言うと、この入り口は地下からすれば天井に穴が空いているようなモノである。
 五点着地で衝撃を流しつつ、地下室へ。この場所は所謂、地下室の隠し部屋だ。リアが居る場所は元々酒蔵だった所を改造した場所だが、ここはその酒蔵の酒を移動させた場所。ついでに食料を貯めている場所である。ここから食料を取って少年の下へと戻れば、リアが帰ってこない事についてそれなりに誤魔化せる。食料だけ受け取ってきた、とでも言っておけば追及はして来ないだろう。
―――しかし、そうだな。
 一日をここで過ごすと言われた以上は全力でもてなす。少年の好みを聞かなかったのは悪手だ。これでは何を選んでいいか分からない。貧困家庭であるという認識を植えつけたので彼もそれ程期待していないだろうが、妥協はしない。全力でもてなす。どんな食材を使おうとも躊躇いはしない。
「これで行くか」
 手に取ったのは、庶民がまず目にする事のない食事。そしてこの国の王が好んでいた食材だ。一方通行の入口を跳躍で突破してゴミ箱を元の位置へ。城の火は当然と言えば当然だが、勢いが衰えてきていた。
「遅くなったつもりは無いが、どうやら大人しくしていたようだな」
「暴れる理由が無いだろ? ここはアンタ達の家だ……あれ、アイツは?」
「別の用があってな。俺は食料だけ受け取ってきた」
 『闇衲』は手に持った肉をラガーンに見せつける。今までのどの肉とも違う臭いに、ラガーンは首を傾げた。
「それじゃ、早速調理するから申し訳ないが暫し待て」
「待ってくれ……それ何だ? 孤児院にはそんなもの出た事ないけど」
「高級食材とでも言っておこうか。王様の好んでいた食材らしいぞ……ああ、そういえば王様はどうなったんだろうな」
「どうなったって……知らないのか?」
「火事場泥棒の話を忘れたか? 王様の行方を気にする必要なんて本来ない。それどころか、俺達みたいな貧民からすれば、無法地帯になってくれた方が好都合だったりする」
 正確には無法地帯になってくれないと困る。王様の行方は既にこちらが把握―――というより、双王の生殺与奪の権利は全てこちらが握っているので、後は国が滅んでくれれば、国殺しは完了。世界に対する復讐の終わりが、一歩近づく。
「王様は……二人とも行方不明らしいぞ。誰も見かけてないし、誰も助けてない。まるで誰かに攫われたみたいだ」
「成程。俺達みたいな火事場泥棒が他にも居たって訳か。盗んでいるモノは違うみたいだが」
「―――なんか、随分と淡白だな。王様を助けて褒美を貰おうとか、地位を上げてもらおうとか思わないのかよ」
 誰かを助けて褒美を貰う。至って普通で自然な流れ。ラガーンには悪意など無いのだろうが、その言葉は自分に、非常に突き刺さる言葉だった。
「……いいか、少年。誰かを助けるのは良い事だ。褒美を貰ってもそれは悪い事じゃない。でもな、誰かを助けて返ってくるのが褒美とは限らない。或いはそれが、人生が狂う切っ掛けにも成り得る。お前がたとえどんな道を歩むことになっても覚えておけ。この世界は善人ばかりで出来ていない。時には腹の底から腐った糞野郎も居るんだよ……例えば、俺とかな」
 そんな話をしている内に香ばしい匂いが部屋を満たした。これ以上焼いてしまうと、せっかくの風味が台無しになってしまう。
「―――暗い話は終わりだ、アイツは別の場所で食べてくるだろうから、食事を始めよう」





















コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品