ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

結末を見据えて 裏

―――さて、と。
 夜まで適当に時間を潰した後、『闇衲』は枯井戸から城内へと侵入した。特に難がある訳でもなかったが調子には乗らない。冷静に脳内に記載されている手順を確認する。


『俺は先程のルートを使って王城に侵入。窓から一旦外に出て、外壁を上って寝室へと向かう。火を放った後は外に飛び降りるだけで済むからな、余計な手間が無い』


 窓は……内側から開けるタイプが二つ程、か。リアが居るだけで窓から外に出る等という行為は至難を極めただろうが、現在リアには別の仕事をしてもらっている。確実に成功する方法を教えておいたので心配はいらないと思うが―――少しだけ不安だったり。まだ彼女は人を殺すのに適した体になっていない。万が一、という事もあるかもしれない。
 因みに成功した場合は、もれなく全責任を被る必要が無くなる。言い方が回りくどい? では言い方を変えよう。
 思い通りに行けば、国を殺したのは『闇衲』でも『正体不明』でも無くなる。ちゃんと責任を被る先が生まれるようになる。リアには何も告げていたりいなかったりするが、自分の行動から察してくれることを願おう。
 流石に死体安置所に放火されてしまっては職務もサボれないらしい。朝と比べて警備の数が激増している。その巡回ルートも誰が決めたのか、全くもって死角がない。本来なら。
 どんなに完璧に城内を巡回しようとも、死角というものは必ず存在する。動きと人数によって死角を失くしたつもりだろうが、生憎一か所忘れている。
 『闇衲』は音もなく跳躍し、天井に五指を突き立てた。感覚としては、丁度天井を握りしめるような感覚。
―――普通は思いつかないけどな。
 人体の構造上、頭上というのはとかく死角になりやすい。というか意識しなければ殆どの人間にとって死角となっている。緻密に計算された巡回ルートは、極限まで背中、遮蔽物という死角を消したかもしれないが、頭上だけは消せなかったようだ。尤も頭上を消そうとすれば巡回の効率性に問題が生じてくる為、やはり死角は消えない。
 良く出来た人体と、世の中である。欠点があるとすれば移動の度に音を立ててしまう為、移動するタイミングが重要なのだが……面倒だ。
 『闇衲』は振り子の原理で勢いをつけると、近くにあった大窓に勢いのままに飛び込んだ。その直後に発生したガラスの破砕音。完璧な巡回をしていた兵達の視線が一点に注がれる。
「誰だッ!」
 隊長と思わしき人が窓へと近寄って見下ろすが、怪しそうな人影は見つからなかった。内側から砕けたので外側からの攻撃という事もない……
「……恐らく魔術による攻撃だ! 侵入者は近くに潜んでいるぞ、全員武器を取れ! 何としてでも侵入者を捕らえるんだ!」
 その号令と共に兵士達が武器を取る音。足音は暫く滞在していたが、やがて別の部屋へと移動していった。
―――ふう。
 少しでも遅れていれば見つかっていたか、重傷を負っていただろう。窓に飛び込んだ直後に窓枠を掴んで上に退避する作戦、見事成功したようだ。ガラスを無理にぶち破ったせいで体中血だらけなのは気にする必要も無いだろう。いつもの事だ。
 それにしてもこの城の外壁は、まるで暗殺者に上ってと言わんばかりの構造をしている。指を入れられる溝が多すぎだ。『闇衲』でなくとも、これでは「殺してください」と言っているようなモノ。腑抜けている。
 王室の位置はしっかりと覚えている。落ちなければ五分くらいで辿り着く。指を掛けて慎重に。足を掛けて、静かに。
 窓まで辿り着いたが、やはりというべきかしっかりと施錠されていた。問題ない。ナイフでガラスを破壊して、鍵を開けた。
 多少の物音では済まされない音が響いた気もするが、熟睡しているらしく起きる気配は無かった。手順通り『闇衲』は王室に火を放とうとする。
―――待て。
 計画が何度も路線変更するのは好ましい事態ではない。だが、ちょっと待ってほしい。リアは何と言っていた?
『王様を殺せば統制が取れなくなる。トストリス大帝国は只の無法地帯となるわ。そうなればずっと殺しやすい』
 すっかり忘れていたが、自分達は孤児院を潰すのを目的としていたわけではない。そして子供教会を潰すのを目的としていた訳でもない。それは飽くまで国殺しの手段である。
 誰かを殺して治安を悪くさせてを繰り返して、追い詰めていく。殺すモノは誰でもいいが、国の闇に関わる人物であれば尚良い。そうして子供教会も孤児院も、動かざるを得ない状況を作り、そこを叩く。二つが潰れれば国民によって王族は前に出ざるを得ない。そして王様が死ねばこの国は無法地帯。責任など誰にも無くなり、国は『誰か』によって完璧に滅びる……多少柔軟に行動を変えていかなければいけないにせよ、根本の計画はこれである。
 火を放てばリアが言っていた通りの状態になるだろう。だから計画通り進めるのであればここで火を放って逃げる。それだけで良い。
 しかし思い出してほしい。リアはこの国ではなく、この世界に復讐をするつもりなのだ。つまり国殺しはしなければならないが、いつまでもちんたらちんたら一つの国を狙っていたら、きっと一生涯の内では世界殺しを達成する事等、到底出来やしない。
 狙いはこの国ではなく世界。この国だけを見れば自分の考えた作戦通りに動けばいいだろう。だが世界を見た時に取るべき行動は、少し違うのではないか。
『闇衲』が現在立っている場所は王室である。王がその身を休める場所である。そしてその王は余程疲れているのか、ガラスを割っても気づかなかった。
―――まあ、頑張ってくれた娘への手土産にも使えるな。
 遠い遠いある国では、自分の好みの女子を見つけた時、たとえ何処に居ようと―――例えば家に居たとしても攫って娘にして、適正年齢まで育てたら強姦して嫁にする。そんな事をする国があるそうだ。個人的には狂気しか感じないし、何と頭のおかしい文化だとも思うが……今自分が置かれている状況は、どうだ? 
 好みとかそういう事ではない。 こいつを殺す事を一時の目的としているという事は、言い換えればこいつが欲しいという事。そして自分はこいつの部屋に居る。
 欲しいから、家まで来た。だから―――




     もうお分かりだろう。その国の文化に倣う訳ではないが、やるべき事は一つだ。
























 

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