ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

善の裏に善

少年を孤児院に送った後、リアは大きなため息を吐いて、その場に座り込んだ。
「……疲れた」
「お疲れさん。随分とまああんなにすらすらと出鱈目を言えるものだな」
 聞いてて呆れるくらいの嘘と出鱈目。あの少年も思っただろう、『幾ら何でもそれはない』と。色々証拠らしきものを持ち出しては語っていたが、幾ら何でも飛躍しすぎて信用に欠ける。
 如何に便利な魔術と言えど、死者を蘇らせる事だけは出来ない。それは魔術を修めようとする以上は必ず知らなければならない基本であり、絶対の事実であるというのに。この少女ときたらそんな事等お構いなしに……よくもまあ説得できたものである。
「ねえパパ、膝枕して」
「は? …………分かった」
 突然そんな事を言われて動揺してしまったが、その表情には何処か疲れが見えていた。どうやらあの嘘と、筋が通っているんだか通っていないんだかよく分からない証拠を並べ立てる行為は即興でやったらしい。あれで納得させられた事も不思議だが、あんな理屈を即座に思いついたのも不思議だ。自分にはとても出来る芸当とは思えないし、相当疲れた事だろう。
 『闇衲』はリアが寝転がれるように位置を移動すると、それに対応する様にリアも頭を膝の上に。
「撫~でて♪」
「はいはい」
 自然に甘える事が出来ないのか、その甘え方はどうにも不自然で、何かあるのではと勘ぐってしまう。しかし考えてみれば、彼女もまた『娘』になって日は浅いのだ。どうやって甘えたらいいか分からないのも当然で、自分が『父』として何をすべきか分からないようなものだ。
 今はまだ、これでいい。
「で、お前は目的も告げずに協力を取り付けたわけだが、本当に良かったのか? 国を殺す云々は置いといても、孤児院の嘘の件については素直に話しておいて何か損があったとは思えないんだが」
「損はないけど、得はあったのよ。だって、あの子と同じレベルの情報を持ってることを伝えちゃったら、私があの孤児院の出身だったことがバレるじゃない」
「ふむ。それで?」
「彼の目的は達成させたくないの。彼はどうやらあの孤児院の嘘を暴いて、皆を救おうとしてるみたいだけど、私からすればあの子たちも復讐の対象よ。救われてたまるものですか。それに私が孤児院出身だって事がバレれば、自ずと私が逃げ出した事も分かる筈。そしたらあの子、絶対私を利用するでしょ? 逃げるための時間稼ぎとして囮に使う……とか。パパが居るから安全って事は分かってるけど、でも誰かに良い様に扱われるのは嫌なの。だからあの子には嘘の目的を伝えた。そうすれば『協力関係にあるけど目的は違う』関係になって、利用されることも無くなる。孤児院出身だって事も、私かパパが口を滑らせない限りはばれないと思うわ」
「……俺は気になっているんだが、嘘の目的を伝えたところで得たものは僅か。俺達は国殺しをするんだよな? 一体アイツをどうやって動かせばそれが捗るって言うんだ?」
「―――私もどうしてあんな理屈で納得させられたのか分かってないけど、でも孤児院に内通者を作れれば何でも良いの。動かしようは幾らでもある。あっちも勝手に調査してくれる。彼は素人、調査なんかしてればその内怪しまれてくるわ。そうすれば孤児院内もざわついてきて、下手な動きをしてくるかもしれないでしょ? そして孤児院内で何かしらの問題が起きれば子供教会も段々と放っては置けなくなる。そう間を置かずして動きを見せてくるはずよ」
 言ってることは物騒だが、リアは何処までも無邪気な笑顔を浮かべて微笑んでいた。これから楽しい事が起こる、そう言わんばかりに。彼女がこの世界に恨みを持っていなければ、リアの頭を撫でている男が殺人鬼でなければ、とてもとても平和な光景だ。
「俺は何をすればいいんだ?」
「取りあえず外に誰か居たら殺して……そうね。首を孤児院にでも送り付けるとかそんな感じで孤児院内を混沌に陥れてくれればいいわ」
 中々容赦ない提案をしてきたリアだが、『闇衲』にはどうしても彼女が自分と同じ境界にいる人間とは思えなかった。
 確かに彼女は世界への復讐を願っている。発言には一切の容赦がなく、また慈悲も無い。だがそこには昔あった善性が確かに存在していた。
 例えば孤児院の皆も復讐の対象だという話。あれは決して恨みとかそういう訳ではなく、この世界に居ても生き残れるとは思えないから、という彼女なりの優しさでもある。あの孤児院で育てられた子供は、世間の事等何も知らない子供に育ってしまう。それはつまり、一人で生き抜く力が足りないという事である。元々子供を産ませる為だけに誘拐したのだから、その道を行くなら問題は別にない。
 だがもしもそれ以外の道を示してしまった場合、彼女達は進むことが出来るだろうか。否、進む事等出来ないだろう。
 生きるは苦痛、だが死は一瞬。だったら殺してしまった方が、彼女達にとっては幸せな筈だと。押しつけがましい優しさではあるが、それもまた善。口では悪を語る彼女だが、その心はまだ……いや、だからこそ、彼女は復讐を誓い、皆殺しを口にするのか。善では太刀打ちできないと知るからこそ、悪となって太刀打ちするのだろう。
 国殺しはまだ始まったばかり。気を抜かず、慎重に。彼女の心が乱れないように、影からしっかりと支えていこう。









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