ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

トモダチ細工 ツウ

「……ポッポ?」
 法をしっかりと守っている者が多い故か、外からはまるで音が聞こえなかった。人は居る。だがこの時ばかりはまるで街そのものが死んでいるような……ゴーストタウンにいるかのような気分だ。実際にはそんな筈が無いのに、まるで暗闇が周りから押し寄せてきているようで……いや、これ以上考えるのはやめだ。今は取りあえず、ポッポを探さなければ。
 集合場所は広場と言ってあるし、ポッポは約束を理由もなしに破るような人間ではない。仮に破るような人間だったとしても、今はその理由が無い。彼女は殺人鬼を恐れていた―――ついでに衛兵も。だから一人になる訳が無いのだ。何かに巻き込まれでもしない限りは。
 ……先程から感じるこの強い匂い。今の今まで目を背けてきたが、状況を総合するに、ポッポの行方を掴む手がかりはもうこれしかない。
 嫌な予感など今更だ。この匂いには覚えがある。明確に『何』とは言えないが、この匂いがする時は決まって悪い事が起きると、自分の本能がそう叫んでいる。
 でも行かなければ。ポッポは自分が守らなければならない。彼女だけは何としても救いたい。たとえ悪い予感がしていても、その先にあるモノがどれ程のものだったとしても、自分は―――
 ラガーンは震える足を無理に動かし、その匂いを辿って駆け出した。その先にある結末に、薄々気づいていながら。








 数本の紐で吊るされたそれは、まるでカラクリ仕掛けの人形のよう。夥しい量の血液がぶちまけられていなければ、人間であるとは信じなかっただろう。
 首は無い。四肢は切断された状態で、臓腑は中身を垂らしながら死体に巻き付けられて。斬られた四肢は胸の前で何かを包み込むように交差されている。無理やり一本引きちぎってみると、心臓が姿を現した。
「……な、何だよこれ……」
 首が無い為誰なのかは判別出来な……かったらどれ程幸せだったか。その死体の足元にはラガーンも良く知る見覚えのある人形があった。可愛らしかった瞳が、人間の眼球とすり替わっている事を除けば……間違いなく、ポッポがいつも抱いていた人形である。
「―――うッ!」
 そこまでが限界だった。ラガーンは身を翻し、込み上げてきた物を地面へとぶちまける。信じられない。信じたくない。信じる訳には行かない。
 こんな、こんな気持ちの悪い物体がポッポ? こんなのがポッポ?
 生きているとか死んでいるとかではない。もうこんなの、只の悪趣味な像である。これ以上目視していると精神が侵されそうだ。
「どうしたんですか?」
 孤児院に戻ろうと歩き出したラガーンに声を掛けたのは、自分が協力を求めた少女だった。まるで事態を把握していない様子で、首を傾げてこちらを見ている。暫くしてから匂いに気付いたのか、視線を上げて―――絶句した。
「えっ……これって!」
 少女は口元に手を当てて背後を向く。身体を震わせながら必死で口元を抑えている所を見るに、きっと彼女にも込み上げるものがあったのだ……恐らくは自分と全く同じものだろうが。
「こ……これって…………こんなのって」
 耐えられる筈がなかった。自分と近しい者が、ついさっきまで元気な笑顔を浮かべていた人が……こんな気味の悪い死体となって、現れるなんて。
 狂っている。狂っている。ただ殺すだけでは飽き足らず、死体を変形させて吊し上げるなんて。死体は彫刻や銅像とは違う。かつては生きていた人間だ。埋葬し供養すべき存在だ。それを粘土みたいに好き勝手に潰して壊して歪ませて。こんな横暴が赦されるはずがない。
 ……いや。横暴なのは自分か。従ってくれる彼女を振り回して、あげく死なせてしまって、その正体すら分からずじまい。自分が来ると信じていた彼女を、殺人鬼が居ない等と宣っていた自分を信じてくれた彼女を、自分は裏切ったのだ。
 結局殺人鬼は存在していた。疑いようのない証拠がここにある。殺人鬼は今も獲物を探して夜を徘徊している。殺人鬼の話は、本当だったのだ。
「あ、あの……ど、どうしましょうか」
「…………どうするって、何だ」
「いや……だってこれ、放置する訳にも行かないですし、やっぱり何かしないと」
 少女の顔色は相当悪いが、ラガーンと違う点を挙げるとするならば他人だという事。人が死んだとき、それが他人か否かというだけで感情の起伏は大分変ってくる。確かにこの死体は気持ち悪いが、今回もその法則に漏れてはいない。少女は今何をすべきかという思考へと移動しているが、ラガーンは未だ死を受け入れられていないのがいい例だ。
「……はあ……はあ……」
「え、ちょっと……?」
「はあ…………ハアッ、ハア!」
 呼吸が早まる。鼓動はリズムを早めて全身を締め付ける。意識は徐々に遠のき始め、全身の筋肉は思うように動かない。
「ハアッハアッハアッハアッハアッハアッ…………!」
「ちょ……え―――大丈夫ッ? こんな所で倒れないでよ!」
 少女の口調の変化を気に留めている余裕などなかった。抑えようとしても呼吸は止まらない。むしろ止めようとすればするほど呼吸は荒く、酷く、大きく。
「落ち着いて! まずは深呼吸を……!」
 当の少女が動揺しているのでは指示も一歩遅い。程なくしてラガーンの意識は途切れた。






 殺人鬼は四種類に分かれている。一つ目は殺しを楽しむ者。二つ目は殺した後を楽しむ者。三つめは何の意義も持たずに殺し続ける者で、最後は何かしらの意義を持つ事で殺しを正当化し、自らの精神を慰める者だ。
 自分がどれかと言われれば、今は三つめだが、昔は一つ目と二つ目だった。殺すだけで良かったのに死体をいじったのは、きっと昔の名残だろう。出来るだけ気持ち悪く、悪趣味を追求した。精神の弱い人が見れば、少なくとも二日は寝込むことになるだろう。自分でも流石にやりすぎたかとも思ったが、リアは『パパすごーい!』と喜んでいたため、全然そんな事はなかったと思い直した。自分のやる事為す事にまるで否定してこないので、もっと加減なしで殺しても彼女はきっと何も言うまい。
 多少自分に制限を掛けていたが、これからはもう少しだけ自由に行くとしよう。殺人鬼『闇衲』としてでなく、リアの父親として―――
「パパ大変! この子過呼吸で倒れちゃった!」
 扉をけ破る勢いで飛び込んできたのはリア。背中には話に聞いた少年が背負われていた。
「いや、過呼吸で倒れたのは構わないが……殺さないのか?」
「予定変更! こいつは利用する事にしたからパパ、手を貸して!」
 利用? ……成程。そういえばこの子はあの孤児院で育てられているんだったか。リアの言う通り、確かにここは計画変更をした方が効率的に作戦が進みそうである。
 恩というのは、ひとたび売ればその人を思い通りに動かせるようになる権利である。おまけに恩を売る行為自体は善行に区分されているので、嫌悪する人は少ない。むしろ恩を仇で返すという行為を悪だと断じて嫌悪する人の方が良いだろう。
 基本的には確かにそうなのだが、恩とはある種の免罪符。その大きさに依るとはいえ、人を思い通りに動かす事が出来るというのは非常に大きなメリットである。
 考えてみてほしい。友達が殺人鬼に殺された上に、弄られた死体を直視したのだ。夜に出歩いてはいけないという法もあってか、倒れれば普通は誰も助けないし、助けなければ死ぬ。そこを助けてもらったのだから、当然ラガーンは大きな恩を感じるはずだ。少なくとも、当たり前の行動だとは思わない。きっと自分達を信用してくれるだろう。
「……成程な。分かった、手を貸そう。外傷は? ……無いな。だったら大丈夫だ。よし……じゃあまずはそこにおいて、呼吸が出来る形で寝かせろ。その後は―――」


















 





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