ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

鬼の居ぬ間に

 孤児院を抜け出して夜に出る。口では簡単そうに言ってしまったが、実際それは簡単な事ではない。夜に出歩いてはいけない法がこの街にある以上、それは孤児院にも適用される訳で……加えて何故か孤児院に居る子供は他の人に比べて特別丁寧に保護されているので、難易度はより一層跳ね上がっている。
 最初に立ちはだかるのは、孤児院を巡回する院長リシャージ。相当の年を取っているだろうにその挙動は老いを感じさせぬ程俊敏なうえ、こちらの心理を読み切っているかのように先回りをしてくるため、今まで三度ほど脱出を試みたが、全てあと一歩の所で捕まってしまっている。あの年不相応な能力を持つ院長をどうにかして突破しなければ、外に出る事など到底叶わない。何より今回は同行者が数人いる事も想定しないといけない為、博打に出る事は出来ない。ある程度の安全性と確実性を持った作戦でなければ……
 例えば、囮を使った作戦。自分と同行者の位置を偽装し、その間に脱出するというモノだが―――過去に一度やった経験から言わせてもらうと、分と言わず秒で見破られてしまうので得策とは言えない。これは飽くまで例えとして挙げたので、勿論この作戦を使う気は無い。
 では……強引ではあるが、院長室そのものを封じて、物理的に動けなくさせる、という作戦はどうだろうか。幾ら動きが俊敏でも寄る年波は越えられない。その筋肉は確実に老化の影響を受けている筈だ。欠点があるとすれば、それを行うこと自体が相手に自分の目的を教える事と同義となってしまうので、なにかしらの対策をされかねない事。更に言ってしまえば、リシャージが気づくよりも早く扉を塞ぐ方法などラガーンは知らない。板を打ち付けるのは遅すぎるとして、モノを置くだけでは突破されてしまうだろう。しかし逆に考えてみれば、それさえ思いついてしまえばこの作戦は十分有効であるともいえるだろう。未だ思いつけはしないので、まだ案の段階は出ないが。
「ああああああああああ! どうすればいいんだあああああ!」
 大衆の中心でそんな大声を上げれば嫌でも視線が集中してしまうが、ラガーンにとっては些末な事だった。変人と思われてもいい、頭がとち狂ったのだと思われても一向に構わない。
 だが、作戦が思いつかない事だけは勘弁願いたい。何だ、人を閉じ込める、無力化する方法とは幾つあるのだ。一体どれを実行すれば正しくて、何が効率的で、何が不意を突けて、何が確実なのか。一秒でも早く思いつこうとすればする程、思考は絡まり、重なり、潰れて消える。対消滅という訳ではないが、あまり案を出し過ぎてしまうとむしろ案は消えてしまう。まずは単純な所から連想して考えていこう。
―――人の動きを制限するにはどうすればいいか。考えられる案は主に二つ。物理的に動きを封じるか、何かを犠牲に動きを誘導する事で―――つまり囮を使って、動きを制限させるかの二つだ。この点を重視するだけならば作戦など幾らでも思いつくが、問題はこれを行う対象。
 リシャージ・クラムは初老の女性だが、その動きたるや明らかに同年代のそれを超越している。こちらとの年齢差による運動能力の開きは皆無に等しく、その上で身長の差は大いにある。下手な動きを取れば捕まるのは目に視えている。
 考えから外していたが、今回は自分一人ではない。来る人数にもよるが、最低二人が安全に脱出できる案を考えなければいけないのだ。それを考えると―――どちらか一方の案で遂行するのは難しい、と結論付けられる。
―――出来るのか?
 頭の中にはぼんやりと案が浮かんでいる。だが実現可能かと言われると難しい。何せ初めての事だ。成功する保証や自信は何処にも無い。不安の方がずっと大きい事なんて言うまでもない。
 だけどやるしかない。この不安はこれを実行しなければきっといつまでも膨らみ続ける。その不安に圧し潰されるくらいなら、たとえ怖くとも挑んでしまった方がずっとマシだ。やらない善よりやる偽善。計画提案より計画実行。可能か不可能かは置いといてまずはやるしかないのだ。或いは失敗してしまう事もあるだろうが、それでも『失敗した』という結果を得られただけでも収穫だ。だったらやる。やるしかない。そして、そう遠くない内に暴いて見せる。孤児院の嘘を、この国の嘘を。
 ……しかし問題なのは、この作戦。外部の協力者が必要不可欠なのだ。脱出口を誰かに開けておいてもらわなければ、この作戦は通用しない。孤児院の人間は勿論頼れないし、参加しない者に頼んだところでリシャージに告げ口されるのがオチだ。紙芝居の男は信用できるが、協力してくれるかは分からない。
 この作戦が失敗すれば、二度と使えない。リシャージに有効なのは一度だけ。それ以降は子供の自分には何をどうしようとも無理だ。だが他に協力してくれる人など居るのか? 自分を知っていて、その上で自分に乗ってくれるような人物……そして会おうと思えば会えるだろう人物。
「……失礼、か?」
 一人だけいる。だが何だろう、あちらからすれば唐突過ぎやしないか。突然押しかけてきたと思ったら協力を求めてくる子供なんて怪しいに決まってる。摘み出されるのが精々だ。
 それでも―――行く価値はある。行かないよりはマシだ。早速『彼女』に会いに行こう。




 走り回るという行為がこれほど無意味で時間を浪費するだけの行為だとは思わなかった。やはり名前くらいは聞いておくべきだったかもしれない。
 彼女の事を人に尋ねようにも尋ねられないし、彼女の去っていった方向すらまともに見ていないようじゃ、狙って会いに行くことすら容易ではない。まさか『女の子の家は何処ですか』等と聞いても、ピンポイントで教えてくれるわけが無いだろうし。
「くっそ……足跡が見えれば良かったんだけどな」
 この人の行き交い様を見ればわかるが、たとえ足跡が見えたところで彼女のものを追えるとは限らないし、十中八九違う人間へと辿り着いてしまうだろう。だが彼女を追うための手がかりがそれくらい無いのだ。今は何でもいいから手がかりが欲しい。それかもう一度会えれば良いのだが……待てよ? そういえば彼女は昼に買い物を済ませていた。あの量を一度に消費するとは思えないので、少なくとも今日一日は家から出ないのではないだろうか。
 だとすると……会えない?
 いや待て待て。落ち着け。まだ何か案がある筈だ。そう、例えば―――
「……あの。家の前で何してるんですか?」


―――気づいたら当人の家の前にいる、とか?












 

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