ダークフォビア  ~世界終焉奇譚

氷雨ユータ

死に操られし傀儡 裏

 この大帝国を壊す事に相当な自信があるらしく、人気が多くなったころ、リアは街中へと飛び出して、これからの為に買い出しに出掛けた。大帝国を亡ぼしたら次はまた別の町に移動しなくてはいけない為、食糧が必要だと考えたのだろう。
―――彼女は手始めにこの大陸を壊そうと言いかけたが、あれは別に復讐を急いでいた訳ではなかった。彼女は単純に、世界を壊そうとしているのだ。自分の人生の全てを壊した、その償いを世界に求めているのだ。
 だから大陸中の人間を全て潰した所で彼女の復讐は終わらない。この世界全ての人間に絶望を味わってもらうまで終わることは無い。
 一人の少女にしては望みが過ぎるとでも言いたいか? それ程までにこの大陸が取った政策は悪質で、今回はそのツケが来たのだと思えばそうは思えない。国を滅ぼされてもいいくらい、この大陸は他の世界から人を浚いすぎた。それに口を出さなかった他の大陸も同罪である。この国には他国のスパイも紛れているため、知らなかったとは言わせない。
 いずれにしても、誰ももう彼女を止める事は出来ない。自分が居る限り彼女の安全は保障されるからだ。
 たとえその行動が悪だったとしても、親が子供に命を掛ける事は至極当然の事。真に血の繋がった親子ではないとはいえ、自分は彼女の父親になったのだ。だったらそこに理屈は要らない。父は娘を護り、その行く末を見守ろうではないか。
 彼女が残した計画の、その結果も含めて。








「皆殺し……? 幾ら俺でも真正面から皆殺しなんて出来ないぞ? どうするつもりだ?」
 『闇衲』は飽くまで殺人鬼だ。真正面から騎士団と相対すれば、こちらが只では済まない。誰かを殺す前に殺されるのは分かり切っている。そして分かり切った敗北を真正面から受け止める殺人鬼など居ない。殺せない人物はすっぱり諦める。一日でも長く生きる、賢い方法だ。
「……パパは一か所を集中的に狙って落とす意味で孤児院なんかを挙げてくれたんだろうけど、それじゃあ無理じゃないかなって思うの。だって、孤児院ばかり狙ってたらいつか万全に警備を固められちゃう。子供教会も同じだと思うし、そうなったらそれこそ真正面から戦わなくちゃいけないじゃない?」
 リアは先程まで『闇衲』が読んでいた本からこの帝国の地図を取り出して、卓上に広げた。王城が中心にあり、そこに続く橋が幾つか。街の東側には孤児院があり、対極の方向には子供教会。
 ……問題はない。この街を移動するにあたっては何ら問題の無い正確性を持っている。
「だから、この国全体を狙うの。まずは……夜に出歩いてはいけない法を破った誰かを殺す事から始めましょうか。子供教会の奴等でも、誰でもいいわ。取りあえず誰かに犠牲になってもらって、改めてパパの存在を知らしめる。パパは最近誰かを殺した?」
「……そうだな。最近は法を破る奴も居なかったからな。殺せる相手が居なくて困っていた。一番最近は……忘れたな」
 嘘は言っていない。ここ最近は治安が良く、こちらの姿を見られない状態で確実に殺せるような奴は居なかった。少なくともここ一年は何もしていない。
「だったら都合が良いわ。そういう事なら全員とは言わないまでも、誰かはきっとパパの存在を疑ってる筈よ。そうなるとパパの存在を確認したがる人が一人は出てくるはず。まずはそいつを殺すの。法を破ったから死んだ、なんて理屈は付けられない。だって、パパが居たから法が作られたんだもの。パパが居ないと思われてるなら、仮に居ると信じられていても、最近の被害を確認できないんじゃその理屈は通じないわ。そうなると夜間調査する人間はまた出てくる。それを殺す」
 そこで『闇衲』は、言葉を続けようとしたリアに待ったを掛けた。話の腰は折りたくないが、どうしても気になるのだ。
「それ、俺の一日と何が違うんだ? 夜に出歩いて殺すだけじゃ、国殺しは出来ないぞ」
 もしこんな事で国が殺されるならば、もう既に自分はこの国を殺してしまっている事になる。だが実際はどうだ、国は殺されずに存続し、自分は存続どころか死にかけた。作戦の穴とかそれ以前の問題で、先程から気になって仕方がない。
「……パパ。状況が違うでしょ? パパが居ないと思われてる今だからこそ効果的なのよ。治安が良いから殺せなかったなら、殺してしまえば治安の良さは少しだけ揺らぐ。人が一人死ぬだけで、それだけで平和って崩れるの。私が友達の『機械』になった姿を見て、平和主義なんて甘えを捨てたみたいにね」
 しかし自分の言う事にも一理はあったのか、リアは改めて地図を睨み、顎に手を当てた。計画を練り直しているのだろうが、ぶつぶつと呟かれる独り言はやけに声量が大きかった。
「でも……確かに無差別だと時間が掛かりそうね。ここは私がどうにか孤児院か子供教会に絞ってみれば……ああ! そうよ!」
「どうした?」
「孤児院と子供教会。二つを潰せばこの帝国の問題は深刻化する筈。周りの人々が消えるように死んでいく。そんな状況が続けば国民は間違いなく王族に抗議をする筈。人と人の供給源が無くなるんだもの、抗議の理由なんて挙げられないくらい考えつくわ。そしてそうなったら、王族は表舞台に立たざるを得ない。そうでなくても、城の人員を割いて事の対処に当たろうとするはず。そうなれば城の警備は手薄になる。ずっと殺しやすくなるわ」
「王様は最後に殺すんじゃないのか?」
「王様を殺せば統制が取れなくなる。トストリス大帝国は只の無法地帯となるわ。そうなればずっと殺しやすい。そうでしょ? パパ」
 リアの疑問に、『闇衲』はゆっくりと頷いた。
 無法地帯において『正体不明』というアドバンテージは非常に大きい。何故なら無法地帯そのものが『正体不明』の奴等の集うエリアであり、誰かが死んだところで、それはどう転んでも『誰かが誰かを殺した』以上にはなり得ない。
 統制を失えば騎士も好き放題に何かをするだろう。女性を犯す、酒を呷る、なんでもいい。統制を失ったその時点で民も騎士も『誰か』に過ぎないのだ。『正体不明だれか』に殺された所で、何も不思議ではない。
「まあここまで上手く運ぶとは思ってないから、状況次第では多少変更するかもしれないけど、どう? 完璧とは言えないかもしれないけど、現実的ではあるでしょ?」
 ……どんな頑強な壁も、小さい穴が空いてしまえばそこから崩壊する。リアの考えた作戦は、まさにそれを体現したような作戦だった。少なくとも、無謀と呼ばれるそれではない。
 彼女の頭を髪の流れに沿って優しく撫でてやると、リアは嬉しそうに頬を赤らめ微笑んだ。天使のようなその笑顔の裏には、一体どれ程の暗闇を隠しているのか。
「あ、でも。ぜっっっったい、王様は私に殺させてね? ゆっくりと拷問して、生きてる事が辛くなるくらいの苦痛を与えて、人生に絶望させて、私への反省を示させて、周りを利用してでも心をぶち壊して……その上で殺すんだから。ね、パパ? いいでしょ?」




「……本当に、全く」
 リアと交わした約束上、自分は死ぬまで彼女と一緒に居るのだろう。彼女もきっと、自分と一緒に居る。それは、自分が殺人鬼以外の何者でもないからだ。元々『裏』の存在である自分に裏はなく、命を助けた恩もある。彼女にとっては今や世界でただ一人、自分は信頼できる人物なのだ。
―――正直な事を言ってしまえばこの作戦、こちらが一つでも下手を打てば失敗する可能性が高い。だが彼女は言ったのだ。自分のパパになってほしいと。そして父とはすべからく、娘のお願いに全力を尽くすモノだ。
 この計画にどんな不確定要素があれ、自分は必ず彼女の信頼に応えて見せる。彼女と一緒に殺して見せる。世界を。
 ……柄にもなく、感傷的になってしまったか。
 一人の時間は好きだが、どうも苦手だ。考えたくもない難しい事を考えてしまう。それもネガティブな方向で。早い所買い出しに出掛けたリアには帰ってきてほしいモノだ。これ以上一人でいると精神を患いそうになる。
「パパ、ただいま!」
 そんな事を思っていると、程なくして家の扉が開かれ、娘が入ってきた。手に持った籠にはいくつかの食材が入っており―――
「お前、籠なんて持ってたけか?」
「ううん、さっき手で持ってたら落としちゃったから、隣の家から借りてきたの」
 そう言われてみると、幾つかの食材には砂がついている。洗えば問題ないのでそれ以上は気にはしない。
「……何か収穫でもあったのか? さっきから妙に顔が明るいが」
「え、ばれちゃった? でもその話はあ・と! もう昼なんだから、ご飯を食べながら話そうッ?」
 慌ただしく昼食の準備を始めようとするリアに、『闇衲』は申し訳なさそうに声を掛けた。
「―――待て。今回は俺が作る」
 自分に比べて、流石に働き過ぎである。これ以上リアを働かせるのも申し訳ないので、今日ばかりの昼食づくりは自分が負担するとしよう。







































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