ワルフラーン ~廃れし神話
偽り。されど本物
『竜』の魔人が根城としている場所に到着した。正確に言えば、『竜』を騙る存在が根城としている所。ユーヴァン以外にも『竜』が居る事は知っているが、彼等がジバルに来る道理は無い。ここにおいて『竜』とはカテドラル・ナイツが一人ことユーヴァンの事をさしている事は間違いなく、であるならば、騙っているというこちらの認識に誤りは無いだろう。
―――ここか。
以前は長屋として使われていたのだろう。かなり名残が残っていて、壁や柱の腐敗、破損さえ見られなければ、今も使われていたのではないだろうか。自分が少し小突けば崩れてしまいそうで、一時拠点として使うにしても、貧弱すぎる。自分なら、こんな建物を拠点にはしない。
「ふむ。『化生殺し』よ、どう思う?」
「…………罠、だ。な」
「同意見だ」
会話する度に喉を閉めなくてはならないとは不便極まる。しかしこうでもしないと、フェリーテが隣に居ない以上、まともに会話が出来ない。この話し方に慣れているアルドと同僚はともかく。
「その理由……ハ」
式羽は腰に帯びた剣を外すと、それを指示棒代わりに廃墟の玄関に向けた。
「何者かの出入りがある以上、ここに埃が溜まっている道理はあるまい。裏口から入っているのだとしたら話は別だが、それにしたって奥の方を見よ。虫の巣があちらこちらに見えているではないか。『竜』の魔人とやらが余程の矮躯でも無ければ、罠に違いあるまい」
こちらとは観察している部分が違ったが、それはそれで一理ある理屈だ。『竜』の魔人―――ユーヴァンは知っての通り、かなりデカい。自分には及ばずとも、人型の魔人の中ではかなりの大きさだ。もし本物がここを拠点にしていたならこうはなっていない筈なので(というか本物ならこんなあばら家焼却してしまいそうだ)、やはり『竜』を語る偽物なのは間違いない。
しかし、罠だと分かっていても、足踏みしていてはいつまで経ってもこの騒動に決着がつかない。
「……式羽。お前達はここで待機していろ」
「何? まさか『化生殺し』よ……長屋の中へ入るつもりかッ?」
「当然。これが罠だとするなら、何かをする為に『竜』は必ず姿を現す筈だ。お前達は『竜』を処罰するのが目的で、俺はその行動の協力者だ。相手が誘っていると理解したならば、その誘いに応じて足を踏み入れる。それが……協力者たる俺の義務だと思っている」
「―――分かった。ではこちらの隊から二人、貴方に付けよう。そうすれば不意を突かれてやられる事もあるまい」
「……不要だ」
「我々の実力が信用出来ないとでもッ!」
「甚だ不愉快だ!」
「……話は最後まで聞け。見廻隊の実力を軽んじている訳ではない。単に俺の得物を使うにおいて邪魔だというだけだ」
「得物……先程の太刀か。確かにあれを使うならば、私の部下は不要だろう。失礼したな」
「…………構わん」
むしろこちらが気にしているのはそんな些細な事じゃない。
真に気にしているのは、ゆっくり話す事に慣れ過ぎてしまったせいで、相手に要らぬ誤解を与えてしまう所は、喉を閉めた所で特に改善されていないという事実だ。ナイツ達と一緒に居ると、自分の意思は最低でもフェリーテには伝わるから問題ない……という下りは、もう何度目か。
もう気にしない事にしよう。気にするだけ、心が忙しい。
「では行ってくる」
正々堂々とはいかないだろうが、まがりなりにもカテドラル・ナイツが一人。不意を突かれた所でくたばる自分ではない。軽く警戒をしつつ、ディナントは竜の根城に足を踏み入れた。
―――。
式羽の言った通り、廃墟の中には人の生活していた痕跡は無く、果たして本当にここが根城なのか、という疑念がふと浮かんだ。埃だらけで足跡が見えない。痕跡を遺さない様にしていたと言われればそこまでだが、拠点として使っていたのなら、身体を休める為にもそんな所にまで気を配らない筈だ。何せ廃墟自体が小さいせいで、痕跡を消す行為は時間稼ぎにもなりはしない。無意味すぎるのだ。
こんな所を拠点などと報告した奴は何処の誰だ。
『部下を偵察に行かせてある。竜の魔人はここから遠く東に行った所にある廃墟を根城としているらしい。七日間程見張らせているが、動きは無い様だ』
見廻隊の者がよもや誤った情報を発信するとは考え難い。間違えは誰にでもあるかもしれないが、これを間違えるのは幾ら何でも致命的過ぎる。自分が『その情報は誤りだった』と通達するだけで切腹は免れないだろう。同族殺しとはそれだけの重罪であり、見廻隊の者達はそれを何よりも分かっていると思っていた。
―――そう言えば、ここを見張っている部下とやらは何処に居るんだ?
式羽も言及していなかったからすっかり忘れていたが、普通、その部下とやらを呼び出して、到着するまでの動きを尋ねるのではないだろうか。
どうにも今までの流れに、ディナントが違和感を覚え始めた―――直後。
「ぐおおおおおおおおッ!」
目の前の壁をぶち破って、式羽が吹っ飛んできた。その狙いは偶然か必然か、進路上には丁度自分が立っている。もしも狙って彼を飛び道具に吹っ飛ばしたのならとんでもない実力者だ。
しかし人間一人がどれだけの速度でぶつかって来ようとも、ディナントには関係なかった。それよりも重い攻撃を、それよりも遥かに巨大で抗い様のない力を自分は知っている。この程度の攻撃は、牽制にもなりはしない。
投げ返して相手を驚かす事も考えたが、自分が全力で投げようとすると、十中八九、式羽の腕が捥げる恐れがあるのでそれはせず―――ディナントは彼の身体に掛かる力を片腕で流し、勢いを完全に相殺した。
「……何者だ」
見廻隊は実力主義だ。そんな組織において隊長を務める男を易々と吹き飛ばすには、相当の実力が必要である。式羽の安否を軽く確かめてから、ディナントはぶち破られた壁を出口に外へ。
そこには、今まで付いて来た見廻隊の首と胴体がゴロゴロ転がっていた。
いずれも綺麗に切り離されており、中には自分に何が起こったか分からないとでも言わんばかりの表情のまま、死んでいる者も居た。
「…………!」
またその手の力を使う輩かと思ったが、ならば式羽が為す術もなく吹き飛ばされる筈がない。感知に関しては、彼の方がこちらよりも一枚上手なのだから。
不意を突かれない様にと暫くの時間警戒したが、まるで攻撃を仕掛けてこない。相手が単に我慢強いだけ……とは思えない。やる事がないならまた式羽を襲えば良いだけだ。自分とはかなりの距離がある。ディナントの情報が無い相手ならば、まず襲おうとする筈だ。基本的には、それが合理的だから。
警戒を解き、式羽の下へ戻る。わざと背中を晒してみる目的もあったが、やはり襲っては来なかった。いや―――襲えないのか。
もう何処かへ姿を消してしまったから。
「……オ、い。シキ……ネ。何、アっ……た?」
式羽の首は勿論繋がっている。吹き飛ばされるだけと言うのもおかしな話だが、首への攻撃を防いだ結果、こうなったのだろう。
「―――遅れを取った」
「ナ……に?」
「忽然と、音もなく、予兆も無く、私の部下の首が刎ねられたのだ。いやはや、如何なる妖術も見慣れたものだと思っていたが、これ程のものは見た事がない。いよいよ……『化生殺し』よ。貴方の力を本格的に借りる必要がありそうだ」
「……ソ、レは吝カ……ハないが」
その呼び名を、ディナントは快く思っていなかった。ここで言う『化生』とは枷の掛かっていない頃のフェリーテを指しており、つまりはアルドの手柄が、いつの間にか自分に渡っているという事を示している。
彼を主として慕う身には、その事実と肩書きは、中々荷が重い。
「たて……ルカ」
「ああ。この程度はどうという事は無い……が。腰を強く打ったらしい。済まないが手を貸してくれ」
言われた通りに手を差し出す。式羽は弱弱しい手付きでその手を取ると―――
「掛かったな、『鬼』よ」
柔術の要領で、背中側の地面に叩きつけられた。
―――ここか。
以前は長屋として使われていたのだろう。かなり名残が残っていて、壁や柱の腐敗、破損さえ見られなければ、今も使われていたのではないだろうか。自分が少し小突けば崩れてしまいそうで、一時拠点として使うにしても、貧弱すぎる。自分なら、こんな建物を拠点にはしない。
「ふむ。『化生殺し』よ、どう思う?」
「…………罠、だ。な」
「同意見だ」
会話する度に喉を閉めなくてはならないとは不便極まる。しかしこうでもしないと、フェリーテが隣に居ない以上、まともに会話が出来ない。この話し方に慣れているアルドと同僚はともかく。
「その理由……ハ」
式羽は腰に帯びた剣を外すと、それを指示棒代わりに廃墟の玄関に向けた。
「何者かの出入りがある以上、ここに埃が溜まっている道理はあるまい。裏口から入っているのだとしたら話は別だが、それにしたって奥の方を見よ。虫の巣があちらこちらに見えているではないか。『竜』の魔人とやらが余程の矮躯でも無ければ、罠に違いあるまい」
こちらとは観察している部分が違ったが、それはそれで一理ある理屈だ。『竜』の魔人―――ユーヴァンは知っての通り、かなりデカい。自分には及ばずとも、人型の魔人の中ではかなりの大きさだ。もし本物がここを拠点にしていたならこうはなっていない筈なので(というか本物ならこんなあばら家焼却してしまいそうだ)、やはり『竜』を語る偽物なのは間違いない。
しかし、罠だと分かっていても、足踏みしていてはいつまで経ってもこの騒動に決着がつかない。
「……式羽。お前達はここで待機していろ」
「何? まさか『化生殺し』よ……長屋の中へ入るつもりかッ?」
「当然。これが罠だとするなら、何かをする為に『竜』は必ず姿を現す筈だ。お前達は『竜』を処罰するのが目的で、俺はその行動の協力者だ。相手が誘っていると理解したならば、その誘いに応じて足を踏み入れる。それが……協力者たる俺の義務だと思っている」
「―――分かった。ではこちらの隊から二人、貴方に付けよう。そうすれば不意を突かれてやられる事もあるまい」
「……不要だ」
「我々の実力が信用出来ないとでもッ!」
「甚だ不愉快だ!」
「……話は最後まで聞け。見廻隊の実力を軽んじている訳ではない。単に俺の得物を使うにおいて邪魔だというだけだ」
「得物……先程の太刀か。確かにあれを使うならば、私の部下は不要だろう。失礼したな」
「…………構わん」
むしろこちらが気にしているのはそんな些細な事じゃない。
真に気にしているのは、ゆっくり話す事に慣れ過ぎてしまったせいで、相手に要らぬ誤解を与えてしまう所は、喉を閉めた所で特に改善されていないという事実だ。ナイツ達と一緒に居ると、自分の意思は最低でもフェリーテには伝わるから問題ない……という下りは、もう何度目か。
もう気にしない事にしよう。気にするだけ、心が忙しい。
「では行ってくる」
正々堂々とはいかないだろうが、まがりなりにもカテドラル・ナイツが一人。不意を突かれた所でくたばる自分ではない。軽く警戒をしつつ、ディナントは竜の根城に足を踏み入れた。
―――。
式羽の言った通り、廃墟の中には人の生活していた痕跡は無く、果たして本当にここが根城なのか、という疑念がふと浮かんだ。埃だらけで足跡が見えない。痕跡を遺さない様にしていたと言われればそこまでだが、拠点として使っていたのなら、身体を休める為にもそんな所にまで気を配らない筈だ。何せ廃墟自体が小さいせいで、痕跡を消す行為は時間稼ぎにもなりはしない。無意味すぎるのだ。
こんな所を拠点などと報告した奴は何処の誰だ。
『部下を偵察に行かせてある。竜の魔人はここから遠く東に行った所にある廃墟を根城としているらしい。七日間程見張らせているが、動きは無い様だ』
見廻隊の者がよもや誤った情報を発信するとは考え難い。間違えは誰にでもあるかもしれないが、これを間違えるのは幾ら何でも致命的過ぎる。自分が『その情報は誤りだった』と通達するだけで切腹は免れないだろう。同族殺しとはそれだけの重罪であり、見廻隊の者達はそれを何よりも分かっていると思っていた。
―――そう言えば、ここを見張っている部下とやらは何処に居るんだ?
式羽も言及していなかったからすっかり忘れていたが、普通、その部下とやらを呼び出して、到着するまでの動きを尋ねるのではないだろうか。
どうにも今までの流れに、ディナントが違和感を覚え始めた―――直後。
「ぐおおおおおおおおッ!」
目の前の壁をぶち破って、式羽が吹っ飛んできた。その狙いは偶然か必然か、進路上には丁度自分が立っている。もしも狙って彼を飛び道具に吹っ飛ばしたのならとんでもない実力者だ。
しかし人間一人がどれだけの速度でぶつかって来ようとも、ディナントには関係なかった。それよりも重い攻撃を、それよりも遥かに巨大で抗い様のない力を自分は知っている。この程度の攻撃は、牽制にもなりはしない。
投げ返して相手を驚かす事も考えたが、自分が全力で投げようとすると、十中八九、式羽の腕が捥げる恐れがあるのでそれはせず―――ディナントは彼の身体に掛かる力を片腕で流し、勢いを完全に相殺した。
「……何者だ」
見廻隊は実力主義だ。そんな組織において隊長を務める男を易々と吹き飛ばすには、相当の実力が必要である。式羽の安否を軽く確かめてから、ディナントはぶち破られた壁を出口に外へ。
そこには、今まで付いて来た見廻隊の首と胴体がゴロゴロ転がっていた。
いずれも綺麗に切り離されており、中には自分に何が起こったか分からないとでも言わんばかりの表情のまま、死んでいる者も居た。
「…………!」
またその手の力を使う輩かと思ったが、ならば式羽が為す術もなく吹き飛ばされる筈がない。感知に関しては、彼の方がこちらよりも一枚上手なのだから。
不意を突かれない様にと暫くの時間警戒したが、まるで攻撃を仕掛けてこない。相手が単に我慢強いだけ……とは思えない。やる事がないならまた式羽を襲えば良いだけだ。自分とはかなりの距離がある。ディナントの情報が無い相手ならば、まず襲おうとする筈だ。基本的には、それが合理的だから。
警戒を解き、式羽の下へ戻る。わざと背中を晒してみる目的もあったが、やはり襲っては来なかった。いや―――襲えないのか。
もう何処かへ姿を消してしまったから。
「……オ、い。シキ……ネ。何、アっ……た?」
式羽の首は勿論繋がっている。吹き飛ばされるだけと言うのもおかしな話だが、首への攻撃を防いだ結果、こうなったのだろう。
「―――遅れを取った」
「ナ……に?」
「忽然と、音もなく、予兆も無く、私の部下の首が刎ねられたのだ。いやはや、如何なる妖術も見慣れたものだと思っていたが、これ程のものは見た事がない。いよいよ……『化生殺し』よ。貴方の力を本格的に借りる必要がありそうだ」
「……ソ、レは吝カ……ハないが」
その呼び名を、ディナントは快く思っていなかった。ここで言う『化生』とは枷の掛かっていない頃のフェリーテを指しており、つまりはアルドの手柄が、いつの間にか自分に渡っているという事を示している。
彼を主として慕う身には、その事実と肩書きは、中々荷が重い。
「たて……ルカ」
「ああ。この程度はどうという事は無い……が。腰を強く打ったらしい。済まないが手を貸してくれ」
言われた通りに手を差し出す。式羽は弱弱しい手付きでその手を取ると―――
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