ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

仲間か咎人か 竜

「……注意スベ、事が。ひと、つ」

「おう、何でも言ってくれ!」

「シャべ…………るナ」

「おう……おおうッ? それは何故ッ?」

 ディナントは庭の方に彼を引っ張り込むと、それを指さして言った。

「……貴様、駕籠でハ、こぶ」

「駕籠ぉ?」

 駕籠とは人を乗せて人力で運ぶ乗り物の事で、人の乗る部分を一本の棒で吊るした簡易的な車だ。やりたい事は単純明快。ディナントとウェローンがこれの持ち手となり、中にディナントを入れて運ぶだけ。

 外から中の人物は見えないが、問題は中に居るユーヴァンが喋ってしまうとその存在が知られてしまう。だから喋るなと言ったのだ。

「おいおいおい! 俺に喋るなってのは拷問かッ?」

「出タいなら…………我慢、しロ」

「うぐう~しゃーなしか。しかし、いつまで黙っていればいいッ? あまり黙っていると俺様は死んでしまう」

「……少し、だ」

 この町の中から外までの距離は測った事も無いが、裏を返せば測る程の距離ではないという事。尚も渋るユーヴァンを押し込み、娘と共にディナントは駕籠を担ぎ上げた。


 ―――ッ!


 想定以上の重さに、危うく膝をつきかける。何という重さだ。竜の鱗が重い事は承知していたから、ある程度までは覚悟していたが、実際の重量はその遥か上を行っている。ウェローンの力では、これを担ぎ上げる事など無理だろう。

 実際、娘はあの体躯から想像もつかぬ重量に、むしろ押し潰されそうになっていた。

「な……何ですか、この重さは……!」

 まるで巨岩を突然背中に背負わされたかの如き重さだろう。単純な高さでも体格という意味でもディナントの方が勝っているのは疑いようもない事実だが、これ程までに体重が乗っているというのは、どういう理屈だろう。特殊な鉱石や生物でもない限り、重さに比例して体長は大きくなる。それが今の所の世界の……そしてジバルの常識だ。

「ユー……ヴァン。痩せロ」

「おいおい! そういうのは女性陣に言わねえと効果覿面じゃねえぜディナントォッ! ヴァジュラとかファーカとかメグナとか……ま、ファーカは軽いけどな! 軽すぎて重さがあるのか疑問なくらいだ!」

「……何故、コれ程に重……イ 鱗か?」

「んん~?ああ、重さの話か! 残念ながら違う! 俺様を重く感じたのなら、それは俺様の血統のせいだろうな!」

「……血、だト?」

「おう! 俺様は誇り高き王龍の血筋! とは言いつつも俺様はこの血の事を何も分かっちゃいないが、曰く、王龍の重さはこの世の理に縛られない! 在るがままの重量を持ち合わせているそうだ」

 本人ですら分かっていないものを無理に説明させた自分が悪かった。言わんとしている事は、恐らく『見た目に拘らず、一定の重さを持っている』と言う事なのだろうが、微妙に分かりにくい。何と言えばいいか分からないが、言い回しがくどく感じた。

「……持てる、カ」

「―――お父さん……済みません。私ではとても持ち上げられそうにありません」

「そウ……ナラバ、仕方な、カ」

「へ……何を―――」

 ディナントは生体構造上あり得ない大きさの力こぶを作り、解放。取っ手を握り潰しつつ、ユーヴァンの全体重が乗った駕籠を軽々と持ち上げた。これが『鬼』の特性だ。自由に身体を作り替え、力の流れを制御する。普通の人間とは肉体的な潜在能力が段違いなので、さっき見せた様な、あり得ない大きさの力こぶだって、作れる。持てる筈の無い物だって持てる。

 カテドラル・ナイツ最強はルセルドラグかもしれないが、純粋な殴り合いのみに限定すれば、間違いなく自分に軍配が上がる。 

「……お父さん。凄い」

「…………ユーヴァン。座り心地はどうダ?」

「お、お、お。不思議な気分だな! 片方に重心を寄せると下がっていく!」

「そんな事を……するナ。力の制御を間違えたら、取っ手を壊してしまうだロ」

「おっとすまん! だがディナント、お前何だか普通の喋り方になってないかッ?」

「傷口を内側から無理やり閉めていル。かなり負担が掛かるから、あまり何度もしたくはない手段ダ」

「ほほう! つまり普段は気を抜いていると!」

「…………一度、くたばるカ?」

「勘弁して―――ッおっと」

 駕籠の中で散々喚いていた男が、不意に静寂を響かせる。それに合わせてディナントも口を噤み、耳を澄ませると―――規則正しい足音が十つ。刻みは早く、狙いは的確。目的地など考察するまでもなく分かっている。

 中に『竜』を乗せたまま駕籠を下ろす。娘と彼を二人きりにすると何が起こるか分からないので不安だが、実力差が開き過ぎている以上、闘争にはなるまい。良くも悪くも、闘争は実力差に開きがあり過ぎると、物理的に発生しない。仮に発生したら、それは闘争ではなく蹂躙と呼ぶ。

「……ここで、待っていロ」

 二人にそう言い聞かせ、ディナントは玄関の方に移動。足音は想定通り、こちらの家を目的地としている。その場に立ちはだかる形で待機していると、澄ましてようやく聞こえた足音が、次第に耳を澄まさずとも聞こえる様になってきた。



「失礼する!」



 どこぞの『竜』とは違い、その男達は足並みを揃え、礼儀正しく入ってきた。

 金色の竜胆が描かれた白袴に違いはない。腰に帯びた刀は水車を思わせる鍔と黒鞘で統一されている。

 個性を許容する組織に属していたせいで、ディナントは一瞬だけ面食らったが、大半の組織はこれが普通だ。秩序で統制されているのが一番安全なのだから、仕方ない。カテドラル・ナイツの様に忠誠心だけで組織されるのは、本来であれば危ない組織構造なのである。ただしそれに対する回答としてナイツにはフェリーテが居る為、万が一謀反が起きても、対処は可能だ。それなりに甚大な被害は被るだろうが。

「何用カ」

「私は見廻隊第三隊統括『シキバネ』! 『化生殺し』の武士よ、同族殺しの件は知っているな?」

「……あア。耳にしていル」

「ならば話は早い! その力を我々に貸していただけないだろうか!」

「…………なニ?」

 てっきり既に居場所を掴んでいて問い詰めに来たのかと思っていたが、こういう展開に転ぶなら、駕籠で運ぶなんて回りくどい事をしなくても大丈夫そうだ。

「まだ民衆には伝わっていないが、今現在も被害は拡大中だ。現在、『竜』の魔人による被害者数は三〇を超えている。事態は一刻を争う! 拒否するならば拘束を掛けてでも―――!」

 ディナントはさっきよりも遥かに傷口を閉める。

「それには及ばない。それだけ殺されているならば、オレにも咎人を殺す理由がある。事態が一刻を争うならば、早速出立するとしよう」

「協力、感謝する!」

―――早い所、オレが見つけなければな。

 本物の『竜』は間違いなくここに居る。ナイツの姿を借りて好き放題に暴れる輩を、自分達は許さない。特に我が主ことアルドは―――怒りを露にするだろう。ヴァジュラはそれ以上に怒り、狂うだろう。

 だから手遅れになる前に、自分が見つけなければならない。アルドはともかく、最初にヴァジュラと遭遇した日には―――死ぬよりも酷い目に遭うだろうから。





 その前に自分が、四肢を吹き飛ばした上で内臓を掻っ捌き、しっかりと首を刎ねた上で切断面を念入りに破壊しなければ。

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