ワルフラーン ~廃れし神話

氷雨ユータ

色狂い



 気が進まないのは確かだったが、女性になるよりはずっとマシだろうと思い、風俗店を巡る事にした……までは良いが、決断した瞬間に、アルドは自分の抱えている問題に気が付いた。抱えているというのは、比喩的なモノではない。

 物理的に、今持ち上げている人物の事を指している。

「お前はどうするんだ?」

 シターナはおよそ女性らしくも無い口調、態度だが、それでも女性だ。女性を連れて風俗に連れて行く勇気は流石に無い。というか、そんな男性居るのだろうか。女性と遊ぶ為にある場所が風俗なら、わざわざ知り合いの女性を連れて行こうとは思わないだろう。

 特にシターナみたいに面倒という理由で一歩も動こうとしない様な奴は。

「私は気にしなくていいよ。興味も無いし」

「お前ならそう思うだろう。だけどな、私は気にするんだ。お前を膝に置きながら風俗だと? それは何かの拷問か?」

「拷問とは被害者の自由を奪った上で痛めつけることにより、加害者の要求に従うように強要する事だ。石抱が成立する程私は重くないし、固くも無いよ。それが拷問と言えるのかな」

「痛めつけるとは何も肉体に限った話じゃないんだ。お前を連れて風俗に行く事は私にとって耐えがたい苦痛なんだよ! …………風俗街に、まともな宿なんかあったか?」

「いかがわしい店ならあるけど」

「うん、風俗街ならまともかもしれないけどなッ? 私が言ってるのはそうじゃない……本当に、宿泊機能だけを持つ宿屋だ」

「需要があると思うのかい」

「聞いた私が馬鹿だった」

 嫌味でも何でもない。そればかりは一理あるので、本当にアルドが馬鹿だったのである。

 確かに自分が英雄である事は純然たる事実だが、それはそれとして、アルドの要望など所詮は個人の需要でしかない。全体で見れば存在しているかも怪しい需要に応えようとする社会は、ハッキリ言って長くない。

 風俗街に足を運んだ以上、ここを訪れた者達は少なからず身体を交えたいのだ。性行為をしたいのだ。ここが風俗街として長く生きたいのなら、そちらの方の需要に合わせた方が賢明なのは言うまでもない。

 とはいえ、それでもアルドは普通の宿を求めたい訳だが。

「ふむ……民家を借りるしかない訳か」

「こんな所に家を建てる人の気が知れないね」

「まあそうだな。私でも気が知れないよ。この辺りから幽世に入れる訳でもないしな。そうなると手段は野宿一つに限られるか」

 野宿ならば不意の襲撃にも対応出来るメリットはあるが、それを加味しても睡眠の質が良くない。有り体に言って寝心地が良くない。この身体の構成上、眠る必要など無いのだが、生理的行動を繰り返す事が、理性を繫ぎ止める事に一役買っている。

 寝る。食べる。飲む。呼吸をする。最低限それくらいはしないと、元は人間だったのか自分は不安で仕方なくなる野宿なんてし始めたら不安定にもなりかねない。こればかりは、無数の死を経験した後、という前提があるが。

 話を戻すが、野宿をするにも適当な場所とそうでない場所がある。風俗街の近辺と言うと、野宿の適当さで言えば最悪だ。ここが法と言う名の無法に守られているのなら、その近くは文字通りの無法地帯。シターナがどれだけ貧弱な身体をしていても、女性は女性。抵抗する気も無いだろうから、放っておけば輪姦される恐れがある。

「…………あそこしか無いな」

 アルドはシターナを抱えたまま、一旦外に出ると、茂みの中に入って転進。風俗街の屋根に向かって跳躍し、無事に着地する。

「成程。考えたじゃないか」

「だろう?」

 中も駄目、近辺での野宿も駄目、わざわざ普通の宿を探す為の遠出は二度手間。ならば屋根に行けばいい。屋根は中であって中ではない。『忍』でも居ない限りは人など通る事は無いし、ここなら眠っていても、誰かに気付かれる事は無い。余程寝息が煩くない限りは。

「待っててくれ。何かあったら言えよ。どんな声でも言ってくれれば聞き逃さない」

 どうせ答えは「面倒だ」なので、有無を言わさず、彼女を下ろし、アルドは茂みを着地点に跳躍。それからさっきの行動を遡る形で、風俗街に舞い戻る。

 あさかこうなるとは思っても見なかったが、さて何処から入るべきか。風俗店など碌に足を運んだ事も無いから、店舗のみを見ての目利きは不可能。案内所が何処かにあると思うが、アルドにとってはそこに踏み入る事すらも勇気の要る事だと考えている。

 自分の女性経験の無さからして、そう考えるのが妥当だ。



―――何でこんな事に。



 ダルノアを助ける為なら如何なる苦労もする覚悟はあったが、苦手に向き合う意識は無かった様だ。

 我ながら交際経験の無さを恨む。
























 


 何がどうなったのか分からなかった。宮本武蔵之介が現れたかと思えば、リアが地面を割って。それから急激に明かりが視界に差し込んだかと思えば、良く分からない洞窟に移動していて。

 明かりというのは、正確に言えばランプだった。周囲の様子を見る限り、ここはどこかの滝の裏側らしい。鼓膜を突き破らん程の轟音が昼も夜も変わらず流れ続けている。外の景色も、激流によって遮られて、良く見えない。

「やはり居たか」

 彼女の父親は表情一つ変えずにそう言った。

「そう。居たの。パパって女の子の臭いが分かる変態さんなのね。こんな所に居たら臭いなんて分からないでしょうに」

「血と排泄物の臭い、それと土の香り。忘れる筈も無い。俺がどれだけ牢獄に居たと思ってる。滝に隠されて居ようとも、それくらいは把握出来る」

「牢獄…………」

 心当たりは一つしかない。アルドと出会ったあの時の臭いだ。もうすっかり取れたものだとばかり思っていたし、アルドも特別言及しないからそうに違いないと確信さえしていたのだが、ここまでの年月を挟んで消えないとは、どうやら人為的には消せそうもない臭いの様だ。

 試しに自分で臭いをかいでみたが、分からない。

「追っ手は?」

「気配と痕跡を偽造してきたから、追いつくのは困難だと思うけど。あ、これ返しとく。別に使わなかったし」

 リアは髪を掻きあげると、耳を装飾していたピアスを取って、父親とされる男性に投げ渡した。

「それ何だったの?」

「念の為の保険だ。使わなかったのなら良い。どうやらもう用済みと判断されたみたいだ」

「全然話が分からない。どういう事?」

 男性はリアを座らせると、腰からナイフを取り出し、近くの石で研ぎの真似事をし始めた。

「……利用価値があるから捕えて来たんだ。分かるだろ。俺達もやってきた事だ。だから一応俺達の襲撃には対応してきたが、別に深追いする程の価値はないから、追わなかったんだろ。都合が良いと言えば都合が良いが、気に食わないな」

「……私ずっと気になってたんだけど。パパ、随分一生懸命よね。この子に何か思い入れでもあるの?」

 因みにこちらには無い。ジバルに来たのは初めてだし、こんな愉快な二人組と出会ったのも初めてだ。ジバルで彼女達と出会った時以上の思い入れなんて無い。こちらが初対面なら、必然あちらも初対面の筈である。

 男性は決して答えを言おうとはしなかった。

「流石は俺の娘だ。しかし答えるつもりはない。お前に嫉妬されると面倒だからな」

「何! やっぱりあるのッ?」

「否定はしない」

 緊張感は間違いなくある。リアも男性も殺意剥き出しで、お互いの反応に構えている。なのになぜだろう。結果的に醸される雰囲気は、実に穏やかなものだった。

「け、喧嘩は止めてくださいよ……」

 口論を止めるのは簡単だが、果たしてこれをどんな形であれ争いに分類していいものかどうか。制止をかけるダルノアの口調も、戸惑い半分と言った感じで、実に締まらないものだった。

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